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佐々木渉×浅井真紀 ロングインタビュー

初音ミク Appendに託された「ものづくりの心」

2010年05月12日 14時00分更新

文● 広田稔

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「よく分からない可愛さ」を目指した初音ミク

── 原型師である浅井さんにパッケージデザインを依頼したというのも異例だと思います。その意図も「わけが分からない」の精神なんですか?

佐々木 それは違うんです。初音ミクが出て以降、さまざまな方とお話しする機会がありましたが、単純にその中で一番、独自性のある話をしてくださったのが浅井さんでした。

 浅井さんに頼んだのは、面白い考え方をする人だったから。シンプルなんです。考え方や情報のインプットが評論家的で、しかもクリエイターとしての独自のアウトプットを持っていらっしゃる。とても鋭い人だなぁと思いました。

浅井氏

浅井 初めて佐々木さんとお会いしたのは、1年くらい前の札幌だったんです。僕は別件のキャンペーンで札幌入りしていて、クリプトンさんへ伺ったのも、別の原型師さんの打ち合わせに付いていっただけで、いわばオマケだったんです。

 その晩、佐々木さんと飲んだんですが、険悪とまで言わないまでも「言い合い」に近い雰囲気になってました(笑)。翌日、飛行機の中で「やっちゃったー」って後悔したのを覚えてます。佐々木さんには、相当面倒くさい人だなと思われたんじゃないでしょうか。僕も「すごい面倒くさい人がクリプトンにいるな」という第一印象でした(笑)。


── 佐々木さんと浅井さんでどういった感じで作業を進めていったんですか?

浅井 僕はコスチュームデザインの前段階として、佐々木さんの思考を整理するための相手役をやらせてもらった印象です。初音ミクの世界観を「再構築」するような話をしていました。

佐々木 初音ミクの世界観といってもニコニコ動画内のイメージではなくて、ソフトとしての初音ミクを「再構築」というか、改めて考えてみるというか、整理するというか……。

 初音ミクをリリースした段階からてんやわんやで、ゆっくり物事を考える時間が取れなかったんです。一方、初音ミクでVOCALOIDという歌声合成エンジンが認知されて、グッズなどの展開が出てきて、CDがオリコンランキングの上位に入るようにもなった。ではソフトとしてはどうだったのか? どうして行くべきなのか?

 この問題は、時間が経っていくにつれて出しっ放しにしておけないなと思うようになってきました。初音ミクというソフト製品が一発屋的に終わるんじゃなくてステップアップしていくために、われわれができることは何だろうか、と考えたんです。


── 再構築と言われましたが、そもそも再構築する前の初音ミクはどう意図して作られたんですか?

AIBO

佐々木 当時は「人間とは少し違う可愛さ」を目指していました。VOCALOIDは機械が歌っているわけですが、冷静に考えると裏に感情がないのが見えてきてしまう。一方で、ソニーの「AIBO」など、ロボット玩具は一般に受け入れられている。その理由は「機械なりに不器用にでも、懐いてくれたり、仕草が可愛いかったりすると愛着が湧くよね」という話だと思ったんです。

 初音ミクの前に売っていたVOCALOIDの「MEIKO」は、歌うお姉さん的な感じで、一般的な可愛らしいとはちょっと違った。じゃあとりあえず、可愛い声のVOCALOIDを作ってみるかと。

 可愛さにも、相手に媚びているものや、「私がかわいいでしょ」という押しの強いアピールがあります。しかし、VOCALOIDに合うのは少し「不思議な可愛さ」だった。初音ミクの声に藤田咲さんを選んだのも、声優の方々のサンプルを聴いていって、女の子の可愛らしさアピールとは少し違う、一般的ではない不思議な可愛さを持っていたからですね。

初音ミク以前、2004年11月にクリプトンが発売したボーカロイド「MEIKO」


── 声優までクリプトンの「よく分からない」精神にそっていたんですね(笑)。

佐々木 パッケージイラストにしても、美しいというよりは、VOCALOIDというデフォルメされた音しか出ない装置という要素を入れたかった。Keiさんの絵からは、あまり生々しい生活感を感じませんが、それでいて美しい。そうしたディテールを感じたのでお願いしたんです。

 あとはそもそも生気が薄いというのも意識しています。実際に人の声を録音してVOCALOIDのデータベースに落とし込むと、何か生気が薄くなるんです。「カ○ピスを水で2倍に薄めました」という感じで。でもその薄まった状態でも美味しいと感じられるものを作ろうとしていました。

 「薄まってなお美しい」という話は、藤田咲さんの不思議さといか、天然さというか、神秘性というか……。そこに通じる感じがします。


── 浅井さんは初音ミクをどうとらえていましたか?

浅井 僕がミクに触れたのは、曲からだったんです。「この曲いいな、これを歌っているのが初音ミクなのか、合成音声なんだな」という順序です。ソフトウェアとしての興味よりも、歌い手さんとしての認識が割と自然に入ってきました。

 その後、ソフトウェアとしての興味も持ち始めましたが、同時期に初音ミクに関係したフィギュアの仕事が自分の周辺で動き始めたため、そのままファンとして没入するわけにもいかず、俯瞰する立場で見なければならなかった。

 実は佐々木さんと初めてお会いしたときも、初音ミク自体への興味の持ち方が固まっていなくて、好意の示し方が分からなかったんです。もちろんソフトのスゴさには驚いていましたが、僕が感動したのはそれぞれの曲です。

 要するに「初音ミク=Photoshop」という話で、Photoshopで描かれた絵が素晴らしかったら普通は絵をほめて、「Photoshopスゴい!」という褒め言葉は使いませんよね。Photoshopがいかにすごいと思っていても。その時点での僕の中では、初音ミクは色んな人に愛されて多様性を持ったキャラクターであり、ソフトとしての発展性に関して、考えることはあまりなかった。

 一番最初にパッケージデザインの依頼をいただいたときにも、「何で自分に!?」という驚きはありました。普段、デザインの仕事を中心としているわけでもないし、何かしらの成果を見て頂いて「あれがよかったから」という依頼だったわけでもない。

 だから、何故自分に依頼が来たのか、自分に求められていることは何か、それを理解しなければいけない。デザインの方向性を決める前に、ただ漠然と話をしている時間が、自分にとっても重要でした。

 その段階で初めて「これまでのミク、これからのミクとは何か?」を考えることになった。そして、再構築というキーワードが徐々に出てきたんです。

figmaの初音ミク。浅井氏はfigmaシリーズのディレクションを手掛けている

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