狂気を感じる時速72km
左右のスティックを真ん中に倒すと、ローターがうなり声を立てて回りはじめた。アイドリングだ。「うるせー」とわくわくしながら言う。スロットルを上げていくと徐々に機体が上昇し、ふんわり飛びはじめる。うひょー感がある。
小学校の体育館にドローンが浮かんでいるのだ。ぶいいいんと羽音を立てながら。記憶の中にある日常がアップデートされるのを感じる。「究極超人あ~る」「エイリアン9」を読みふけっていた学生時代のわたしに教えてあげたい。
しかし最長飛行時間は28分。ぐずぐずしてはいられない。
感動のならし運転を終えたら、Phantom 4目玉機能のひとつ「衝突回避」を試してみる。前面の「障害物回避センサー」が障害物を感知し、自動的にブレーキをかけるというものだ。カーテンなどはむずかしいが壁ならいけるという。
ぶーんと浮いているPhantom 4、右スティックを倒して前進。iPhoneアプリでカメラがとらえた景色が見える。ぐんぐん壁が近づいてくるのが見える。
次の瞬間、Phantom 4が首をあげてキキーッと止まった。もちろん音はしないが、気持ち後ろのめりになる感じで止まる。
「止まった!」
「止まりましたねー」
止まっただけで異様に興奮する。自動車でも搭載されはじめたばかりの自動ブレーキがドローンについていて、空中で止まるのは想像以上に未来だ。まだ前方以外ではセンサーがなく障害回避はできないので、そのうち増えていってほしい。
ルンルン気分で次に行く。「スポーツモード」。時速72kmの高速飛行ができる。今回のフライトで一番おそろしかったのがこれだ。なめていた。
さらりと言ったが時速72kmだ。
「いきますねー」と黒田さんがにこやかにスティックを倒す。びゅぶおおおんという轟音が聞こえたかと思うと、Phantom 4が目の前をぶっとんでいく。
は??????????????
本当にそんな声が出る。
ふたたび、びゅぶおおおおんとぶっとんでいくPhantom 4。
どうしよう。怖い。
狂気のスピードだ。なんだこの化け物は。さっきまでのかわいい宇宙感は消えて、Phantom 4は地球侵略兵器と化した。衝突回避機能も使えないという。これ設定時にうるさいくらい警告でも出したほうがいいんじゃないか。
「初心者には扱いが難しいですよ。ただスティックから指を離すだけじゃなくて、同時に後退させないと止まってくれないですからね」
黒田さんはさわやかに言った。恐怖で心がゆがんだ目には、黒田さんが地球入植をもくろむエイリアンのように見えた。
時速72kmのトラウマで最後の「自動追尾機能」も恐ろしく感じてしまった。
iPhoneアプリで自分の姿をロックして「GO」を押すと、Phantom 4が自動的についてくる。目標物の色調とサイズを認識するらしい。精度はかなり高く、黒田さんとすれちがってもわたしだけを追いかけてくる。走っても追いつかれる。
ただ、やみくもに追ってくるので脇にぶつかりそうになることがある。まわりに障害物がないことを確認しておく必要がありそうだ。
はー楽しかった。時速72kmはおそろしかったが、ドローンはF1のような空中レースに可能性があると強く感じる。電池が切れ、静かになったPhantom 4を抱える。これでおひらきと思ったが、このあとふたたび宇宙を感じることになった。