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これからのフォントには多様性が求められる

渡すべきバトン。アドビ西塚氏が、フォントを作り続ける理由

2017年08月17日 10時00分更新

文● 貝塚/ASCII

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源ノ明朝の「仮名」は、鉛筆による骨格を筆でなぞり、それをスキャンし、デジタルでアウトラインをとるという手法で作られた

喜びにも専門性が出てきた?

――タイプデザイナーは、緻密な作業がずっと要求されることもあり、素人から見ると、精神的にこたえるシーンも多いのではないかと思えます。

「そうですね、単純に楽しいばかりではありませんが、楽しいですよ。実際にフォントをデザインして、作っているときよりも、フォントが完成して、デバイスにビルドして、フォント名がウィンドウに出てくる瞬間、キーボードで打って文字が出てくる瞬間、たとえば『西塚涼子』って打ったら、自分の作ったフォントで『西塚涼子』って出てくる。それに激しい喜びを感じます!

 単発のグラフィックデザイン……たとえばパッケージデザインなどにも、また違った楽しさがありますが、グラフィックは展開が早いので、完成して発売されてから、すぐに見かけなくなってしまうこともありますよね。タイプフェイスデザイナーの場合、完成した後に、自分だけでそうやって喜びを反芻できるところも嬉しいんです。外に行かないで仕事ができるところも気に入っている、引きこもり体質の人には向いていると思う(笑)。社会的に大きく表に出ることはありませんが、デザイナー同士で『あのフォント、見かけたよ!』って報告したりとかするのも楽しい」

――職業として専門性が高いと思いますが、喜びも専門性を帯びてきますね。

「そうですね、そうだと思います(笑)。あとはSNSなんかで自分のフォントを調べてみたりするんです。そうすると、たまに文字組のサンプルを載せてくれていたりする人もいて。『こんな文字列で作ってくれてる!』とか。

 それは、その人が著名であるとか、フォロワー数が多いとか少ないとかにかかわらず、嬉しく感じますね。あれ、すごく不思議な感覚になるんですよ。自分で作っていたものが、誰かの手に渡って、それを素材として何かに使われているというのは、タイプフェイスデザイナーならではの楽しさだと思います」

書道からヒントを得る部分も

――以前、趣味でもフォントを作ってしまうというお話をされていましたね。

「公私関係なくやっている部分はあります。会社の仕事はもちろんメインでするんですけど、メインの仕事をしていて、煮詰まってくると、違うフォントを作りたくなったりするんですよ(笑)。実は6年前から、書道もやっていて。書道はプライベートの時間ではあるんですけど、そこからもデザインのヒントをもらったりとか。『なぜこの文字はかわいく見えるんだろう?』と研究したりとか。常にそういうところを考えてはいますね」

――書道を始められたそもそものきっかけも、やはりフォントですか?

プライベートで続けている書道で賞をとった際の写真。壁にかかっているのが西塚氏の作品だ

「そうなんです。密かに『やってみたいな』と思っていることがあって。『かづらき』という藤原定家の筆跡を元にしたフォントは、藤原定家の文献をスキャンニングして、それをベースとして作ったんです。でも、漢字がすごく少ないんですね。

 なぜかというと、当時の文献は、和歌のセレクトからしても政治の一環なので、季節だったり、政治の内容に偏っているんです。たとえば『春』という漢字はたくさん出ているのに、当たり前に使われている文字が全然出てこない。

 当時使っていた文字と、今使われている文字が全然違うというのもあるんですけど、そんなこともあって、1500文字くらいしか漢字が入っていないんです。少なくとも、6000文字くらいはないと長文に使えるフォントにならないので、あくまでも『かなフォントで、一部の漢字も含むフォント』としてリリースさせていただいたんです。

「かづらき」は毛筆のような字面が特徴の日本語フォント。アドビ Typekitからインストール可能だ

 ところが、いまでも気に入って使ってくださっている方も多くて、他社さんのフォントが一文字だけ混ざっている印刷物とか、不完全な状態で『かづらき』が使われている印刷物を見る機会が増えてしまったんです。

 完璧じゃない状態のものが広く使われているいうことが、作った方としてはとても気になって。そこから、自分で書こうと思ったのが書道を始めたきっかけなんです。藤原定家の文字をベースにしているので、おこがましいことかもしれないとも思ったんですけど、解決方法がそれしかないというのが一番で」

――そうすると、「これは仕事」「これは趣味」と、簡単に切り分けられるようなことではありませんね。

「そうそう、そうなんです。仕事の合間に趣味をするというよりは、やってみたくて仕方がなくなってしまう。仕事の合間にそうやってストックしておくと、いざプロジェクトが上がったときに、サンプルとして提出もできるし、説得力も出てきますよね。そういったものは手札として持っておいて、安心しておきたいという気持ちもあります。作ると、すごくすっとするんですよ。なので、あえて名前をつけると、仕事はタイプフェイスデザイナーで、趣味はプロト・タイプフェイスデザイナーかも(笑)」

フォントはメジャーな話題になりつつある?

――前回、源ノ角ゴシックがリリースされたときにも取材をさせていただきましたが、そのときに比べて、SNSなどでの反響も大きかったように思います。「タイプデザイン」や「フォント」が少しずつメジャーな話題になりつつあるようにも思えるのですが。

「そうですね。私もそれは感じています。ただ、自分が見ているSNSって、どうしても自分が気にしている範囲で固めてしますところがあるじゃないですか。だから、どこまでその感覚が本当なのかっていうのは、まだ疑問ですね。たとえば、自分の親世代までそのことを話題にしていたら、『本当に盛り上がっているな』と実感するとは思います。今後はフォントに興味がなかった人、そもそもフォントを知らない人も話題にするようになったらいいですよね。

 『源ノ明朝』の場合、名前が源氏の偉人のようだったこともあって、フォントに興味がない人も、名前で引っかかった部分があると思います。『源ノ角ゴシック』を知っていて、使ってくれていた人たちは、『やっぱり明朝が来た!』と話題にしてくれて。その両方から、うまく盛り上がってくれたんじゃないかな」

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