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著者に聞く・レンタルなんもしない人:

話題の「レンタルなんもしない人」が生まれた理由

2019年04月19日 09時00分更新

文● 盛田 諒(Ryo Morita)

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●自分にはこれしか残っていなかった

──依頼を断ることもありますね。

 断るかどうかは本能にまかせています。依頼文から生理的な反応として「オッ」となるかどうかの違いです。依頼を受けたら危ないという意味もあるし、ムダに時間を過ごすことになるなという意味もあるし。何も考えていないときのほうがそういう勘ははたらくので、それにまかせていたところはありますね。

──ツイッターの反響が大きそうな依頼を積極的に受けていませんか。

 どれが反響の大きそうな依頼かというのはわからないですよ。新幹線の依頼とか体操服の依頼とかは、バズるとはまったく思っていませんでした。

※新幹線の依頼…東京から大阪への引っ越しを見送ってほしいという依頼。依頼者が新幹線の車窓から「見送りをする友人」のような写真を撮った

※体操服の依頼…「朝6時に『体操服』とDMを送ってほしい」という依頼。依頼者は体操服のことを思い出せたものの、体操服をバスに忘れてしまったらしく、「15時に『事務室』とDMを送ってほしい」という追加依頼も発生していた

見送りの依頼は書籍でも大きく紹介されている

──依頼を受けたことで面倒事に巻き込まれたり、複雑な人間関係を背負いこむこともありそうですが、ストレスではありませんか。

 ときどきストレスを感じることは刺激としてあったほうがいいと思っています。会社で働いていると毎日同じようなストレスがずっと続いている状態でしたが、今のようにときどきストレスを感じるのは良い状態だと思って受け入れています。人間関係については、リピーターさんがいても、会うのは月イチくらい。1ヵ月くらい空けばまた新鮮に会えるので、そういうやりとりは苦じゃないです。

──危険なことに巻き込まれる不安はありませんでしたか。

 少しありますね。世の中にはいろんな人がいるので、相手が悪い人じゃなくても、自分が死ぬ可能性はあります。いままではリスクとして自分が死ぬ可能性を考えていましたが、最近は家族に被害がおよぶ可能性も考えています。

──以前「男性だからできることだと思う」という意見に噛みついたことがありました。それはリスクを負っているという意識があったためですか。

 「男だからできる」と何十回も言われまくってきたので、それがずっとたまってきていて、すりきりまで水が入ったグラスに最後の一滴が落ちた瞬間にそこからあふれ出たように噛みついてしまったところがあります。リスクを受け入れてやっているという部分もありますし、いまやっていることは、パッとアイデアを思いついてやったら成功したという話ではなく、何もできなかった自分がようやく逃げこめた場所だという意識もあります。「レンタルなんもしない人」という職業が昔からあるように言われることに対して違和感というか、怒りをおぼえたというか。

──男性だからではなく、自分だからできたことだということですか。

 ぼくがぼくだから、こんなふうになっちゃったんだということですね。

──同様に「貯金があり、家族が賛成してくれているからできるんじゃないか」という意見に反発する格好で、「貯金がなく、家族が反対してても別にいいじゃないかという気持ちもあります」と書いていたこともありました。

 「奥さんが寛容だからできる」というのは違うと思うんです。「なんもしないで生きていきたい」というのは誰しもが思っていることで、ぼくの環境は本質的じゃないんですよ。極端な話、奥さんが寛容じゃなかったら別れたらいいだけの話。そう考えられないのは「なんもしないこと」へのこだわりがないってことです。

──「レンタルなんもしない」系のアカウントも次々と出てきましたが、あまりうまくいっている人はいません。

 あとから始める人たちは、ぼくの結果を見て、結果にあやかりたいと思って始めているんです。土日だけやってみようとか。「ほかにできることがある」んですよ、その人たちは。そっちの可能性をつぶさないとたぶんできないです。心からなんもしたくないと思わないとこのサービスはうまくいかないと思います。

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