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まつもとあつしの「メディア維新を行く」 第52回

電子コミックのこれまでとこれから――MDC主宰・菊池健氏に聞く

ゲームにはソシャゲがあった。マンガにはいま、何がある?

2016年01月10日 12時00分更新

文● まつもとあつし 編集●村山剛史/ASCII.jp

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マンガの発表場所は増えたが
「漫画家であり続けること」は困難になった

―― なるほど。マンガの周辺を拡張する、という部分については理解できます。アニメでも作品への好意・共感(グッドウィル)を高めて、グッズやライブなど作品の周辺でのマネタイズを図る、というのは定石にはなっています。一方で、作品そのものについてはいかがでしょうか? たとえばそもそも作品を知ってもらうための、漫画雑誌の力が弱まっている点については?

菊池 確かに、新たに知るというか、作品に対するロイヤリティー(忠誠度)を高める機能は弱まってしまったように思えます。スマホ上で様々な情報、コンテンツに接触できるなか、それは別のもので上書きされてしまいがちだからです。

 ただ、デジタル化の前からマンガ喫茶や図書館の利用は盛んです。マンガへの接触時間は減っていないはず。よく「(マンガ誌が減ったので)マンガを発表する場所がない」っていう人がいますけど、僕はそんなことない、逆にいっぱいあるじゃないかと思うんです。

 comicoもそうだし、pixiv、ニコニコ、ブログだってあるわけです。明らかに入り口は広くなっている。そこではなくて、デビューしたあとに食べていくのが大変だ、というのが漫画家支援者としての実感なんです。

comicoをはじめ自作品を掲載できる場所は増えている。減ったのは発表機会ではなく、マンガを描いて食べられるチャンスではないか

―― なるほど。作品はなんらかの形で読んでもらうことができる。でも読んで「面白かった」だけで終わってしまっては……。

菊池 食べていけないんですよね。ファンになってもらって、いろんな形でおカネを払ってもらわなければいけない。でも、その機能はまだ決定打が見えない。TwitterでひとコママンガがRTされる「だけ」では後が続かないんです。

―― その「食べていく」ところも、漫画雑誌が「連載の原稿料」という部分で支えていたわけです。そして、ファンになるという部分では、端的に言ってしまえば、comicoのようなボーンデジタルのマンガタイトルから『進撃の巨人』のような国民的なヒット作が生まれるのかどうか、というところは気になります。

菊池 そうですね。僕もそこは答えを持ち合わせているわけではないのですが、『進撃の巨人』のようなヒットの在り方とは違うヒットもあると思います。その道筋を探るべく、MDCをスタートさせた、ということですね。

デジタル時代のマンガをいかにプロデュースするか

―― MDCのテーマを見ると、「どうマンガを描くか」という従来からよくあった議論ではなく、「マンガをどうプロデュースし、売り出していくか」に軸足があるように思えます。

菊池 作家自身もTwitter等で作品をアピールしたり、発表のタイミングや場を選ぶ時代です。もはやクリエイティブプロデューサーの一員になっていると言えます。

 そこに足りないのはMDCでも池上さんが言及していたブランドマネージャー(1つの商品の企画~製造~販売までを一貫してディレクションする役職)で、そういった存在がいないと作品展開の「大型化」が難しいんですよね。読者や媒体が複雑化していますから。

 紙のマンガであれば、良い作品さえ作れば、取次や書店が動いてくれるし、アニメ化が決まれば製作委員会が頑張ってくれる――そういうシステムが出来ていました。この仕組みが構築されていない電子コミックの場合は、どうか? 漫画編集者がまずプロデューサー的に動ければベストですが、いままでの枠組みでそこは大変難しいと思います。

MDCには現役編集者をはじめ業界関係者が集う

デジタル発のマンガを大ヒットさせるためには
ブランドマネージャーが要る

―― そもそも出版社の編集者は宣伝などの予算を持っていない、という。

菊池 それもあります。いままでは、良い作品を描いてもらうのが自分たちの仕事だ、という考えも根強かった。とは言え私は、漫画独特の漫画編集者の方々に、ネット化に伴い必要とされるプロデュース面で、かなり強い期待をしています。

―― しかし、マンガのバリューチェーンを一気通貫して見て、戦略を立て実行できる存在となると、それこそ講談社からスピンアウトした出版エージェントの佐渡島庸平さんのような人がもっと必要だという話になります……。

菊池 とはいえ、そういった大型作品がいくつ必要なんだ、という観点も必要で、『進撃の巨人』のように大ヒットするのはいまでも1年に数本ですから、そういったなかにボーンデジタルのタイトルが入ること、そのためのブランドマネージメント、プロデュースができる体制を作っていくことが必要なんだと思いますね。

―― comicoの取り組みは、新しい才能を読者の人気によって発掘して、「公式作家」として取り上げ、原稿料+インセンティブを支払う、という段階で成功していますが、その先の「マンガを世間においてヒットさせ、マネタイズにつなげていく」というステージはこれから、という印象を私は持っていますが、それに通じるものがあるかもしれません。

菊池 comicoさんは、いままでの編集者のように作品制作に強く介在しませんが、そのことと「作品を強く、より多くの消費者に受け入れられる形で押し出していく」という取り組みがある面において相反する性質を持つ、とは言えそうです。とはいえ、今までと同じ仕組みで良いとも思えず、まさにこれからの話なので、注目しています。

―― 既存の出版業界で、こういった動きへの対応は進んでいるのでしょうか?

菊池 媒体ごとにファンクラブのように読者を囲い込む動きが始まっています。たとえば「○○先生の生原稿が見られます。会費は年○万円」という具合です。ただ、現時点では企画が一部署の範囲で取り組める範囲で留まっているような印象はあります。アプリ系のマンガサービスはネットビジネスの文脈ですから、全力でまず顧客を囲い込んで、そのコミュニティーをマネジメントしていこうとします。ここはアプリ系に強みがあると思います。

 先ほどブランドマネージャーの必要性をお話しましたが、まさに、部署、場合によっては会社を越境して大胆に連携するような取り組みがないと、ネット化に対応したとは言えないのではないかなと思います。

―― それこそ、佐渡島さん的才能がもっと出てこないとだし、いまの出版の仕事の流れだとなかなか厳しいものがありますね。

菊池 各社みなさん、いろいろ試して仕事の流れも変えようとされている、正に過渡期だと思います。

(次ページでは、「まずはこの「機運」を途切れさせないことが大切」)

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