自動車の普及で馬車はなくなり、御者はいなくなった。しかし、自動車は巨大産業として世界経済を支え、人間はドライブという新たな楽しみを獲得した。AIやロボットを恐れるのではなく、どう使いこなし、どう社会をよくしたいのか考えれば済むだけのことだ。
MITテクノロジーレビューは、AIやロボット等の最新テクノロジーの融合で、現在もっともイノベーションが進行する自動車業界で「テクノロジーは人の感性を拡張する」というフィロソフィーを掲げるLEXUSと、3月上旬に「AI/ロボティクスは人を幸せにするのか」をテーマにイベントを開催した。
イベント第一部の暦本純一氏(東京大学大学院教授/ソニーコンピュータサイエンス研究所副所長)と平野啓一郎氏(作家)による対談に続き、イベント第二部では「人間の力を拡張する日本のテクノロジー」をテーマにして、現在の日本でさまざまな形で機械と人間の共生を模索する表現者・起業家を招き、パネルディスカッションが行われた。
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パネラー
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- Lexus International
沖野和雄プロジェクトゼネラルマネージャー - Qosmo代表取締役
徳井直生社長 - ライフロボティクス代表取締役
尹祐根CEO&CTO - デジタルセンセーション取締役
石山洸COO
- Lexus International
人とテクノロジーの調和がつくる、レクサスというクオリティ
冒頭、パネルディスカッションのモデレーターとして参加した沖野和雄氏より、このカンファレンスを共催するにあたっての想いと併せて、レクサスが掲げるテクノロジーの考え方についてプレゼンテーションがあった。
「2万点もの部品の組み付けの精度を担保するのは今も人です」
レクサスは、LSという新型フラッグシップモデルを先日デトロイトで発表したばかりだ。このLSには、レクサスのテクノロジーが象徴的に用いられている。
そのひとつの事例が、匠の技術がテクノロジーと出会うことで、次のステージに進むというものだ。たとえば新しいLSに実装される美しいフロントグリルは「デジタル匠」と呼ばれるオペレータが何度もCADをつくり直していく中で生まれている。かける時間は約半年。複雑な造形といえば3Dスキャナに3Dプリンタ、さらにはコンピュータの得意分野だが、人間の匠の技術を介在させることでより高い次元を志向することができるという。
さらにLSに搭載される高度運転支援技術も、人から運転の楽しみを奪うものではなく、むしろ運転する人に寄り添い、協調するためのテクノロジーであるという。
「自動車の製造は、基本的には人が組み立てるというアナログな世界です。2万点にも及ぶ部品の組み付けの精度を担保するのは今も人です」
レクサス車の製造工程では、左右のドアの閉まる音の微細な違いまで、人間が聴覚で確認し、異常があれば突きとめるのだという。そうしてでしかたどり着けない、妥協なきクオリティに挑戦するのがレクサスというブランドなのだ。
最高のテクノロジーと、最高の人材が共鳴することで生み出されるのがレクサスの新型LSだと言えるだろう。
AIの期待も脅威も、結局人間の使い方で決まる
「人間とは別種の、異質な知能としてAIが存在することで、表現の総体がひろがっていく」
パネルディスカッションは、AIを活用したDJプロジェクトを展開する株式会社Qosmo 代表取締役社長徳井直生氏から始まった。徳井氏は手持ちのレコードの中から、雰囲気が似通った曲を選択することでDJプレイを行うAIを使って、実際のイベント会場でDJイベントを行っている。「Back to Back(ふたりのDJが交互に曲をかけるスタイル)」によって行われたAIとのDJプレイの中で、徳井氏はAIが人間の創造性にインスピレーションを与えることを実感したという。
徳井 私は、人間とは別種の異質な知能としてAIが存在することで、表現の総体がひろがっていくと考えています。AIは、僕がかけたテクノミュージックに対し、音響的な情報から、フリージャズで応えた。これは一般的な人間のDJの判断から大きく隔たっており、僕にとって大きな驚きでした。それと同時に、とても良い刺激をフロアにもたらしてくれた。AIの予測不可能性がもたらす緊張感は、AIに向き合う人間の創造性につながりました。
「安全で高効率の協働ロボットを作り、日本の未来を支えたいのです」
続いて、ライフロボティクス株式会社 代表取締役 CEO&CTO尹祐根氏が話す。ライフロボティクスは、工場内作業などに用いられる「協働ロボット」を社会に普及させることをミッションとしているロボティクス企業。SFなどでは人間の仕事が奪われる未来がしばしば描かれるが、尹氏はこの国をディストピアにするつもりは毛頭ない。すべては労働人口が減少してゆく未来の日本の生産システムを支えるためなのだ。
尹 この国の労働は、ロボットで支えるしかない。日本の労働人口は必ず減少します。その時、単純作業や繰り返し作業に従事する人々もまた減少する。すると、現在の生産・物流システムは崩壊します。そうなる前に、人間とロボットの協働体制を模索する必要があります。私は、安全で高効率の協働ロボットをつくり、この国の未来を支えたいと考えているのです。
「ユマニチュードは非常に高度な手法であり、習得が難しい。そこにAIを活用し、手法の習得をサポートできると考えたのです」
デジタルセンセーション株式会社 顧問石山洸氏は、AIで社会課題となっている認知症患者のケアに挑む。昨今、人間らしく人をケアする手法として注目されている「ユマニチュード」というケア手法にAIを応用し、社会的普及を促す取り組みを行っている。
石山 世界の社会課題で、どこにAIを活用すべきかを考えた時、介護の世界が思いつきました。デジタルセンセーションは、認知症ケアとコンピュータ・サイエンスの交差点である「認知症情報学」と呼ばれる学問分野に取り組んでいます。
ユマニチュードは非常に高度な手法であり、習得が難しい。そこにAIを活用することで、手法の習得をサポートする取り組みを行っています。これによって、ユマニチュードの社会的普及を目指しています。
さらに私たちは介護者・被介護者のビッグデータを収集し、解析を行うことでユマニチュードの有用性を実証。認知症分野でのエビデンスベースドケアを推進していきます。
パネリストの発表を受けて、モデレーターの沖野和雄プロジェクトゼネラルマネージャーが3人に質問をぶつけた。
沖野 みなさんの共通点はやはり人の幸せのために、それぞれに取り組みを行われている印象です。みなさんの考えるテクノロジーと人間の幸せの関係とはどういったものなのでしょう?
尹 テクノロジーは、AIを含め、しょせんは道具です。テクノロジーは誰が使うかで、夢にも、悪夢にもなる。
ロボット技術と軍事には深い関係があることも事実。私達はその事実に直面し、どう使うべきかを考え、実行しなければならない。そうしなければテクノロジーとの幸せな未来は実現しません。
石山 AIで社会がどう変わるかの議論ではなく、AIをつかって社会をどう変えるかのストーリーづくりがなされていくべきです。つまり社会課題に対し、AIがどのようにアプローチできるのかを考え、逆算して研究開発を推進することが大切ですね。
徳井 創造性は既存のものの組み合わせです。そうして創造されたものを評価し、また新しいものを生み出していくのが創造的なプロセスです。今までも、コンピュータ上で新しい組み合わせは生み出されてきた。しかし、コンピュータはそれを評価することができなかったんです。そうした感性的な作業は人間の仕事だとされてきた。しかし今は、その評価の一部をAIなどが代替できるようになりつつある。すると、新しいものを生み出して、評価するというプロセスをより高速に動かすことができる。これによって、人間の創造性はますます拡張されていくと思います。少なくとも、僕はそういうふうにAIを使っていきたいと思います。
AIやロボットで何が変わるか?
パネル・ディスカッションは、多くの参加者が感じているはずの共通の疑問に話題が及んだ。私たちの社会はAIやロボットでどうなるか?
石山 テクノロジーにおける政治の世界を表現しているゲーム理論で有名なもののひとつに「囚人のジレンマ」がある。これは個人が利益のみを追求する限り、全体の合理的な選択をすることができない場合があるというジレンマです。
私達が取り組んでいるユマニチュードへのAIの応用のように、人間が持つ協調関係のジレンマをAIなどのテクノロジーが解決する場合があるのだと思います。
尹 テクノロジーの発展は止められないし、止まらない。これは絶対です。その中でどう使いこなすかが重要です。
テクノロジーの進歩は計り知れないが、テクノロジーに「使われる」のか、「使う」側になるのかを決めるのは人間だ
そもそも、テクノロジーが怖いと感じられるのは、理解できていないからです。かつてのパソコンがそうでした。パソコンが登場した時、従来型の事務職に就いている人は仕事を奪われると言われた。しかし事実は、パソコンを使いこなせる人が求められる時代が来たということだった。
人を幸せにするのも、滅ぼすのもテクノロジーです。テクノロジーをいかに理解して使いこなしてゆくかが、これからを生きていく人類に求められていることなのだと思います。
徳井 音楽活動にAIが導入されると、アーティストが食えなくなり、音楽文化が死ぬという危惧があります。でも、音楽文化はそんなふうに死ぬことはないものだと僕は思っています。
10年ほど前、コンピュータで簡単に音楽がつくれるようになり、インターネット上で共有できるようになりました。すると多くの人が音楽文化の将来を憂慮した。しかし、今年のグラミー賞を見てみると、チャンス・ザ・ラッパーのように、インターネットを使いこなしたミュージシャンが受賞しています。結果的に音楽文化は死ぬどころか、その表現の幅は広くなっている。よりよいものになっているのです。
同様に、これからはきっとAIを使いこなして音楽表現をするミュージシャンが現れるでしょう。その未来でもまた、音楽をはじめとした表現の幅は広がっていくはずです。
再び本イベントの問い「AI/ロボティクスは人を幸せにするのか」に戻ろう。学者や作家、アーティスト、起業家らが出した帰結は、テクノロジーの進歩は計り知れないものかもしれないが、テクノロジーに「使われる」のか、「使う」存在になるのかを決めるのは人間である、という理屈は、少なくとも当分の間、私たちを納得させるだろうということだった。