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松村太郎の「西海岸から見る"it"トレンド」 第95回

iPad Proが良いからこそ悩む、タブレットとパソコンという概念の間の葛藤について

2015年12月11日 12時00分更新

文● 松村太郎(@taromatsumura) 編集● ASCII.jp

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iPad Proが良すぎると、逆に悩む「メインマシン」という概念

 さて、ワークフローの中で機能してくれるiPad Proを2週間ほど使ってきて、モヤモヤとしたものが余計に大きく膨らんでいきます。悩みは、2015年に買い換えようと思っていた「メインマシン」としてのMacBook Proを、どうすれば良いか、という話です。

 前述の通り、筆者の感覚もどうしても古いものに引きずられています。その考えの一部として「タブレットよりパソコンの方がメインマシンにふさわしく、性能も優れていなければならない」という意識が働いてしまうのです。

 手元の現実は、少し異なっていました。iMovie上での単なるHD動画のカット編集でヒーヒー言っている筆者のMacと、iMovieで4Kのストリームを3本リアルタイムに合成・編集できるiPad Pro、その性能差は歴然としています。さらに加えれば、より小さなiPhone 6sですら、4K動画の編集をこなしてしまいます。

 「性能ってなんだろう」「メインマシンってなんだろう」と混乱してくるわけです。

 単純な話、大きくて性能が良いマシンが「メインマシン」ということであれば、デスクには21.5インチもしくは27インチのiMacを据えれば解決します。ただ、移動や出張が多い筆者が、メインマシンを動かせないものにしてしまうことこそ、本末転倒に思えてなりません。

 ストレージという切り口はどうでしょう。メインマシンなら、大きなストレージを備え、手持ちのあらゆるデータを保管できる存在、というのも分かりやすいでしょう。ただこの点も、大容量のハードディスクをいつも持ち歩いているわけではない点で、複数のクラウドに保管する方法には劣ると思います。

 データを貯めておくことではなく、使える状態にしておくことことが目的なので……。

 とはいえ2015年もそろそろ終わってしまうので、そろそろ本当にどうするのか、結論を出しておきたいところですが、その話は次の原稿にて。


筆者紹介――松村太郎

 1980年生まれ。ジャーナリスト・著者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)。またビジネス・ブレークスルー大学で教鞭を執る。米国カリフォルニア州バークレーに拠点を移し、モバイル・ソーシャルのテクノロジーとライフスタイルについて取材活動をする傍ら、キャスタリア株式会社で、「ソーシャルラーニング」のプラットフォーム開発を行なっている。

公式ブログ TAROSITE.NET
Twitterアカウント @taromatsumura

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