成果物を収めることが教育機関の目的ではない、
── プロのクリエイターと教育者では伝えるメッセージにどんな違いが出てくるのでしょうか。
増渕 一番の違いは「成果物を収めることが教育機関の目的ではない」ということでしょうか。
(ツールが教育機関に)どんなメリットをもたらすかは、先生によって見方が異なります。例えば慶応大学の武山教授は、一般の方に関与してもらう研究プロジェクトでは、ゼミの学生は新しい概念のモックアップを作る必要があると考え、自力でFlashと奮闘しているとおっしゃられていました。一方で、知識や考え方を習得するのが目的だから、ツールは必須ではないとおっしゃられる方もいる。
ではアドビのツールを大学で導入してもらうメリットは何かというと、ひとつはクリエイティブ分野では業界スタンダードになっているので、卒業後にも役立つスキルになるという点でしょう。会社の採用でも求められているのだから、Photoshopだけでも学んでおいて損はない。プロユーザーに使われていて、進化していくさまざまなメディアに対応している。体得しておくメリットがある、と。
もうひとつは、印刷、Web、映像のメディアの特性を知るには最適な製品であるということです。Master Collectionでは、統一したユーザーインターフェースで、いろいろなメディアを扱えます。PhotoshopやIllustratorを使う学生は、自発的ににFlashやAfterEffectsも試してみようとします。学校の設備として、Master Collectionが置いてあれば、学生にはそれだけでさまざまなメディアにチャレンジすることを促すことになります。
今後は、ウェブや映像を組み合わせた大きなキャンペーンを仕掛けるケースがどんどん増えてくるでしょう。美大であれば、さまざまなメディアを理解した人材の育成が社会から求められています。実際美大出のクリエイターの方も、ご自分の専攻を超えて活躍されているケースがほとんどです。
── Adobe Education Vanguardsを運営していく中で、感じていることは何ですか。
増渕 私どもの製品は、理工系、デザイン系と問わず、学際的な学部に多くご利用いただいています。そのような各方面の先生方とお話しした経験から、デザイン・情報工学という側面に関して言えば、工学系大学にデザイン学科・カリキュラムが増えたり、芸術系大学でデザインに対するアプローチが科学的になってきたりと、両者が歩み寄っている印象があります。しかし、そのアイデアや研究成果はあまり共有できていない。その情報を出していけば、先生方に対してもメリットになるのではないか、われわれの製品が幅広い分野で有益であることをごらんいただけるのではないか、と感じています。
(理工系と芸術系の)アプローチは対照的です。「工学は知らないことをファミリアーにする」「アーチストに大切なのは、誰も気付いていないことをおかしいでしょうと問題提起すること」 そんな風におっしゃった先生がいました。これには私自身衝撃を受けました。しかし、創造的な教育・研究を実践したいという先生方の理念は双方とも根本は変わりません。
従来の枠組みでは対応できない、創造的な教育はどうあるべきか。メッセージは一緒だけど、異なる学問領域で、どう共有すればいいのかなどテーマはいろいろとある。いずれにしても、今は既存のカリキュラムを一度壊しているところなので、正解がない。挑戦すると同時に、先生ももがき苦しんでいる。このような中で、先生方の思考や理念をシェアするのは大事だなと。
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