人工知能(AI)についてよく耳にするのは、「自動化によって仕事が奪われてしまう」というストーリーだ。だが、実際に起きているのは、仕事の性質の変化でしかない。AIの出現は、多くのケースでより単調でつまらない仕事を生み出している。
たとえば、深層学習アルゴリズムの訓練に際限なく必要とされる大量のラベル付きデータの需要は、人間によるラベル付けという家内工業を生み出した。ニューヨーク・タイムズ紙とGQ中国版(リンク先は英文に翻訳された原稿)は、中国で増えている「データ工場」について取り上げている。データ工場では非常に安い賃金で雇われた労働者が、画像や文章などのコンテンツに手作業でラベル付けするために何時間も連続で働き続けている。
フィンランドのスタートアップ企業「バァイヌ(Vainu)」は最近、囚人という安価な労働力の新たな供給元を見つけた。ヴァイヌはフィランド語の自然言語処理(NLP)能力の向上のため、数カ月前からフィンランドの2つの刑務所と提携している。同社の共同創業者はザ・バージ(The Verge)の取材に対し、英語のNLP訓練ではアマゾンが提供するWebサービス「メカニカル・ターク(Mechanical Turk)」を利用してクラウドソーシングで労働力を賄う一方で、フィンランド語については、英語と同程度の低コストで大規模な運用が可能な代替サービスを探すのに苦労したと語った。同社は現在、メカニカル・タークを利用する場合と同程度の金額を、刑務所を監督する政府機関に対して直接支払っている。実際に囚人にどれだけ支払われるかは分からない。
バァイヌは自社の取り組みについて「AIに関連する新しい仕事を創出することで、新たな労働者階級に活力を与え(中略)雇用を促進する企業の典型例」だと宣伝している。だがこの発言はむしろ、AIテクノロジーによって仕事がなくなってゆく一方で、心の健康を害するほどに退屈で陳腐な作業の需要がさらに増えていくという、AI専門家や労働運動家の高まる懸念を際立たせるものだ。
データのラベル付けはほんの一例でしかない。自律走行車の運転席に座って単調に時を過ごすセーフティ・ドライバーや、アルゴリズムが見落としたコンテンツを削除するためにフェイスブックの投稿やユーチューブの動画に知的関与なしに目を通し続けるコンテンツ・モデレーターなど、こういった仕事の例は数多くある。
こうした類の仕事はすべて、人類学者のメアリー・L・グレー博士やコンピューター科学者のシッダールタ・スリ博士らが「ゴースト・ワーク」 と呼ぶカテゴリーに分類される。ゴースト・ワークとは、自動化という幻想を助長する一方で、表立って認識されることがないために評価が低い労働のことだ。つまり「新たな労働者階級」が存在するのは事実だが、確かに彼らに力はない。