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ロードマップでわかる!当世プロセッサー事情 第424回

業界に痕跡を残して消えたメーカー 最先端PDAに時代がついてこなかった不運のGeneral Magic

2017年09月11日 12時00分更新

文● 大原雄介(http://www.yusuke-ohara.com/) 編集●北村/ASCII.jp

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今では当たり前の通信機能を20年前に構想した
オブジェクト指向型のモバイルOS「Magic Cap」

 General Magicが作ろうとしていたものはPIC(Personal Intelligent Communicator)と呼ばれていた。コンセプトとしては、Knowledge Navigatorに非常に近いが、さすがにコンセプトビデオのような自然言語での対話は不可能である。これが実現するのは21年後である。Siriが2011年にiOS 5に搭載され、やっと自然言語での対話が一般的に利用可能になった。

 対話の代わりに利用されたのがroom metaphorである。画面で時計をクリックすれば時間がわかるし、Fax電話をクリックすれば電話の着発信やFaxの送受信ができる。机中央の手紙をクリックすればメールを書け、それをOutboxに放り込めば送信されるし、届いたメールはInboxに入るという具合だ。

ユーザーインタフェース「room metaphor」。これを見てMicrosoft Bobを連想する筆者は間違っている(Bobのほうが後追い)

 ここにあるのは標準的なアプリケーションのみだが、Hallwayに移動すると、他のアプリケーションを使うことも可能だった。ただ当たり前であるが、こうした機能をすべて手元の機器に盛り込んだら、サイズが巨大になってしまう。

 ところがGeneral Magicは、これをKnowledge Navigatorよりももっと小さな、それこそPDAサイズのデバイスに押し込むことを考えていた。当然これは機器単独で実現できるわけもなく、サーバー側との連携処理になる。そうしたこともあって、General MagicはこのPICの実現を、サーバー側とクライアント側に分けた。

 サーバー側で動くのがTelescriptという一種のスクリプト処理言語、クライアント側で動くのがMagic Cap OSで、この上でMagic Scriptという、オブジェクト指向のスクリプト言語が動いてアプリケーションを実行するという構図である。

 ちなみにMagic Scriptは、Atkinson氏の作ったHyperCardで利用されるHyperTalkというスクリプト言語に似ていたらしい。なぜこのような組み合わせになったかというと、PICが目指したものは以下のようなインテリジェンスな機能であった。

  • 特定の相手から届くメッセージはFAXに転送する
  • メッセージが届いたら、それをページャー(ポケットベル)経由で通知する
  • 自分の搭乗する予定のフライトのスケジュールが変わったら通知する

 ページャーというあたりが時代だが、これをAndroid Wearに置き換えればなんのことはない、最近のAndroid端末で実現しているような機能である。

 ただこれを1990年代に実現するためには、かなりの苦労が必要になった。こうした機能を実装するためには、ある処理はクライアント、別の処理はサーバーということになり、ただしそれをサーバーで行なうかクライアントで行うかは条件や環境によって変わってくる。

 これをシームレスに実現するために、サーバー側にはTelescriptのAgentが動作し、このAgentとクライアントの間で処理すべきスクリプトそのものが行き来するというモデルだった。

 もっと正確に言えば、クライアントとサーバーの両方にスクリプトが用意され、ある処理はサーバー側で行なわれ、その結果がクライアントに渡されて処理の続きが行われ、さらにその続きが再びサーバー側に、と処理の主体がポンポン切り替わる形であった。

 これもなんのことはない、Androidでクラウドを利用してアプリケーションを実行するのと大して変わらない。Telescriptという名前は、本来このAgentが実行するスクリプト言語の名前である。おもしろいのは、このTelescriptを実行するネットワーク全体を、General MagicではCloudと呼んでいたことだ。

 実際、現在のCloudという言葉の語源は、このGeneral MagicのTelescriptの処理環境とする説もあるほどだ。こうしてみると、General Magicの書いたPICという構想は、時代を軽く20年以上(フライト遅延などをGoogle Nowで教えてくれるようになったのは2012年なので、22年ほど?)先取りしていたわけだ。

 これを20年以上も前に考え付いたのはすごいことで、そのすばらしさを(説得に長けたPorat氏が)大手電器メーカーのCEOに弁舌も爽やかにまくくし立てられれば、それはCEOも「乗ってもいいかな?」という気にさせるのは当然である。またサーバーとクライアント、という構図で動く以上は基本的に通信が前提になるわけで、テレコム企業としてもこれは悪い話ではない。

できあがった製品は
動作が遅く、使い勝手も悪い

 資本提携が好調な一方で、実装は困難を極めたらしい。最終的に製品は1994年にパートナー企業からリリースされたが、この発売直後にMagic Link(後述するソニーの製品)を立ち上げてカレンダーに予定を入れたら、動作がNewtonよりも遅くなったり、赤外線を利用したデータ交換では、電話回線を使ったほうが早かったりしたようだ。

 ほかにもAT&T PersonalLinkというオンラインサービスを利用して名刺登録をしたら、General Magicの開発者ほぼ全員の名刺と個人情報が入手できてしまったり、今だったら笑いごとでは済まないような出来事があったらしい。

 ちなみにGeneral MagicにはSteve Wozniak氏(言わずと知れたApple IIの開発者)もけっこう肩入れしており、赤外線を使ったデータ交換に関してはWozが保有している特許のいくつかをGeneral Magicに譲渡したらしい。

 それにもかかわらず、Magic Link同士で赤外線通信でデータ交換をするには、両方のMagic Linkを1インチ以内に近づけないと通信できないことを見かけて、ずいぶん気落ちしたそうだ。

 さすがWozと思うのは、発売当初に10台近くの機械を購入、さまざまなことを試してはそれをAtkinson氏に逐一連絡して改良に貢献したらしい。ガジェットの神の面目躍如といったところだろう。

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