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【特別企画】韓国市民記者ビジネスを追うVol.1――オーマイニュース

2006年01月13日 23時10分更新

文● 編集部 伊藤咲子

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マスコミは“掲載したいもの”しか掲載しない

[編集部] 市民記者制度の目的を教えてください。
オーマイニュース社 ニュースゲリラ本部本部長 ソン・ナクソン氏
オーマイニュース社 ニュースゲリラ本部本部長 ソン・ナクソン氏。背後のパネルは世界各国に散らばる市民記者。日本人らしき氏名も多数あった
[ソン・ナクソン氏] 既存の新聞、マスコミは、記者と読者の区分がはっきりしていて、記者は記事を書き、読者はそれを読むだけ。読者の立場からすると、記者が書いている記事は本当に“事実”なのか、記者の“主張”なのかまったく区別がつきませんでした。またマスコミは、“掲載したいもの”しか掲載しないものです。しかし、読者にとっては紙面に出ていることが“すべて”ですので、本当のことが分からないままになっていたのです。またメディアの数自体も多くありませんでした。

そのような中で、市民の間には、「自分が発言できるような場所を作りたい」「一方的なニュースは嫌だ。自分達も参加したい」という機運が高まっていました。そして時代的に、記者達が一方的になりすぎてマスコミによる弊害が出ていた頃だったので、市民記者制度を立ち上げるべきとオーマイニュースが誕生しました。
[編集部] 報道に嘘偽りがあると思っていた市民が多く存在したのでしょうか?
[ソン氏] そうです。どうせ読者は真実を知らないだろうと、マスコミは一方的な報道を繰り返しました。それで、「問題の本質は違うのに、あんな報道の仕方は我慢ならない」と、読者の心は離れていったのです。

旧来のマスコミは“真実を解明できるのは自分達しかいない”という自負を持っていました。しかし、そうではなく、読者もいくらでも情報は得られるし、ニュースを生産できるのだという意識が高まったのです。
[編集部] 意識が高まった背景を教えてください。
[ソン氏] 韓国の場合、長い間、独裁政権がありました。そういう政治的側面もあります。独裁者が作ったシステムの中で言論が統制され、既得権を得ている実力者や政治家の代弁をしてくれるものとして、新聞が存在してきたのです。ですので、これは明らかに事実ではないと皆が知っていることを新聞が書いてしまう、そういう事件を皆が経験してきました。だから新聞に書いてあることは信じられないという意識があるのは確かなんです。

そうした経験を経て、何が真実で何が嘘なのか解明したいという意識が市民の間で高まり、社会運動が盛んになった時代があったのです。社会運動家達はビラや小冊子を作りマスコミとは違う視点で情報を発信していましたが、いかんせん伝播力は弱いものでした。しかし民主化運動が盛んになるにつれ、情報を伝える努力をもっと組織的に行なおう、皆に伝えようという意思が高まりました。市民がニュースを生産して消費する、オーマイニュースのようなシステムを望む土壌が形成されたのです。


「自分の記事が社会を変えられる」という期待

[編集部] インターネットの登場と関係がありますか。
[ソン氏] やはりそうですね。皆がお互いの意見を交換できるインタラクティブ性は、インターネットの大きな特徴です。そういう環境があったからこそ、市民記者を広められたのだと思います。

インターネットの場合、掲載した記事には読者からの反応がすぐに返ってきます。コメントを受け付ける機能を実装していれば、その記事が抱えている問題点に対して、すぐに指摘が寄せられます。過去のマスコミは、誤った報道をした時に謝罪するような習慣はなく、隠し通そうとしていました。しかし、インターネットの場合は隠しようがありません。皆が瞬時に指摘するので、記事が間違っていたら「間違っていた」と正直に言わなければならない環境があります。オーマイニュースの存在意義は、そこにあるかもしれません。
職業記者の記事に読者からのコメントが付いた例(記事の書き出し) 職業記者の記事に読者からのコメントが付いた例(記事の末尾)
記事の書き出し読者からのコメント
オーマイニュースの職業記者の記事に、読者からのコメントが付いた例。内容は、ES細胞論文捏造疑惑の黄 禹錫教授に関するものだ
[編集部] 正確な情報に触れられる“記者”という立場は、市民にとって一種の憧れではありませんでしたか。
[ソン氏] そういう面はあると思います。ただし、一般市民が職業記者になりたいという憧れと、市民記者になりたいという憧れは、異なるものだと思います。

そもそも人間には、自分の考え方と他人の考え方は違うのか、自分が疑問に思っていることは他人も疑問に思っているのか、そういったものを確認したい欲求があると思います。“記者”というのは、その欲求を満たすことができる活動をしているので、我々は“記者”を“職業”ではなく“活動”だと見ています。疑問や、意見をまとめていく活動=記者をやってみたいから市民記者になりたいという人もいます。
[編集部] オーマイニュースが考える職業記者、市民記者の定義を、分かりやすく教えてください。
[ソン氏] 職業記者になった場合は、社会的に認められ、ある種の特権が与えられ、ジャーナリズムを実現するという目的があります。市民記者の中には、「職業記者になれなかったから市民記者になろう」という人ももちろんいます。しかし、市民記者としての活動は限界があるということは、皆、十分分かっています。それでも市民記者になりたいというのは、自分が真実だと思う情報を発信し皆と共有したいという欲求、意見を発信し皆に伝えたいという欲求、自分の周りをよりよい社会にしたいという欲求があるからだと思います。

市民記者が書く記事の分野は多岐にわたっていますが、どんな小さな記事でも社会に対する影響力を持っています。自分の身の回りの小さな出来事が積み重なって、社会が変わっていくということを私達は経験しています。自分の書いた記事が社会を変えられるというのは、市民記者の活動を続ける原動力になるのではないでしょうか。
市民記者の記事に読者からのコメントが付いた例(記事の書き出し) 市民記者の記事に読者からのコメントが付いた例(記事の末尾)
記事の書き出し読者からのコメント
市民記者の記事に、読者からのコメントが付いた例。内容は地方のグルメ紹介

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