老舗大企業に突如として持ち込まれたUXデザインの概念
——宮澤さんはソニーモバイルコミュニケーションズでウェアラブルやIoTプロダクトのUXデザイン監修や企画統括をされていたそうですが、なぜ日産自動車に転職されようと思ったのですか?
宮澤:ウェアラブルやIoTプロダクトに携わるなかで、僕が実現したいユーザーが理想とするであろう世界観にクルマが追いついていないという思いが強くありました。クルマは日本の基幹産業でもあるし、市場も大きいので。だから、絶対に次はクルマが来るという確信があったんです。
でも転職エージェントさんが持ってくるのは、同業他社の話ばかり。それならと、日産自動車のホームページから、やりたいことに比較的近い募集要項を探して応募して、2015年11月に入社しました。
——そのとき、現在のユーザーエクスペリエンス企画部は、すでにあったのですか?
宮澤:なかったです。まさかソニーモバイルの部長が普通に応募してくるなんて、人事もビックリしたみたいで…(笑)。やりたいことを話して最初に配属されたのが、車両IT&自動運転本部の戦略PoCグループでした。
当時の本部長から「コネクティドカーのサービスで、新しいビジネスを作ってください」と言われたので、「やりましょう!」と盛り上がって、最初に「UXデザインは金を生む」という話を皆にしました。「UXデザインで、最高の商品を作れるから」と。でも、みんなポカンとしていて開発手法としての「UXデザイン」が無いことに、初めて気がついたんです。
——UXデザインに対する理解を求めるところから始める必要があったのですね。
宮澤:クルマは100年以上前からあるものだし、作り方も最終形も完成しています。ただ新しいビジネスやサービスは別です。「自動車会社でUXデザインは無理なのか…」と挫折しかけたときに、ラスベガスのCESで、ダイムラーのUXデザインに関するプレゼンテーションを見つけました。その写真を社内のいろいろな人に見せたり、千葉工業大学 先進工学部 知能メディア工学科 教授の安藤昌也教授にお願いして、社内でUXデザインのセミナーとワークショップをやったりして理解してもらえるようにしました。僕が役員向けに初めてプレゼンをしたタイトルも「What is UX?」でした。
クルマ中心じゃない新しいクルマ作り
——ユーザーエクスペリエンス企画部では、どのようなことに取り組まれているのですか?
宮澤:「Car Centred Design」(クルマ中心設計)から「User Centred Design」(人間中心設計)への転換です。
たとえば、どこかへ行きたい、何かをしたいと思ったときに、まずスマホで検索しませんか? クルマに乗り込んでカーナビに目的地をセットするのは、もうほとんど最後のアクションですよね。つまり、ユーザーさんのアクションは、クルマに乗る前から始まっているんです。本来であれば、スマホ上の検索結果をナビに飛ばしたら、自動で目的地がセットされて、クルマに乗り込んだらすぐに発進できるのが一番いいはずです。
IT業界では至って普通の発想ですが、クルマに乗ってからのことを中心に考えてきた自動車業界には、見えづらい世界なんです。ユーザーさんにもそれが伝わってしまっている気がします。クルマがIoT商品として見られていない。
そのためか、ナビに入力するのが面倒な人の中には、ハンドルの脇にスマホホルダーを付けて、スマホの道案内を使う方もいますよね。スマホより大きなディスプレイとナビがあるのにそれを使わない。これって実は不思議な光景で、これこそクルマ業界が改善すべきユーザー体験なんです。
そうしたユーザーさんの代弁者となって「User Centred Design」の重要性をトップマネジメントに訴え続け、コミットしてもらうところからスタートしています。
——日産自動車の次世代モビリティーサービスの構想とユーザーエクスペリエンス企画部の実際のお仕事について、教えてください。
宮澤:もっと先、といっても202X年に向けて研究開発しているのが、無人運転車です。クルマがドライバーレスになればビジネスも変わるし、例えば日本で過疎化が続く地方で苦しんでいる人たちの有効な移動手段として活用できる見込みもある。また、都市部でクルマを買う人は、人生で約5%の時間しかクルマを使っていないので、残りの95%をライドシェアやカーシェアリングに転化できれば、大きな経済効果も期待できます。
無人運転車には、「コネクティドであること」「電気自動車であること」「自動運転技術が搭載されていること」という3つの技術的なハードルがあって、これらをクリアしてようやく世界中のモビリティー体験を変えるようなサービスが提供できるようになる。今はこの最終ゴールまでの、いくつかある段階のうち、最も手前のフェーズです。クルマがコネクティドした後に提供するサービスとして、一番ユーザーさんに近いインターフェイスのWebやアプリを世界最高クラスで仕上げているところです。
中目黒にこだわった理由
——ユーザーエクスペリエンス企画部は中目黒にありますが、日産自動車の本社は横浜、開発拠点は厚木にありますよね? どうして中目黒なんですか?
宮澤:ルノー・日産アライアンスでは英語を使うので、英語を話せる人や使いたい人を採る必要がある。ましてや、渋谷や六本木にオフィスが集中しているIT業界で働くUI/UXデザイナーやエンジニアを採用したいのだから、どう考えても都内中心部から1時間以上離れている厚木は難しいでしょうと役員に訴えた時に、たまたま中目黒に社内の別の部署で使っていたオフィスが空きそうという情報が入り、「中目黒オフィス使っていいですよ」と言ってもらい、ここのオフィスができることになりました(笑)。
——現在、ここでは何名くらいの方が働いているのですか?
宮澤:現在30〜40名ですね、毎月増え続けています。ここにいるのは、ほぼ新しく採用した人なので、まさに社内スタートアップなんです。実は、ルノー側にもITソフトウェア開発のリソースが足りていなかったので、今回新たにフランスと日本で、いろいろな職種も合わせて150人ずつ採用しようとしているところなので、まだまだ増えていく予定です。
——ここで作られているアプリやサービスは、グローバル向けのものですか?
宮澤:そうです。まずコアUXをワンパッケージで作ってから、次に各国・各ブランドごとにブランチアウトしていくイメージです。コアのUXストーリーは、80%くらいは世界・ブランド共通になると思っています。日本人にとっては「×」はNGで「✔︎」はOKだけどヨーロッパでは逆だったりするので、UIは着実に改変する必要があります。だから世界中でテストをして、フランスとも密に連携をとりながら、世界中の誰にお届けしても最高のものを今みんなで考えているところです。
——フランスと日本で、同時にひとつのものを作っているのですか?
宮澤:これから発売されていく新車には、コネクティドするためのテレマティクスシステムが搭載されて、かなりできることが広がる。そこに向けて機能ごとにアジャイル開発で作っています。デベロッパーとサービスマネージャーとデザイナーと、ゴリゴリやりながらね。最終的には、僕らがルノー日産アライアンスの各ブランドごとに、アプリの形でまとめることになります。
スタートアップから転職してみたら、いいギャップしかなかった
——では、そんな日産のユーザーエクスペリエンス企画部に転職されたお二人に話をうかがいたいのですが、杉田さんと加田さんはどのような経緯で入社されて、今はどんなお仕事をされているのですか?
杉田:僕は、ライブドアやDeNAで、UIデザインやゲームのディレクションをやっていました。転職エージェントさんから同業他社ばかり紹介されていたなか、最後に出てきたのが日産でした。「なんで日産がUIデザインなの?」と興味を持って、とりあえず話を聞いてみたのが、きっかけです。正直、クルマには全然興味はなかったんですよ。免許はあるけど、乗ってないし、持ってないし。
宮澤:いい、いい。そこが大事なんですよ。日産には、既にクルマのプロフェッショナルが世界中にいるんだから。ニューモビリティーやアーバンモビリティーを考えるには、普通の目線がすごく大事。僕らのところに来てくれる人はクルマが好きでもいいんですけど、何のアドバンテージにもならないです。
杉田:今は、これからコネクティドカーが作られていく過程で、どんな機能を載せるかを考えて、UIデザインをしています。具体的には、絵を描いたり、いろんな国のメンバーと話したりする作業が多いですね。
加田:私はTetsuと違って、もっと野良っぽい感じなんですけど、16歳からWebデザインをやってきました。6歳からずっとインターネットが大好きで、Web制作会社を数社経て、Rettyでグルメアプリを作っていました。もうインターネットが楽しいことは十分わかったので、そろそろ何かリアルにつながるところに行きたいとずっと思っていたところ、Wantedlyでひとつだけクルマに関係する募集があったので、すごく興味を持ってエントリーしました。
今の仕事は、担当機能が違うだけで、Tetsuとほとんど同じことをやっています。みんなで一緒にワークショップをやりながら、こういうときはどうなんだと話し合って、そこでクリアになったら、UIに落とし込むという仕事です。
——入社前後でギャップはありませんでしたか?
杉田:一番は英語ですね。こんなに必要だと思ってなくて。ミーティングも朝会も資料もぜんぶ英語で、入社後1〜2週間くらいは頭が痛かったです(笑)。僕は全然英語ができないので、必死で勉強しているところです。
加田:翻訳サイト、ずーっと開きっぱなしですよ。何回も翻訳しているうちに、いつの間にか単語を覚えるっていう繰り返しです。ようやく資料がなんとなく分かるようになってきました。
宮澤:英語教育のサポートは会社としてもちろんあるんですけど、ここで苦労しながらやれば、どんどんできるようになります。逆に言えば、最初は話せなくても全然いいけど、そこで挫折する人は採りません。なんとかしながらついていくっていうマインドセットを持って努力できる人は、必ずいい仕事ができます。
加田:いいギャップしかないですね。私は大企業すぎて、言いたいことが言えないのではないかと思っていましたが、全然そんなことはなかった。私はすごくおしゃべりだから、提案もしたいし、質問もたくさんしたい。自分の意見をしっかり伝えて、きちんと議論をしながら答えを出して前に進むことができるのでとても楽しい開発環境だと感じています。
自動運転があたりまえの未来を創る
——自ら日産に入社して、いろいろな改革を進めている宮澤さんですが、既存の商品企画部やデザイン部署からの反発はありませんでしたか?
宮澤:もちろん最初は反発がありますよ。でも、それはプロフェッショナルとして当然のことです。日産の人たちはすごく素直で真面目でダイバーシティが根付いている人たちだから、僕が本気で話す内容に一回腹落ちすれば、ちゃんと乗ってきてくれるんです。大事なのは、ひざ詰めで話をすることと、きちんとロジカルに話をすること。今は社内に部長クラスの友達がたくさんいるし、みんな応援してくれています。
——最後に、今後の展望について、教えてください。
宮澤:今は、クルマが単なる移動手段だった時代から、さらなる社会貢献ができるIoT商品に変わる瞬間です。あと10年くらいしたら、「クルマって昔は自動で走らなかったらしいよ」と子どもたちが驚く時代が来る。その世界が見えているかどうかだけで、この先の世界を変えるきっかけになるし、僕にはそれが見えている。あとはそれをやればいいだけなんです。なぜなら、僕らにはたくさんの素晴らしいクルマのエンジニアも社内にいるわけだから。
だって、そうでしょう?大きな黒電話が、手のひらサイズで外に持ち出せるようになるなんて、誰も思ってなかったはずだけど、あの時代にも今の世界を見ていた人たちがいたから、今のスマホがあるわけで。僕らが今度はそういう人たちになれればいいんじゃないかと思うんですよ。人の生活が豊かになるし、それがビジネスになるんだから。