傷だらけのマンガのバリューチェーン
マンガは携帯電話の時代から、デジタル・ネットとの相性は良いとされてきた。しかし、そのバリューチェーンはデジタル化の波に必ずしも対応しきれていない。
今回、Jコミ改め絶版マンガ図書館が「埋めた」ピースは、マンガのライフサイクルの最終段階「絶版」だ。印税収入の道が閉ざされ、作品の存在そのものも危うくなる(散逸)ことを防ぐという意味で非常に意義のある取り組みだと言えるだろう。現在、日本漫画家協会の理事でもある赤松氏が新生Jコミに「図書館」という名前を与えた意味は重い。
しかし、出版のバリューチェーンにおいてピースが欠けているのは、この最終段階だけではない。いわゆる出版不況のなか、作家がデビューし、原稿料を得ながら作品を創り上げていく週刊・月刊誌への連載の機会が縮小しているのだ。あるいは連載が実現しても、その原稿料はやはり出版不況のあおりから、生活できるかどうかギリギリのレベルになっているのが現実。
単行本刊行の機会も小さくなっていく。赤松氏は会見の中で、6月20日の著作権法改正で新設された「電子出版権」では、出版契約を結んだ作品は、原稿引き渡しから6ヵ月以内に電子書籍でも出版しなければならなくなったことが、「売れない」と出版社側で判断された作品は日の目を見なくなる(そもそも連載に至らない)ことに繋がりかねない、という懸念も示している。
つまり、絶版マンガ図書館が埋めようとしている「絶版」という段階だけでなく、そのずっと手前の段階――作品が生まれ、読まれることによって、新たな作品が生まれる原資となっていくというサイクルそのものが、さらに難しい状況に置かれる恐れがあるのだ。
そこで、意識されるのが、やはり「マンガボックス」や「comico」といったIT企業が開始しているデジタルマンガ雑誌だろう。彼らが相次いで、既存の出版社とも連携しながら掲載作品の単行本化を始めているのも、上記のバリューチェーンの「欠けたピース」を埋めようとしているという風にも捉えることができる。
絶版マンガ図書館の発表後、赤松氏をはじめ現役漫画家によるシンポジウムが行なわれたが、そこで言及されたのもこれらIT企業によるスマホ向けデジタルマンガ雑誌への期待と同時に「彼らに作品をより良いものにしていく『直し』の能力があるのか」という懸念だった。
作品へのアクセス状況や、完読率(最後まで読み切った割合)あるいは離脱率などの測定を作品作りに反映しようという取り組みはすでに行なわれている。それは、ソーシャルゲームにおける「ゲーミフィケーション」のノウハウを活かしたものだとも言えるだろう。だが、果たしてそういった計量的な取り組みだけで、マンガの面白さ、多様性は担保されるのだろうか?
その点に関する期待や懸念は、セルフパブリッシングからの才能の発見、という更にもう1つ前の段階を意識すると、より鮮明なものとなる。本連載でも引き続きこういった動きを追っていきたい。
著者紹介:まつもとあつし
ネットベンチャー、出版社、広告代理店などを経て、現在は東京大学大学院情報学環博士課程に在籍。デジタルコンテンツのビジネス展開を研究しながら、IT方面の取材・コラム執筆などを行なっている。DCM修士。
主な著書に、コグレマサト氏との共著『LINE なぜ若者たちは無料通話&メールに飛びついたのか?』『LINEビジネス成功術-LINE@で売上150%アップ!』(マイナビ)、『ソーシャルゲームのすごい仕組み』(アスキー新書)など。
Twitterアカウントは@a_matsumoto
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