“フリー”だけど、それでもECM
リスナーを落ち着かせるような音だけがECMではありません。聴く人によっては、ちょっと難解に思われるかもしれない作品もあります。とはいえ、それらのアルバムの中にも、このレーベルらしい独特の空気、統一感が感じ取れるはずです。
Paul Bley「Open, To Love」(1973年)
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OPEN TO LOVE |
ポール・ブレイのピアノソロは、多くの人がイメージするであろうジャズ・ピアノとは少し違います。官能的というか、艶めかしいというか。音の数が少ないのに、鋭く耳を刺すようなフレーズが飛び出したかと思えば、うっとりとするような甘いメロディーの片鱗が顔を出す。
いたずらに難解なわけではなく、ところどころに甘美な雰囲気も浮かんでくる、独特のリリシズムが聴きどころ。揺れるリズムも含めて、演奏者の息遣いが聴こえてきそうなアルバム。硬質なピアノのタッチと、澄みきった録音も、まさしくECMの空気感です。
Art Ensemble Of Chicago「Full Force」(1980年)
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Full Force: Touchstones Series (Dig) |
いわゆるフリー・ジャズですが、どこか大地の香りがする、プリミティブな演奏にあふれた作品。パーカッショニストのドン・モイエがさまざまな打楽器を乱打し、レスター・ボウイがトランペットを吹きまくるあたりは、理屈抜きにエネルギー感がすごい。
かと思えば「Charlie M」のように、我々の耳に馴染んだようなジャズを彼ら流に解釈したような演奏もあり、緊張と解放が目まぐるしく変わる楽しい作品です。各楽器の音色や響きがきれいに録音できているからこそ、このアンサンブルのやり取りがはっきり聴こえてくると考えると、ECMで録音したのも正解だったのかと思えてきます。
Eberhard Weber「Fluid Rustle」(1979年)
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Fluid Rustle |
エバーハルト・ウェーバーはベーシストであるものの、本作はベースが全面で活躍するというわけではない。むしろ、スピリチュアルな内容で人気の1枚。さまざまな楽器が入れ替わり立ち替わり現れる、壮大なサウンドスケープで魅せてくれます。
とくに、17分にもおよぶ幻想的な「Quiet Departures」が聴きもの。ゲイリー・バートンのヴィブラフォンとノーマ・ウィンストンのスキャットが、浮世離れしたサウンド作りにあたって絶妙な効果を産んでいます。ウェーバーの太くてどこか茫洋とした質感のベースも、ぴたりとハマっています。
Stephan Micus「On The Wing」(2006年)
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On the Wing (Ocrd) |
世界中を旅して伝統楽器を研究する音楽家、ステファン・ミクス。日本や中国、インドなどの楽器にも精通しており、本作でも、ギター、尺八、シタール、韓国の鐘などを多重録音した、ジャンルレスと呼ぶしかない独特の作風は健在です。
あまりにも操る楽器が多いため、民族音楽の寄せ集めというよりは、どこの地域ともつかない不思議な世界の音楽を聴いているような気分に。かといって、とっつきやすいメロディーを安易に取り入れてもいないため、峻厳な音世界を堪能できますよ。
Naná Vasconcelos「Saudades」(1980年)
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Saudades |
ECMの諸作品の中でも、とりわけ独特(褒めています)なのが本作。パット・メセニー・グループなどでも活躍していたパーカッション奏者のアルバム。ビリンバウ(ブラジルの伝統楽器)の執拗な反復にオーケストラが絡んだ楽曲あり、スキャットを多重録音した楽曲ありと、いわゆるブラジル音楽の範疇でもない。
同郷のエグベルト・ジスモンチがギターで参加した「Cego Aderaldo」は、ギターとパーカッションで編んだ繊細な織物のような演奏が見事です。アヴァンギャルドな実験性を感じさせつつ、独特の叙情性も秘めているのがおもしろいところ。