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植物科学の領域まで踏み込んで、PSSolと日立が共同開発

あくまで「作物の高品質化」にこだわった農業IoT「e-kakashi」

2015年10月08日 13時00分更新

文● 川島弘之/TECH.ASCII.jp

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 PSソリューションズ(以下、PSSol)は10月7日、農業IoTソリューション「e-kakashi」を発表した。「カンタン」「手軽」「面白い」をコンセプトに、「勘と経験に頼る栽培から脱却し、データに基づく科学的農業」を実現する。

【左】PSソリューションズ 農業IoT事業推進部 部長の山口典男氏、【右】日立 情報・通信システム社 ITプラットフォーム事業本部 IoTビジネス推進統括本部 事業主管の木下泰三氏

データに基づく科学的農業

 昨今、「食」にまつわる課題が顕在化しつつある。世界では食糧不足や水資源の枯渇への懸念が叫ばれる一方、食を支える農業でも課題は山積み。日本では就農者の高齢化と減少」「新規就農者の早期定着」「技術の継承・育成」などが課題とされる。

 そうした中、日本の農業は集約化が進んでいる。耕地面積に対する農業従業者が減少、結果、大規模経営が増加し、新規就農者も大規模生産法人に就農する傾向があるという。そこで、2010年頃から採り入れられるようになったのが、「勘と経験に頼る栽培からだ脱却し、データに基づく科学的農業」――すなわち、IoT技術を活用した「農業ICT」だ。

手軽に使えるセンサーネットワーク

 e-kakashiは、「カンタン」「手軽」「面白い」をコンセプトに、作物の生育状況をセンサーデータとして収集し、クラウド上に蓄積。アプリを使っていつでも・どこでも状況を把握できるようにする農業ICTソリューション。

e-kakashiの概要

 圃場などに「ゲートウェイ(親機)」と「センサーノード(子機)」を圃場に置いて、電源を入れるだけで設置が完了。子機には、圃場の温湿度・日射量、土壌内の温度・水分量・CO2などを計測できる各種センサーを搭載でき、必要なセンサーを取り付ければ、あとは自動でデータ収集が始まる。

ゲートウェイ

センサーノード

センサーの種類

 この手軽さが特長の1つで、「農家の方の手を煩わせないため、簡単に使い始められる点にこだわった」(PSソリューションズ 農業IoT事業推進部 部長の山口典男氏)という。

 通信は920MHzのアドホックネットワークを介して行われ、通信可能な距離は1kmほど。1台の親機で100台ほどの子機と通信できる。

いかに高品質な作物が育てられるか

 加えて「ここまでなら従来のソリューションとそう変わらない。我々はその先、どのようにIoTを農業に活用するかというところまで踏み込んだ」として山口氏が紹介するのが、多彩なアプリ群。

 「ダッシュボード」「センサーデータ」「フィールドビュー」「グラフ」「データ」「レポート」「日誌」など多くのアプリが用意され、必要なデータが即座に確認できる。「特に日本で培われてきた栽培技術とITをいかにマッチさせるか、栽培技術をいかに継承するか、それらをICTでどう支援できるかという点にこだわった」(山口氏)とのことで、その象徴的な機能として「ekレシピ」というアプリも用意した。

多彩なアプリ群

ダッシュボード

センサーデータ

 「栽培管理技術やノウハウを料理のレシピのように蓄積するもの。作物には『芽が出る』『最初の葉が出る』など生育ステージがある。そのステージごとに必要な作業や気を付けるべきことがある。ekレシピではあらかじめひな形が用意され、ユーザーとなる農家が実際の環境に応じて、最適なレシピに仕上げていける」(山口氏)という。

 作物は天候、土壌など環境に応じて、同じ品目でも最適な栽培方法が異なる。それをデータ化できれば、実際に使えるレシピとして「技術継承」のための有力なデータにもなる。将来的にはレシピを商品として流通し、農業関係者で共有することも期待できるという。

ekレシピ

 「農業ICTは経営支援や流通効率化などを主眼にしているソリューションが多い。一方、e-kakashiではいかに高品質な作物が育てられるかに真正面から着目した。センサーデータをどう見ればいいかを農家の人が考える必要はなく、必要な形でデータを加工して見せる。さらに植物科学の領域にまで踏み込んだというところが、他にはない先進性だと考えている」(山口氏)

全国15拠点以上でフィールド実証

 そのために必須となるのが、農家の実際の知見だ。e-kakashiでは製品化にあたって、全国15地域でフィールド実証を進めてきた。

 発表会には、実証に協力した京都府与謝野町 町長の山添藤真氏、JA栗っこ 常務理事の高橋英夫氏などが登壇。「TPP合意で、農業も大きな変革を進めなければならない。その中で精密なデータを栽培に結び付けるのは今後何よりも欠かせなくなっていく」などとし、e-kakashiへの期待を語った。

 特に与謝野町は、「ekレシピ」を積極的に利用し、与謝野町ならではの米のレシピを完成させた。ekレシピは作物ごとにあらかじめテンプレートとして定義づけられるところもあるが、やはり最終的には産地の環境や天候の急変といった要素を盛り込む必要がある。同じ作物でも地域が異なれば、最適な栽培方法もがらりと変わるからだ。そうした環境依存の異常値や対応策をレシピ化した与謝野町の取り組みは、e-kakashiの実証に大きく貢献したという。

日立との共同開発

 なお、技術的には日立が大きく貢献している。PSSolがアドホックネットワークによる農業ICTに着想したのが2005年。その後、2009年には総務省ユビキタス特区の委託事業に採択されるなど、取り組みを進めてきた。一方で、研究開発においては失敗も多く、なかなか製品化にこぎつけられなかったという。

 転機となったのが、2010年の日立との出会い。日立は社会イノベーション事業に注力しており、e-kakashiの実現に必要な要素技術も多数保有していた。そんな日立との共同開発によって、信頼性の高いアドホックネットワークや、センサーの3年という長い電池寿命を実現した。

 さらに屋外での操作性・視認性を向上させる技術、1デバイスでマルチセンシングに対応させる技術なども、e-kakashiの実現に大きく役立ったという。日立にはAIをはじめ、他にも多様な技術がある。

 日立 情報・通信システム社 ITプラットフォーム事業本部 IoTビジネス推進統括本部 事業主管の木下泰三氏は「農業に分析は欠かせないが、作物は環境の変化の影響を受けやすく、それぞれの地域に応じて分析を変える必要がある。そうしたところにも当社の技術が生かせるのではないか」と語っている。

 PSSolの10年越しの取り組みによって結実したe-kakashi。正式販売は10月から。税抜価格は機器・クラウド・ネットワーク一式入って、初期費用が74万9600円から、月額費用が7980円から。価格設定も農業法人の業績など実情を反映して行ったという。PSSolでは2015年~2016年度に1500台(500セット相当)の販売を目指す。

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