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最新ユーザー事例探求 第42回

ShadowProtectで「技術を継ぐバックアップ」

岩手の千田精密工業が3.11で感じた恐怖と、BCPの大切さ

2016年02月10日 09時00分更新

文● 川島弘之/TECH.ASCII.jp

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 2011年3月11日、人命や家屋、多くの企業を巻き込んだ東日本大震災と原発事故。帝国データバンクによれば、2015年3月までの4年間での「東日本大震災関連倒産」は1726件に上る。

 「岩手も多くの企業が被災しました」。そう語るのは、岩手県奥州市前沢区に本社を置く製造業、千田(ちだ)精密工業 取締役の千田ゆきえ氏だ。同社も社員1名が命を落とし、3拠点あるうちの大槌工場は数カ月間の閉鎖を余儀なくされた。それでも営業を途切れさせず、その圧倒的な技術力で高エネルギー加速器研究機構(KEK)・ニュートリノ発生装置の製造を受注するなど、地元に雇用と希望を与え続けた。

 一方で、当時は社内にデータ保護の仕組みがなく、BCP(事業継続計画)の観点では危うかったという。「あの時、もしもデータが失われていたら」そう振り返るゆきえ氏。そのとき感じた恐怖も踏まえ、震災後に構築・運用を始めたのが、ストレージクラフト社の「ShadowProtect」によるバックアップ環境だ。

 製造業の実例から「震災とBCP」を再考する。

「量産はしない、魂を込めたものづくり」

 千田精密工業は、1979年創業の製造業。岩手県内に前沢工場(本社)、大槌工場、東和工場の3拠点を有し、社員数は約100名。非鉄系(ステンレスやアルミ)の金属加工を得意とし、主に半導体製造装置部品、液晶製造装置部品、自動車関連部品を手掛ける。

前沢工場(本社)

 「量産はしない。魂を込めたものづくり」を信念とし、高い技術力が要求される「多品種少量生産」にこだわりを持つ。この業態は、製造ライン化する大量生産とは異なり、その都度「どう作るか」を試行錯誤しつつ、「いかに迅速に作り上げるか」が勝負となる。そのために、顧客の設計の段階から綿密な打ち合わせを行い、完成まで高いレベルで要求に応える「一貫生産体制」を築いている。

 その信念を示すのが、(金属加工において)「外注率0%」という数字だ。外注は何かとリードタイムが発生する。それを抑えるため、内製化を推進。設備を豊富に、多数の小型・中型マシニングセンターから、東北では初導入という「大型5面加工機」といった大物加工が可能なマシンまで取り揃える。

 歪みが出やすい大物加工や、真空部品の溶接など高難易度の加工を得意とし、「摩擦撹拌接合(FSW)」といった技術も導入している。FSWは、1991年に英国で開発された、金属の接合部を撹拌して材料を溶かさずにくっつける技術で、融点の低い(溶接しにくい)アルミの精密加工に効果を発揮する。

 2005年に開発元とライセンス契約を結び、アルミ製の真空チャンバー製造などに適用。使いこなすための技術者も育てながら、「形状の可能性が広がるため、できないことができる技術」(ゆきえ氏)として、適用拡大を進めている。

 そうした技術力の高さを示すのが、KEK・ニュートリノ発生装置の部品の製造事例だ。FSW技術を活かし、加速器の心臓部となる部品を手がけた。何度も失敗しながら、1年半かけて完成させたという。なんとなく「下町ロケット」を彷彿とさせる、そんな製造業だ。ドラマの中で「佃製作所」は特許侵害の訴えに苦しめられたが、千田精密工業が危機に陥ったのは自然災害によってだった。

東日本大震災で痛感したコト

 あの日、千田精密工業を東日本大震災が襲った。

 岩手県大槌町は最も被害が大きかった地域の1つである。同社の大槌工場は直接的な浸水被害は奇跡的に免れたものの、5月まで閉鎖を余儀なくされた。何より町は壊滅状態で、同社の若手社員1名の命も奪われてしまった。

大槌町役場前(出典:災害写真データベース)

 「状況が分からないまま大槌工場へと向かう車内で、みんな無言でした。大槌工場でしか作っていない部品もありましたし、もしも工場がなくなっていたらと考えると、ただただ不安で。結局、工場の建屋そのものは無事だったんですけど、瓦礫しかない沿岸部を目の当たりにした時は言葉を失くしました」(ゆきえ氏)。

 それでも茫然自失する暇はなかった。大槌工場の駐車場に5棟のプレハブを運び、一般公開。社員と地域住民80数名で避難生活を始めた。自家発電装置や水道ポンプ、大型のガスコンロも用意し、惨状の中でそこだけが明かりに包まれていたという。

 顧客からは問い合わせが相次いだ。「ずっと親しくして頂いているメーカーの方からは『大変なのは分かるけど、あえてハッキリ言う。いつ納品できる? すぐには無理かもしれないけれど、それならせめて来週中には回答しますとか、何らかの前向きな返事をすべきだ』と、そんなお言葉を頂きました」。きっと、叱咤激励の意図もあったのだろう。「それまではどこか被害者意識だったんですけど、その言葉で、これから社員の雇用を維持するんだったら、やっぱりそこは責任をもって製品を供給しなければと強く思ったんです」。

 また「復興を加速させたい」との思いから、上記のプレハブとは別に、大槌町への応援部隊が泊まる宿舎を建設した。支援を受け入れる設備不足は復興を遅らせる要因にもなっていたという。そうした取り組みは、復興庁「被災地の元気企業40」などの資料でも取り上げられている。

宿舎を自費で建設した(出典:千田精密工業)

 代表取締役の千田伏二夫氏は「ひどい状況だったけど、みんな落ち込む様子もなく、ただ“生きようという力”で結束していたような気がします」と語る。しかし、それもカラ元気だったのだろう。1年が経過する頃、気力が切れるように、突然落ち込む社員が増えたという。「それこそ家が全壊したり、家族を亡くした社員も多く、避難生活もおわりが見えない。ハッと現実にかえるタイミングだったんでしょう。活を入れたりもしましたが、とにかく悔しかったですね」(伏二夫氏)

 同社にとっては、すべてが「BCP」を強く意識せずにはいられない出来事だった。

「ShadowProtect」でバックアップ実現

 そうして2012年、BCPのためのシステム検討に着手。以前よりICT面を支援していたキヤノンシステムアンドサポートの協力の下、バックアップおよび災害復旧(DR)の構築が始まる。

 キヤノンS&Sによれば「元々の経緯は、前沢、大槌、東和の3拠点において、独自開発した生産管理システムを使っていたのですが、開発を委託していたシステム会社による保守が受けられなくなり、新しく生産管理を導入する必要があったことです。サーバーも老朽化していたので、ハードウェアも一緒に刷新することになりました」という。

 同時にこんな要件も。「当社のような多品種少量生産だと、その都度作り方を考える中でノウハウとして過去のデータを参照することが多いんです。生産管理システムを刷新すると同時に、古い方も残して共存させることが絶対条件でした」。その上で確実にバックアップを取るにはどうしたらいいか――。

 白羽の矢が立ったのが、ストレージクラフトの「ShadowProtect」だった。「古いシステムはWindows 2003をベースとして、ハードウェア移行には仮想化するしかなかった。そこで、Hyper-Vの仮想化環境へ、ShadowProtectのリストア機能でP2V化して移し替えました。そこに新システムものせて、新旧一貫のバックアップ環境を実現したのです」

 新システムでは、3工場でデータを共有し、誰がどの作業に着手しているか、データの見える化が進んだ。データ分析もピンポイントで可能となり、工期短縮にもつながったという。また、バックアップについても自動化され、手間をかけずに確実にデータを保護できるようになった。

 「実はそれまで生産管理システムのデータをバックアップしていなかったんです。先ほどノウハウとして過去のデータを参照することが多いと言いましたが、なくなったら大変なんですよね。今回、バックアップの仕組みを作ってみて、いままでなんて怖いことをしていたんだろうと思いました(笑)」(ゆきえ氏)

東北の加速器(ILC)誘致に向けて

 今後は、バックアップデータの遠隔地保存や3拠点を活かしたDRを実現させる。ネットワークの強化や、機密データの持ち出し防止をはじめとするセキュリティ対策、3拠点をまたいだ内線化やテレビ会議の構築など、一通りのIT-BCPもキヤノンS&Sとともに整備した。「データの蓄積や見える化を進め、それが経営に活かせると手応えを感じ始めたので、今後さらなる経営資源の共有や、人的なリソース管理も進めていきたいですね」(ゆきえ氏)。

 事業面では、工場拡張を図り、前沢工場には新たに「精密洗浄装置」を導入する。半導体製造装置の部品製造には欠かせないのだが、今までは外注していた。そのリードタイムを短縮するため、さらに内製化を進める方針だ。

 製造業として東北復興にも貢献する。千田精密工業は、前述のKEK事例において、茨城県東海村のJ-PARCで運用される加速器の心臓部「電磁ホーン」という部品を受注した。直径1.5m×長さ2.5mほどの筒状の部品で、伏二夫氏が「作れば作るほどうまくいかず、創業以来最も苦労した」と語るほど、精密なアルミ加工技術が要求される。単独製造は国内初というものだ。

電磁ホーンの完成披露会(出典:千田精密工業)

 製作期間は1年半。2015年1月に完成した。その実績から「国際リニアコライダー(ILC)」誘致も視野に入れる。ILCは、全長31~50kmの加速器・大規模研究施設。現在、国際協力プロジェクトとして建設計画が進められており、建設候補地の1つに岩手県南部の北上山地が選ばれているのだが、千田精密工業のKEK事例の実績がその弾みになると期待されている。

 ILCは、欧州原子核研究機構(CERN)と並ぶ「知の拠点」とされ、2020年台の稼働が予定される。誘致に成功すれば経済効果も見込まれることから、岩手県は「復興のシンボル」と位置づけ、産学官連携で誘致活動に取り組んでいる。千田精密工業もそうした活動の一環として、誘致に伴うまちづくりのビジョン策定などに参画。「技術供給という面で一翼を担いたい」としている。

代表取締役の千田伏二夫氏

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