とはいえ徳欽は、外国人は自由にチベット自治区を旅行できないので、実質最果ての地である。徳欽はチベット自治区と隣り合わせの「チベット族自治州」であり、その名の通り、多くのチベット族が住んでいる。
住民の中には今回の日食を知っている人もいた。日食が起きたらどうしますか、と聞いたら「家でお経を読む」と答えた。そんな徳欽へのアクセスは、最も容易な方法でも省都「昆明」からのフライトがあるチベット族自治州の州都「シャングリラ(香格里拉)」まで行き、そこからさらに車で4時間かかる。
チベットは高地なので、徳欽も例外なく高地で標高は4000m弱。安宿に泊まって1階から4階まで普段のペースで階段で上った日には、地獄のような酸欠を経験できる。しかしそんなところでも世紀の天文ショーを一目見たいと、多くの中国人旅行客がやってきていた。こと徳欽の街から車で30分行った絶景スポットの「飛来寺」には多くの中国人が集結していた。
当日、徳欽は曇り。地元の人々が集う市場に向かう。市場では野菜のほか、豚やニワトリ、さらには特産品の松茸も売っている。何か起きた時の配慮か、徳欽の街には軍人や警察が何人も立っていた。
あいにくの曇りだったので、欠けはじめから皆既日食までは太陽が見られなかった。ただ皆既日食になると、突然真っ暗になり、地元の人も観光客も驚きの声。一部の地元の人々はお手製の「発砲スチロールの枠+黒色ガラス」の日食用ガラスで、日食を楽しんでいた。
さすがに最果ての少数民族だからといってやたら慌てるとか、そういったリアクションはなかった(失礼)。人間以外を見てみれば、豚は反応はなかったが、ニワトリが焦っている、と市場の人は語る。その後雲が薄くなり、部分日食となった太陽がお目見えした。
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