佐伯氏の一貫したスタイルには驚かされることが多かったが、彼はCDも買うことがなくなったと話す。そればかりか、オーディオの分野では冷遇されることも多い「圧縮音源」を定番のフォーマットとして愛用しているのだという。
CDはすべてデータ化して捨ててしまった
「作曲家としてどうなのかと思ってるんですけど、もうCDの現物も買わないでダウンロード購入しますし、持っていたCDも全部データにして捨てました。
イベントとかで流すときも、MP3ですし、それで事足りますね。192kbpsの高品質にはしていますが。この品質なら、大きい会場で大音量で流したときに、WAVとかそれ以上の品質との区別がつかないクオリティーになるんですよ。それでいて、軽いので止まりにくい」
ーーハイレゾ音源も買いますか?
「ハイレゾは、僕は必要ないと思っています。たとえば、お店とかで、MP3音源を流したら『あれ? これWAVじゃねえな?』ってなる人、いないじゃないですか。もしも、みんなが『これ、MP3じゃないの?』ってなってしまうんだったら、それは問題だと思うんですけど。
でも、ハイレゾ音源を否定したいわけでもなくて。例えば、MP3はデータ容量を軽くする目的で生まれた規格なので、自分としては、『イベントで流すときに止まりにくい』っていうすごく大きなメリットがあるんです。『音がいい』よりも、そっちのメリットがすごく大きい。
なので、フォーマットって、いろんな選択肢がある中で、『こうだ』『こうじゃなきゃいけない』ではなくて、いろんなライフスタイル、いろんな生活に合わせて、それぞれが自分に合ったものを選択すればいいと思っています。
そういう意味で、僕にはハイレゾは必要ないかな、と思うんですよね。テクノロジーは、デジカメにしても何でも似てると思うんですけど、扱う人がどうするのかが重要なんだと思います。たとえば今の時代にフィルムカメラを使う人は、フィルムの質感がどうしてもいいという理由で使っていると思うし。『これは音が悪いからダメ』とか『ハイレゾだからいい』とかではないなって」
Cubaseの魅力は?
ーーCubase Proはいつから使っているんですか?
「ここ1年くらいですかね? まだ長くはないです。あと、イベントだとLiveを使いますね」
ーー乗り換えはすんなりと進みましたか。
「いや、進みません(笑)。Cubaseって、なんでもできるんですよ。機能がものすごく多くて、無限の可能性があるDAWだと思っています。まだちょっと四苦八苦している部分があって(笑)。
特定のどの部分がすごいというよりは、できることが多すぎて、なんでもできてしまう。そのオールマイティーさがすごい。Cubaseじゃないんですけど、上位版の『Nuendo 8』に『ダイレクトオフラインプロセッシング』っていう機能があって、それがやばいです。あれは発表会で見て感激しました。
それから、『ランダマイザー』。これもNuendo 8から新しく入ったんですけど、あのパターン、超あるんですよ。たとえばイベントとかでも、ずっと同じ心臓の音が鳴っていてもおもしろくないので、微妙に変えたりするんですけど、それがかんたんにできるのは、すごくいいです。
あと、CubaseはUIがかっこいい。すごく作曲家っぽいんだよな〜って前から思っていたんです。最高にかっこいい。僕、デスクトップとか何もおきたくなくて。ステータスバーの部分もターミナルからいろいろ消してるんですよ。時間も何もかも」
Nuendo 8
ポストプロダクション、ゲームオーディオ、ADR制作に対応できるプロフェッショナル用DAW。最新版のNuendo 8からは、Cubase Proの機能も標準でフル使用できるようになった(従来は追加コンテンツとして提供)。
「こうじゃなきゃいけない」がない方が面白い
ーーラジカセがありますけど、これはリファレンスに使っているんですか?
「いや、使ってないです(笑)」
ーーえ?(笑)
「一応あるんですけど、あまり使わないんです。iPhoneで確認して、ヘッドフォンで確認して、そしたらもうOKです」
ーーたしかに、視聴環境もそうなっていますからね。
「そうなんですよ。そこなんです。もう、みんなiPhoneで聴くじゃないですか。だから、むしろiPhoneでチェックするべきなんじゃないかと思ってるんです。iPhoneのスピーカーと、純正のイヤフォン。あとはMacBookのスピーカーでもチェックしていますね」
ーー最近はiPadで作曲する人もいるみたいですよね。iPhoneでDJしたりとか。
「そういうのも、アリなんじゃないかなって思うんですよね。いまって、ガジェットがいくらでもあるじゃないですか。だから、『こうじゃなきゃいけない』っていうことは何もなくて、それぞれのスタイルに合わせて環境をカスタマイズできるところが、いまの面白味だと思うんですよ。
なので、自分は高い機材を置いておいてあまり使わないよりも、実用的なものにお金をかけて、いろんな楽しみ方をする方向にいきたいなって思っているんです。
昔は、逆に物だらけだったんですよ。小さいグッズとか、フィギュアとかコレクターのように集めるタイプだったんです。でも、だんだんとそういうのもやめました。やっぱり、大人の階段登るんで、どんどん捨てていかないと、上に登るのはきつくなってくるじゃないですか(笑)」
佐伯 栄一(さえき えいいち)
神奈川県出身。日本の作曲家、編曲家、DJ、音楽プロデューサー、音楽監督。The PBJとしてのアーティスト活動のほか、総合格闘技RIZINのテーマ曲や映画、舞台などのサウンドトラック、イベントなどの楽曲を手がける作曲家としても活動する。