まつもとあつしの「メディア維新を行く」 第48回
セルフパブリッシングの未来(7)
スマホ時代の無料コミックのデファクトとなるか?――comicoの戦略を聞く
2014年10月05日 09時00分更新
質の担保と育成
―― とはいえ、縦スクロールでカラーであれば人気が出るというわけではありません。投稿型のサービスでよく指摘されるのが質の担保をどう図るか、という点です。つまり、編集部を持たないなかで、どう才能を発掘し、育成を図るのか? という点が気になります。
稲積 「comicoの作品は3つの階層に分れています。
エントリーレベルの“チャレンジ”。次が“ベストチャレンジ”。1番上が先ほどお話しした“公式”です。いったん、すべての作家さんは“チャレンジ”に投稿していただき、基本的には公序良俗に反せず、一定以上(15コマ)のコマ数がある、という条件を満たしていれば、ベストチャレンジに進みます。
そしてベストチャレンジになると、作品がスマートフォンアプリで閲覧できるようになります」
―― 最初のチャレンジはPCのみなのですね。どのくらいの投稿があるのでしょうか?
稲積 「チャレンジはPCのみです。毎日7作品程度の投稿があり、そこから8割程度がベストチャレンジに進みます。7月からpixivさんとの連携も始まりましたので、徐々に投稿数は増えています。
毎日5、6作品弱がベストチャレンジに進みますので、月に150~180作品程度がスマホアプリで読まれ、そのなかから多少のばらつきはありますが、月にならすと平均で10作品前後が公式作品となり、20万円+インセンティブの原稿料のお支払い対象になります。
現在97タイトルある公式作品のうち、30作品(作品投稿コンテストなど各種コンテストを含む)が作品投稿機能経由で上がってきたものです。ですので公式作品のうちの約3分の1のタイトルが投稿によって生まれた作品という割合になります」
―― 週刊少年ジャンプのランキングシステムは有名ですが、comicoでも公式作品の入れ替えはあるのでしょうか?
稲積 「完結したタイトルが19作品あります。用意していたストーリーが終わってしまったという完結もありますし、次の作品を考えましょう……という方もいますね。連載する難しさ、大変さを感じて、おやめになる、という例も実際あります」
―― さすがに毎週フルカラーで30コマ以上ともなれば、専業じゃないと成立しないということでしょうか?
稲積 「結果的に、専業もしくは専業に近い方が多いですね。もちろん兼業の方もおられますが。ただ、連載の大変さはありますので、正直公式に上がったからといって、直ぐに勤務先を辞めたりすることはおすすめできません」
―― 夜宵草さんの場合は?
稲積 「もともとセミプロのような形で、兼業で活動されていましたが、comico公式作家となった事を機に専業作家になられました」
―― 今回『ReLIFE』は単行本化されたわけですが、雑誌のマンガ作家さんにとっても単行本による印税収入の重要性は高まっています。アシスタントを雇うと原稿料だけではやっていけない、というのもよく聞く話です。
稲積 「仰るとおりですね。公式作家さんについてはお話ししてきたように原稿料(20万円+インセンティブ)をお支払いし、単行本化された場合には印税もお支払いします。また、私たちはゲーム事業も行なっている会社ですから、ゲームの題材として採用したり、アニメ化、実写化、グッズ化等を働きかけるといったIP(知的財産)を活用していく取り組みも進めていきます」
―― 最近ですと、電子化にあたってはKDPのようなセルフパブリッシングのほうが印税率が良いということもあり、出版社を介さない作家さんも出てきています。セルフパブリッシング展開と、comicoを介しての展開にはどのような相違があるのでしょうか?
稲積 「comicoの公式作家の多くは、して間もない新人作家さんですから、私たちが原稿料をお支払いして生活を支えるというのが第一ですね。
そして第二に、comicoを通じて作品や作家が有名になるための取り組みを展開しています。そのためのコストは当然かけていますので、作家自身が宣伝を行なわないといけないセルフパブリッシングとの大きな違い、ということになりますね」
―― 今回、『ReLIFE』はアース・スター エンターテイメントからの刊行ですが、これは、comicoで公開された作品が“原作”ということになり、アース・スター エンターテイメントさんは御社と夜宵草さんの許諾を得て単行本の出版を行なったという形でしょうか?
稲積 「その通りです。弊社が原作に基づいた翻案の窓口になっています。作家さんのエージェントとして動けるよう契約を結んでいる形ですね」
―― フルカラー・縦スクロールの作品を単行本化するというのは大変だったかも知れませんね。
稲積 「そうですね。そこは夜宵草さんのコメントに苦労がにじみ出ていますね(笑)」
夜宵草さんにメールインタビュー その5
Q:単行本化が決まったときの気持ち、実際に作業されて苦労された点などを教えてください。
夜宵草 「単行本化が決まったときは、ただただ、嬉しかったです。同時に信じられない気持ちがありました。縦長スクロールのマンガがどうやって書籍化するんだろう、という(笑)。でも、書籍化すればcomicoの可能性が広がるな、と感じてわくわくしました。
私自身も初めての書籍化でしたし、comicoでも初の書籍化、そして、縦スクロールマンガを書籍化したのも、おそらく国内では初めての試みだったのではないかと思います。何もかもが大変でしたが、コマをレイアウトする際に不足している部分の書き足しなどに苦労しました」
―― 質と量を高めていく方向にある、ということですが、逆にマンガボックスのように自前の編集部を構えて、新作の開発力を上げていく、ということは構想されていたりはしませんか?
稲積 「そういう方向もあり得るとは思います。ただ、冒頭お話ししたように私たちにとって未知な部分がかなりありますから、どう進むかはまだ模索している段階です。
原作の翻案や単行本化のような二次利用についても、それを得意とする外部のプロと一緒に組んでやっていくのがベストではないかとも考えています。そういった協業も模索しているところですね」

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