イノベーションを加速させる3つのエンジン
「Innovation(革新)」をテーマにした第2セッションでは、メディアラボ副所長の石井 裕氏がMITでの18年間の経験を振り返り、競争社会をサバイバルするテクニックをユーモアたっぷりに解説した。
MITに来たとき、同氏は未踏峰に登頂する気概だったという。ところが、実際はそこに上るべき山はなく、ゼロから山を作り上げ、それに登頂することが要求された。石井氏はこれを「造山力」と呼び、イノベーションにおいて大切な思考だと指摘。加えて「出過ぎた杭は誰も打てない」という言葉から強い信念を表す「出杭力(でるくいりょく)」を、また道なき道を全力で突き進む「道程力」をイノベーションのための3つのキーワードとして挙げていた。
ヘンリー・ホルツマン氏は、MITメディアラボで進行しているさまざまなプロジェクトを紹介。自分の財政状態に応じて膨張し、金銭感覚を身体的に把握できる財布や、Twttierを流れる大量のツイートから意味のあるデータを引き出し、話題になっているトピックを天気予報のように視覚化する「Twitter Weather」などを取り上げた。
遠藤 謙氏が語ったのは「身体のハック」。パラリンピックで使用されたスプリント用の義足を例に挙げ、健常者と障害者の間に身体機能の差がなくなれば、障害そのものをなくせると指摘する。同氏が義足の研究を始めた契機は、友人が義足になった経験という。研究を支えるための、情熱の大切さが伝わってくる。
半年間のメディアラボ滞在中の研究成果を発表したのは、笠原俊一氏だ。ARを利用して現実に直接書き込んだ落書きや配置した写真を、異なるユーザー同士でリアルタイムに共有できる「Second Surface」と、カメラで写した物体をスクリーン上で操作すると、その対象を物理的に動かせる「exTouch」について説明した。
これらのプロジェクトを実現できたのは、さまざまな専門性を身に付けた学生たちと協業し、議論を戦わせながら、すぐにアイデアを試作に落とし込めるMITメディアラボの環境が大きいという。ただし、アイデアが現実に変わる瞬間(Special Moment)は生ものなので、タイミングを外さないようにするのが重要だと指摘した。
セッションの最後を締めくくったのはバニー・ホワン氏。オープンソースで作られたLinux搭載の小型情報端末「chumby」の開発者として有名だ。同氏は中国を例にとってリバースエンジニアリングの現状に言及しつつ、製品の模倣によってオリジナルも改良されるというオープン性の重要さについて論じた。
MITメディアラボ所長の伊藤穰一氏らによるクロージングディスカッションを経て、1日目は終了。それぞれの講演者の研究範囲は十人十色だが、ふとした瞬間に議論がつながるのが面白い。私たちに新しい視座を提供してくれるだけではなく、少し先の未来まで堪能できた内容だった。