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セコム、食事支援ロボット“マイスプーン”の11年に渡る開発経緯を明らかに

2002年05月20日 16時26分更新

文● 編集部 佐々木千之

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17日、“21世紀ロボット産業研究会”の第1回移動フォーラムが、東京・三鷹市のセコムSCセンターで開かれた。このフォーラムはロボット開発の現場を訪問し、開発背景や今後の展望についてお話を聞くというもので、今回はセコム(株)が4月26日に発表した、体の不自由な方の食事介護支援ロボット『マイスプーン』の開発背景について、セコムIS研究所センシングシステム研究室ロボット研究室特別室長で工学博士の杉井清昌氏が講演した。

セコムIS研究所センシングシステム研究室ロボット研究室特別室長で工学博士の杉井清昌氏
セコムIS研究所センシングシステム研究室ロボット研究室特別室長で工学博士の杉井清昌氏

マイスプーンは、頸髄損傷や筋ジストロフィー、慢性関節リウマチなどによって上肢がうまく動かせない方々向けに、ユーザーが自分のペースで食事を行なうことを目指したロボット。頭部が自由に動かせて、食物を飲み下すことができ、機械の操作が理解できれば、短時間のトレーニングで使いこなすことができるという。また、そばや木綿豆腐などのような柔らかいものまで、多様な食物をつかめることも特長という。

『マイスプーン』左側の弁当箱状の容器に食物を入れる。容器と本体との位置関係は固定されており、ユーザーはジョイスティックを操作して、どの食物をつかむかをコントロールできる
『マイスプーン』左側の弁当箱状の容器に食物を入れる。容器と本体との位置関係は固定されており、ユーザーはジョイスティックを操作して、どの食物をつかむかをコントロールできる。つかんだ後は自動的に口元まで運ばれる
記者もマイスプーンを試してみたが、ジョイスティックの操作は、上下左右の4方向+押し込むという5つの組み合わせだが、操作系がよく練られており、すぐに使い方を飲み込むことができた
記者もマイスプーンを試してみたが、ジョイスティックの操作は、上下左右の4方向+押し込むという5つの組み合わせだが、操作系がよく練られており、すぐに使い方を飲み込むことができた。慣れてくると、容器の端に貼り付いたたくあんをつかむことすらできるという(写真は他誌の記者)
マイスプーンは多様な食べ物に対応できる。汁物は直接つかむのではなく、コップとストローで対応する
マイスプーンは多様な食べ物に対応できる。汁物は直接つかむのではなく、コップとストローで対応する
マイスプーンの容器は4つに分けられているが、さらにその1つを3×3に分けて制御している
マイスプーンの容器は4つに分けられているが、さらにその1つを3×3に分けて制御している

杉井氏は「よく聞かれることですが」と前置きして、なぜセコムが福祉ロボットを手がけているかについて説明した。杉井氏が挙げたのは“器”“人”“要望”の3つ。器とはIS研究所を指す。セコムは1989年に社会システム産業を目指すという宣言を行ない、「人様のお役に立つのであれば何をやってもいい」という方針が打ち出され、その研究のためにIS研究所を設置していた。人とはこのロボットの発案者である石井純夫氏を指している。石井氏はIS研究所の研究員(当時:現在は開発センター メディカル1チームで商品開発を手がける)で、頸髄を損傷した知人から「自分で食事が取れたらいいのに」という声を聞いてマイスプーンを開発したという。

マイスプーン開発者の石井純夫氏。開発では、「手本にするもののないところから、形にするまでがたいへんだった」とか
マイスプーン開発者の石井純夫氏。開発では、「手本にするもののないところから、形にするまでがたいへんだった」とか。現在は研究部門から、商品開発部門に移っている

杉井氏は石井氏を「福祉マインドは人並み以上。技量はほどほど。このほどほどが良かった」と評する。というのは、「非常に高度なマニピュレーターを作るような方だったら、別のものができていただろうが、彼(石井氏)は、勉強しながら最低限必要なものをかき集めて作り上げ」ることができたから。結果として必要十分な機能を持ち、高価すぎない(※1)製品が生まれたというのだ。また、3つめの要望とは、露わになっていない潜在的な要望をくみ取ることができたことを示すとしている。

※1 マイスプーンは個人向けにはレンタル、社会福祉施設などへは販売する。個人向けレンタル料は期間5年で1ヵ月6100円から。販売は38万円から。

セコムの言う社会システム産業はセキュリティーで培った技術やネットワークを基板として、社会にとって安心、便利で快適なサービスシステムを提供することだとしている。マイスプーンの開発を行なったIS研究所は1987年設立で、ロボット、センシングシステム、画像情報処理、音声情報処理、医療用情報処理、人工知能などを研究しているという。

杉井氏が挙げた、セコムの社会システム産業への取り組み
杉井氏が挙げた、セコムの社会システム産業への取り組み

11年もかかったマイスプーンの開発

1991~1999年までは、まったく形のないところから形にするまでに費やされた。途中、1996年にはある程度の形になり、研究所の外に持ち出してフィールドテストを始めた。このテストによって、ある条件に合致するユーザーには喜んで使って貰えることが分かったが、ビジネスとして成立するのか自信がなかったのだという。当時の厚生相の話では頸髄損傷の方が5000人、そのうちマイスプーンが使って貰えそうなのはせいぜい100人ということになり、1999年までは商品化に踏み切れないまま進み、このままプロジェクトが終わってしまうのではという状況になったという。

石井氏が開発し、フィールドテストに使っていた『マイスプーン』のプロトタイプ
石井氏が開発し、フィールドテストに使っていた『マイスプーン』のプロトタイプ

そうしたときにある新聞の取材を受け「企業努力としては最大限やったという自信はあるが、患者が新しい器具を使う場合はほとんど自己負担となる今の制度では限界がある」ということを記事に書いてもらった。それがセコムのトップの目にとまり、「社会の役に立つのなら商品化しろ」という鶴の一声でついに商品化開発が始まったのだという。商品化にあたってはさらに、(財)テクノエイド協会の助成事業になったことも大きく、多くの方の協力を得られたとしている。

マイスプーン開発経緯
マイスプーン開発経緯

杉井氏は、マイスプーンの今後の展開について「上肢切断や脳血管障害、頸髄損傷と同じような症状を持つギランバレー症候群の方々の役にも立つ可能性があり、できるだけ多くの方に使っていただけるようなチャンスを作っていきたい」という。また、現在は国内だけで販売しているが「海外での腕試しも行ないたい。(福祉先進国である)スウェーデンでも使えるというところまでもっていきたい」と抱負を述べて締めくくった。

今後の展開
今後の展開。海外では食事介護支援ロボットは1種類あるが、かなり大がかりなものだということで、マイスプーンがうけいれられる余地は十分ありそう
現在セコムが開発中の『自立生活支援リフター』
現在セコムが開発中の『自立生活支援リフター』。ユーザーが1人でベッドからトイレに移動したり、車いすに乗ったりできる

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