世界は経済格差が拡大したという現実
デジタルテクノロジーがもたらす社会や経済の未来像を素描しようとする研究は今も昔も世界中の研究者たちによってなされており、その中には多大な影響力を広範囲に及ぼした重要な書籍も少なくない。
2005年に出版されたトーマス・フリードマンによる「フラット化する世界」(日本では2006年に日本経済新聞出版社より刊行)もそのひとつで、インターネットが地球の物理的な距離を極限まで消滅させていく21世紀の大潮流が、従来の地理的/地域的な格差を平板化し、世界のどこにいても誰もが等しくグローバル経済に参入できるという画期的な世界像を提示した。
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2005年に出版されベストセラーとなったトーマス・フリードマンの「フラット化する世界」(日本経済新聞出版社刊)。フリードマンはピューリッツァー賞を3度受賞している |
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フラット化する世界 [増補改訂版] (下) |
背景には21世紀の主要な経済資源がこれまでの物的なものではなく人的なものに依拠する割合が増加するという、製造、物流、金融といった経済から文化経済/創造経済へのシフトが前提として含意されていた。
このフリードマンの主張と(図らずも)呼応しつつ、彼の論説をある意味で(図らずも)担保したのは、やはり2005年に出版されたリチャード・フロリダの「クリエイティブ・クラスの世紀」(日本では2007年にダイヤモンド社より刊行)だったと思われる。
フロリダの定義する「クリエイティブ・クラス」は決してデザインやアート、文学、映画、エンターテインメントといった狭義のクリエイティブ産業だけではなく、科学者や教育者、弁護士、エンジニア、プログラマーといった広義の情報産業/知識産業に従事する労働者全般を指す。
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2005年に出版され「クリエイティブ・クラス」という言葉を一気に世に広めたリチャード・フロリダの「クリエイティブ・クラスの世紀」(ダイヤモンド社刊) |
そうしたクリエイティブ・クラスの人々がフラット化した世界を国境の垣根を越えて自由に行き来し、なおかつデジタルテクノロジーを駆使しながら、定住型の社会形態を移動型の社会形態へと変質させていくというヴィジョン……。2007年に創刊されたタイラー・ブリュレが編集長をつとめるイギリスの雑誌「MONOCLE」なども、「ジェットセッター」というワードの流行とともに、「フラット化した世界を飛び回るクリエイティブ・クラス」というイメージを増幅させたひとつのメディアであったと、いまからすれば思えなくもない。
しかし、実際フリードマンとフロリダの両著から約10年以上を経た現在、世界を眺め渡してみるとグローバリゼーションは経済格差をさらに拡大させ、富める地域と貧しい地域の隔絶もより深刻な状況へと悪化している。
英国の飢餓救済団体「オックスファム・インターナショナル」の報告によると、世界のわずか1%の超富裕層が、世界の富の約50%を所有しているという。周知のように我が国においても東京への一極集中は加速するばかりで、東京都総務局統計部の資料によれば、東京都の人口は平成28年1月1日の時点で1350万7347人と過去最高を記録している。
フリードマンの主張をフロリダが「図らずも」と後押ししたと書いたのは、決して彼は世界のフラット化に同意していたわけではなく、2008年の「クリエイティブ都市論」(日本では2009年にダイヤモンド社より刊行)の中ではむしろフリードマンを名指しで批判しつつ、世界は「フラット」ではなく「スパイキー」になっていると述べている。
「spiky」とはあたかもアスリートが履くスパイクの裏側のように尖った部分と平らな部分があるデコボコした状態という意味だ。同時にフロリダは、クリエイティブな人的資産は自らの能力を十全に発揮できる都市に集積する傾向があり、隣接するいくつかの都市を包含したより強力な「メガ地域」が出現しつつあると説いている。
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2005年に出版されたリチャード・フロリダ「クリエイティブ都市論」。フリードマンを引き合いに出しながら、世界はフラットどころかスパイキーになったと論じている |
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