ブラウザー内蔵のエディターをオープンソースで提供
——知識を共有する人が多くなればなるほど、その間で行われるコミュニケーションが難しくなると思うのですが。BAは円滑なコミュニケーション手段といったものも提示するのでしょうか?
「これはNICの中にいる人たちに共通の課題でしょう。BAは、こうした課題を正しい道筋で究明する環境を提供します。しかし、実際に解決策を見つけ出すのは、NICに参加している人達自身なのです。実践的な組織で日常的にテストしていくのならともかく、ラボで研究したのでは意味がありません」
——Cレベルのコミュニケーションは、ウェブや電子会議システムといった今日あるようなツールを使って実践されるのでしょうか?
「我々は、それぞれの参加者が協力し合えるような環境を提供するだけであり、その中で具体的な解決策や方法論を導き出していくのは参加者方自身です。そして、これこそが我々の理念で最も重要なことと言えます」
「ちなみに、我々はそうしたツールの有用性を試すための仕組みも提供しています。
私が使っている「Augment System」というシステムは、最初からブラウザー内蔵のエディターを搭載しているのです。人はこのシステムを見ると、声を出して驚きますね。このシステムのソースコードは、オープンにしています」
「XML標準化委員会は、こうした技術(ハイパーメディアフォーマットのソースコード)を可能にする大変有益な仕事をしているんですよ」
——XML標準化委員会自身も実際にNICのモデルを採用しているのでしょうか?
「何人かのメンバーにアイデアを話してはいますが、残念ながらまだ実践はしていません。中には大変興味を示し、標準化という作業においてNICのモデルが最適だと賛同してくれる人もいます」
「XML標準化の仕事は、日本の人達にも大きな恩恵を与えるでしょう。XMLはただ単にあなたの国の言葉をサポートするだけでなく、あなたの国の仕事の作法なども受容できる技術なのです」
工作機械を3年に1度全部捨てさせるメーカーなどあるだろうか
——NICはある意味で自己改善の仕組みを持った組織と捉えることができると思うのですが、これと同じような自己改善の仕組みを内包したソフトウェア環境も実現可能だと思いますか?
「私はよくこんな例え話をするんです。あなたが工場(こうば)を持っているとしましょう。その工場で使っている道具が1社のみから供給を受けていて、その道具がある一定期間が経つと、すべて新しい物に切り替えなければならなくなる。しかも、だんだんとその頻度が高まっていく。そんな事態を想像できますか? 不可能でしょうね」
「今のコンピューター業界はそうした意味で狂っています。こうした状況を改善できなければ、未来は暗いものになってしまうでしょうね」
——そうしたソフトウェアの自己改善を可能にする技術とは、分散オブジェクトでしょうか?
「そうかもしれません。オブジェクト指向技術は大変有望だと思います」
——Javaについてはどう思われていますか?
「私の友人に言わせれば、移植性を高めるために行なったちょっとした工夫を別にすれば、Javaは1979年頃のオブジェクト指向プログラミングと何ら変わりありません」
30年前にマウスを包み込んでいたあの掌
——ところで、博士は現在、どのようなコンピューターをお使いなのでしょう?
「日常的に触っているのは、どんなパソコンでも動作する「AugTerm」(オーグターム)という、Augment System用のシン(Thin)クライアントです」
「今では、サン・マイクロシステムズ社のジェフ・ルーリフソン氏が寄贈してくれたULTRAワークステーションを使っています」
——Augment Systemが通常のシステムとどう違うのかもう少し詳しく伺えますか?
「1つは精密なリンク機能です。例えば私が何かのドラフトを作っているとしましょう。私が誰かにこのドラフトに目を通して欲しいと思ったら、特に気になっている箇所に印をつけて電子メールで送ります。受け取った相手が電子メールのリンク箇所をクリックすると、ドラフトで選択した位置が表示されるのですよ」
「システム中のオブジェクトはすべて一意に指定可能です。例えば、私が今日やらなければならないことは“To Do”というオブジェクトとして定義されており、そのなかで今日やらなければならないことは“今日”というラベルの下に整理されているのです」
「Augment Systemの命令は基本的に動詞と目的語の組み合わせで構成されていますが、人によって使う動詞と目的語の組み合わせを自由に設定できるようにすることも考えているところです」
——すごいのは、あなたがこれらをすべて30年前に既に提唱していたことですよね。
「確かに、今ここで話した内容はすべて、30年前のNLSのプレゼンテーションでデモしたものです」
……我々は、インターネットという、いながらにして一瀉千里を走る金斗雲を手に入れた。しかし、NLSではネットワークによる知的労働者間のやりとりをすでに想定していた。結局、エンゲルバート氏のあの掌から、抜け出ていない……
収録:1998年11月19日
なお、エンゲルバート博士インタビュー後編の全文は、1月18日発売の月刊アスキー2月号に掲載されるので、併せてご覧いただきたい。