ルイ・ヴィトン・アメリカズカップ・ワールドシリーズ福岡大会が、2016年11月18日~20日までの3日間、福岡市で開催された。
前回のアメリカズカップで優勝し、防衛艇として参戦している「オラクルチームUSA」は、レーシングヨットに約1000個のセンサーを搭載。これらの情報を、ExaDataを活用して分析。レーシングヨットの改善や、レースの戦略立案などに利用している。会場ではその内容についても公開された。
アメリカズカップは、1851年に開催された第1回ロンドン万博記念レースが起源であり、世界最古のスポーツトロフィとされている。また、近代オリンピック、サッカーワールドカップと並ぶ世界3大スポーツ競技ともいわれ、世界最高峰のヨットレースに位置づけられている。
日本のチームとしては、1992年、1995年、2000年に、ニッポンチャレンジが参戦。いずれもセミファイナルで敗退していたが、今年は15年ぶりに、「ソフトバンクチームジャパン」が参戦。今回の福岡大会は、アジアでは初めてのアメリカズカップ・ワールドシリーズの開催となった。
第34回アメリカズカップで優勝した「オラクルチームUSA」への挑戦権をかけて、日本のほか、英国、フランス、スウェーデン、ニュージーランドの5チームが参戦。2年をかけて行われる予選を通じて、防衛艇(オラクルチームUSA)に挑戦する挑戦艇を決める。
その点では、福岡大会は、防衛艇であるオラクルチームUSAは、必ずしも勝利する必要はないが、調整や情報収集という点では重要な意味を持つ試合となる。
防衛艇と挑戦艇で行われる本戦は、2017年6月17日から、英領バミューダで開催されることになる。
オラクルチームUSAのグラント・シマーCOOは、「オラクルチームUSAのレーシングヨットは、カーボンファイバーを使用することで実現した2.5トンという軽量化と、最適化した構造設計のバランスを実現していたる。だが、これだけでは勝利はできない。勝利のためには、選手のテクニックが求められる。大量のデータをリアルタイムで収集し、それを比較分析するとともに、予測ツールにより改善箇所を抽出し、これをヨットの改良とともに、選手の育成や戦略の立案にも生かしている」と語る。
さらに、「オラクルチームUSAのオーナーは、オラクルの会長であるラリー・エリソン。常に技術面からの改善を怠らず、新たな技術を使うリスクを厭わない。これは、チームにとっても重要な要素である。また、大量のデータを扱う上では、オラクルが持つデータベースソフトウェアや、ExaDataをはじめとするハードウェアの強みも生かせる」とする。
前回大会では、約300個のセンサーをレーシングヨットに取り付けて、各種情報を収集していたが、今大会では約1000個のセンサーを搭載。これまで以上に数多くの情報を収集できるようにしている。
オラクルチームUSAのタクティシャンであるアンドリュー・キャンベル氏は、「ヨットのテストは、海上という自然のなかで行っている。クルマには道路があり、アクセルやブレーキによって制御できるが、船にはそういったものがない。コントロールか効かない要素が多いため、できるだけ多くの情報を得ることが大切である。センサーを通じて得るのは、スピードをはじめとするヨットの様々な動きに関する情報だけでなく、風向き、風速といった自然環境の情報も収集している。ヨットは、風力が駆動力になっており、風は一定ではない。風洞で行う実験では得られない情報が得られる」とする。
センサーでは、風圧、風向きといった気象情報のほか、ヨットのスピードや加速、ウイングセールやダガーボードの角度、さらには、船体の強度や水中への圧力、揚力なども計測。さらには、クルーの心拍数なども収集し、これらの情報を、チェースボートと呼ばれる伴走する船に搭載しているパフォーマンスボードに、リアルタイムにデータを送信し、分析している。
「設計チームからの要望を反映したテストプログラムを、毎日のように実行しており、それによって改良を繰り返している。セーラーがいい感触を得ることができたということも報告し、そのときのデータがどんな数値を示していたのかといったこともわかる。感触の良さをデータとして裏付けを得ることが可能だ」(キャンベル氏)という。
また、「セーラーが、ヨット上で、しっかりと力を出すことができていたのかといったことも重要な情報になる。これも勝利に向けての重要なデータ」(シマーCOO)とする。
セーラーやタクティシャン、エンジニアなどの約70人で構成されるオラクルチームUSAは、アメリカズカップの本戦が行われるバミューダ諸島にすでに移住。そこで連日のようにデータを収集。とくに、他のチームに先駆けて、現地の自然に関するデータをいち早く収集できるメリットは大きいといえる。
一日に収集するデータは、250GBに達し、そのすべてをオラクルデータベースに蓄積。エンジニアが必要に応じて分析したデータを引き出して、様々な角度から検証を行えるようにしている。分析ツールは、オラクルチームUSA向けに独自に開発したものを利用しているという。
レース中にもこれらのデータは収集され、レースの戦略立案にも使用されている。
戦略を立てるタクティシャンは、パナソニックの堅牢タブレット端末を所持し、リアルタイムで情報を分析。それをもとにセーラーに対して、通信で指示を行う。
「レース中にも情報を分析し、的確な指示を与えることが重要。競争相手の位置を捉え、レースコースをどう取るのかが大切であり、勝利のためには情報が不可欠である。速いヨットを作るだけでなく、情報をもとに、リアルタイムでどう判断するかが勝利につながることになる。そのためには正確な情報を収集しなくてはならない」とシマーCOOは語る。
アメリカズカップで使用されるヨットは、高速帆走中にダガーと呼ばれる水中翼により、揚力を得て、艇体が浮き上がり、海面を飛ぶように進む「フォイリング」が特徴だ。
軽量化したレーシングヨットと、クルーの操縦技術の進化もあり、フォイリングしたまま風上に向けて方向転換する「フォイリング・タック」、風下に向けて方向転換する「フォイリング・ジャイブ」といった動きもできるという。
過去10年のレーシングヨットの速度の進化は劇的で、かつては8ノット程度の速度しかでなかったものが、いまでは最高で50ノット近い速度が出るという。実に時速90km前後の速度を、エンジンを搭載していないヨットで出すことができるというから驚きだ。
スポーツ競技としての進化が、アメリカズカップの特徴のひとつであり、その背景には、自動車メーカーや航空機メーカーなどの技術協力も見逃せない。
福岡大会で使用されている「AC-45f」と呼ぶヨットは、フォイルの形状が大きく変化している。これによって、コントロールの精度が劇的に変わっているという。「反応時間が短くなり、正確性も向上している。さらに新たなバルブの活用と、油圧コントロールシステムの精度も高まっている」(シマーCOO)という。
オラクルチームUSAには、BMWやエアバス、ヤンマーなどが協力しており、レーシングヨットの進化に貢献している。
まさに、IT業界だけでなく、様々な業界の最新テクノロジーを活用することで、レーシングヨットが進化しているというわけだ。