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渡辺由美子の「誰がためにアニメは生まれる」 第28回

「ラストエグザイル‐銀翼のファム‐」千明孝一監督が語る、制作現場の壮絶な戦い

「GONZOブランド」を背負って立つアニメ監督の決意【後編】

2012年07月14日 12時00分更新

文● 渡辺由美子(@watanabe_yumiko

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『機動戦士ガンダム』安彦良和さんから教わった仕事への厳しさ

―― ご自身にも、“準備が足りない”と感じた時代があったのですね。その後、演出に転向されていますが、演出という仕事のどんなところに魅力を感じたのでしょうか。

千明 圧倒的に準備が足りていませんでした。 演出へ進んだ理由を話すとガッカリさせるかもしれないですけど、最初は演出に魅力を感じたとかそういう動機ではなかったんです。アニメーターとしてやっていくには圧倒的に準備が足りなかった、自分はとてもアニメーターのトップには行けないだろうと思い知ったことがきっかけです。

 20代で仲間とお金を出し合って仕事場を作ったのですが、その時のメンバーがアニメーターとして本当にすごかったのと、彼らの周囲にもすごい実力を持つ人たちがいっぱいいて、その時将来アニメ業界のトップを走るこの人たちと、ずっと一緒に仕事をしたい、それにはどうしたらいいか?

 それで演出になろうと思うに至りました。けど、なかなか演出の仕事はさせてもらえない。転向するチャンスがないんです。周りのプロデューサーに、演出になりたい、演出になりたいって言うんですけど、相手にされなくて。

(C)2011 GONZO / ファムパートナーズ


―― それはどうしてですか?

千明 当時のスタジオでは、アニメーターから演出になる人はほとんどいなくて、作画から演出に転向するルートがなかったんです。演出の先輩からは「アニメーターから演出になると、『アイツは原画がダメだから演出になった』と言われてつらいぞ」とも心配されて。

 それで、アニメーターをやめる前に、絶対に実力不足とは言われない立場になっておこうと。「テレビシリーズの作画監督」をやると決めて、数本の作画監督をやり終えて「これでもう大丈夫」と(笑)。その後も、周囲の人に、演出になりたい、絵コンテを描きたいってずっと言い続けていて。そうしたら、しばらく経ってから安彦さんから電話をもらいました。


―― 安彦さんって、「機動戦士ガンダム」の安彦良和さんですか!?

千明 そうです。安彦さんが監督をした劇場作品「アリオン」の原画をやらせていただいたのですが、安彦さんが僕のことを覚えて下さっていて「演出志望だと人づてに聞いて」ということで電話がかかってきました。

 「今度『ヴイナス戦記』って劇場作品をやるから監督助手として来る?」って。それで未熟者だけど監督助手をやらせていただきました。制作デスクには「監督助手という役職は、デスクよりも地位が低いんだから」なんて言われたりしながらも、監督とスタッフの助けで何とか最後まで監督助手を務めることができて、試写会でエンドテロップを見たら「演出:千明孝一」って。

 安彦さんが僕の肩書きを「演出」という名前にしてくれていたんです。本当にビックリしました。すごく感謝して、どうしてですかって聞いたら、「映画のクレジットに『演出』って載れば、演出の仕事が来るよ」って。それで本当にすぐに仕事が来たんです。僕のアニメーター時代にお世話になった制作の方から、「映画見たよ、演出やったんだね。うちでもやる?」って。テレビシリーズの演出を任せてもらったうえ、コンテまで描かせてもらいました。安彦さんのご厚意が本当にありがたかったです。


―― 安彦良和さんには、どんなことを教えてもらいましたか。

千明 直接、手取り足取りということではなかったです。でもその仕事ぶりを横で見ていたことですごく影響を受けました。僕のコンテの描き方は、今でも安彦さんの描かれるものを意識して描いていると思います。

 仕事に対する厳しさみたいなものを教わったと思います。普段はとても温和でスタッフにも優しい人なんですけど、本当に許せないときは烈火のごとく怒るんです。最後はもう「よこせ!」って言って、映画の原画をひとりで1日に何十カットも書かれていました。一番教わったのは、厳しさと仕事への真摯な取り組み方の姿勢です。

(C)2011 GONZO / ファムパートナーズ

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