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【インタビュー】アドビのネットワーク・パブリッシング戦略とは――米アドビシステムズ社長兼CEO ブルース・チゼン氏

2001年07月27日 23時28分更新

文● 千葉英寿

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Adobe Photoshopをはじめ多数のプロフェッショナル向けグラフィックツールを提供している米アドビシステムズ社は、一部のプロだけのためのソフトウェア企業ではない。ITの時代にあって、もっとも支持されているコミュニケーションのためのフォーマットの代表であるPDF(Portable Document Format)の開発・普及促進に努める電子文書時代の旗頭としてデジタル・コミュニケーションを支えるキープレイヤーだ。

今回、同社の社長兼CEOであるブルース・チゼン氏にインタビューする機会を得た。PDFとPDFを中心に同社が進める【ネットワーク・パブリッシング】戦略の将来像について聞いた。

●ITは幻想か?

[千葉] 先だって、ある講演会において石原慎太郎東京都都知事が「最近跋扈するインターネットや携帯電話で得た情報は、幻想でしかない。IT革命は活版印刷の発明のいわば派生であって、必ずしも革新的なものではない」と語っています。石原氏の言うようにインターネットをはじめとするITは本当に“幻想”なのでしょうか?
[チゼン氏]

彼の発言は理解できますが、政治家の発言に関してコメントすることは一切できません。しかし、ITについて私は意見を持っています。

ITはあらゆる社会に大きなインパクトをもたらし、とりわけ人々の間のコミュニケーションのやり方と速さを大きく変えてきたと思います。特にビジネスプロセスの合理化と改善に大きなインパクトをもたらしていると思います。現在、企業や政府、教育機関などの日常業務のやり方には、非効率的な面が多く、それは大いに改善の余地があります。その改善の最初のステップがEメールだったと思います。今後はウェブのインフラの提供によって他のいろいろな面が改善されていくと思います。

その一例として、各国政府が様々な合理化の取り組みを行なっています。日本では“電子政府”、米国では“ePaper”という取り組みがあります。これらは基本的に政府が一般市民とやり取りする上で、紙媒体に縛られなくて済むようにするのが目的だと思います。先だって、ストックホルムに行った際にスウェーデン政府が電子用紙による確定申告ができるような体制作りを進めておりました。いずれも紙を離れてより効率よく電子的な情報を扱える方法をとろうとしています。産業界においても同様な動きが活発です。
ブルース・チゼン氏
マテル、マイクロソフト、クラリスなどで一貫して販売、マーケティングを専門としてきたブルース・チゼン氏。新しいアドビの顔だ/(C)hiroyukimac
[千葉] そうした社会において、アドビおよびアドビのテクノロジーはどのようなポジションにあり、どのような役割を果たしてきたのでしょうか?
[チゼン氏]

私どもの社会における基本的な役目は、人々が互いによりよくコミュニケーションでき、氾濫する情報の中で自分のメッセージを確実に伝えることができるツールや製品を提供することだと思います。

最近、アドビでは新しい標語として“Adobe everywhere you look”というものを使っています。つまり、「どこを見てもアドビがある」ということです。雑誌の記事にしても、映画制作でSFXを作るのにも我々の製品が使われているかもしれない。飲み物のカンやボトルのロゴを作るのにもアドビの製品が使われたかもしれない。どこを見てもアドビ製品を使ったものがあり、ありとあらゆるところでアドビ製品が私たちの現実にふれているといっていいと思います。

そういう意味では社会に大きなインパクトをもたらしたと思います。リッチなイメージやグラフィック、タイポグラフィーがないのは想像ができないぐらいだと思います。これがなかったらまったく違った世界になっていたのではないでしょうか。いまよりずっと退屈な世の中だったのではないかと思います(笑)。

●PDFは紙を超えるのか?

[千葉] 昨年公開された日本のSF映画『ジュブナイル』ではまさにネットワーク・パブリッシングの将来像といえるものが表現されています(※1)。ここでは2020年の設定でしたが、将来、ネットワーク・パブリッシングやPDFはどのような形に進化するのでしょうか?
※ ネットワーク・パブリッシングの将来像 2020年、主人公が朝食を取りながら電子新聞(A4サイズ程度のクリアファイルのようなもので、表示されている記事は他の記事へのリンクしている)を読んでいる場面がでてくる。新聞の内容はより詳しい情報にリンクしており、PDA(折り畳み式の液晶画面に執事のようなキャラクターが出てくる)にリビングの大きなモニターで見たいことを命じるとモニターに詳細情報が表示される、というもの。

[チゼン氏]

私たちのネットワーク・パブリッシングのビデオは2~3年先で、これは20年先ですね。まさにこの通りだと思います。将来的には単なる文字だけのものは誰も読む気がしなくなると思います。リッチなグラフィックや動画があって、プラットフォームにあった形になってこそ読む気が出てくると思います。

PDFは基本的にはいろんな情報を入れる器、コンテナと考えればいいと思います。現在のPDFはまだテキストが主体でそこに若干のグラフィックスが入っている程度ですが、将来的にはマルチメディアを含むありとあらゆるコンテンツがそのコンテナの中に入ると思います。情報を発信したり、コンテンツを提供する側がそのコンテンツのレイアウトをコントロールする器としてPDFが将来も効果を発揮すると思います。
『ジュブナイル』のDVDを見るチゼン氏
『ジュブナイル』のDVDを見るチゼン氏(左)。「この作品を知っていれば、ウチの(アドビで制作したネットワークパブリッシング)ビデオじゃなくこちらを使っていたよ」と語った/(C)hiroyukimac
[千葉] 石原氏の言うように「ITが活版印刷の派生」とすれば、インターネットの紙であるPDFが活版印刷の紙に対して同質に語られるところに来るのはいつ頃なのでしょうか? PDFが活版印刷以上の価値を持ち得るにはどのぐらいの時間を必要とするのでしょうか?
[チゼン氏]

それについての明確な答えは、今から3年後ぐらいに答えられるようになると思います。その最も大きな決定打のひとつは、世界中の政府がどこまでPDFを一般市民とコミュニケーションを取る媒体として広く採用するかにかかっています。我々は広く採用されると考えていますが、そうなれば永遠とは言えませんが、PDFは長期にわたって本当に普遍的なものとなっていくと思います。3年後にもう一回きいてみてください(笑)。

紙はいくつかの重要な役目を果たしていると思います。携帯性に優れ、読みやすく、廉価で、信頼性が高い。ある時点で紙がいらなくなく技術が登場するとも思います。液晶なのかモニターなのかわかりませんが、その時にはそれに変わる媒体が紙の特性を持っていないといけないでしょう。いずれにせよ、そのころは私は引退しているか、この世にいないかもしれない(笑)。そういう意味ではあまり意味のないことかもしれません。それよりも私は紙よりも早くフィルムがなくなると思います。

●アドビはなにを成すのか?

[千葉] アドビシステムズの名前が映画のタイトルロールで見かけることが多くなっており、昨今のSFXを駆使したさまざまなエンタテイメント作品で御社の名前を見かけることは珍しくありません。将来的にそうしたエンタテイメント作品の制作に参加するようなお考えはあるのでしょうか?
[チゼン氏] そういう将来像は描いていません。私どもはあくまでそうしたコンテンツを作る製品やサービスを提供するものであって、コンテンツ・プロバイダになるつもりはありません。
[千葉] eBookの分野でバーンズ&ノーブルズのように、コンテンツ・プロバイダとの協業を果たされていますが。それと同様のことはあり得ますか?
[チゼン氏] バーンズ&ノーブルズについて、基本的には技術的なサポートです。映画製作に対してもサポートをすることは考えられますが、その場合もあくまで技術的なサポートになると思います。それは自分たちが何を得意としているかよくわかっているし、そういう方向性に自信があるからです。
[千葉] 以前、御社会長のジョン・ワーノック博士にインタビューさせていただいた際に「Acrobatは今後どのようになっていくのか」を伺いました。その際、博士は「3年先どころか半年先のことも誰にもわからない」という主旨のことをおっしゃっていました。本日もあえて御社の将来像についてお聴きしたいと思います。
[チゼン氏]

アドビは来年で設立20年目を迎えます。私の一番の望みはアドビの本質がいままで通りである続けるということです。私たちは人々のコミュニケーションするプロセスの手伝いをする立場にあると思います。私たちのそうした本質はずっと守ってきたのですが、むしろ環境が非常に劇的に変化してきました。まずは、レーザープリンターとGUIを持ったパソコンによる変革があり、次のウェブがあり、さらに携帯電話やゲーム端末やPDAといった多種多様なプラットフォームが出るなどして、周りがすごく変化しています。

周りが変化してもアドビがコミュニケーションを効果的に行なうためのお手伝いをしていくことに変わりはありません。将来に向けても、どこを見てもアドビがある、そういう世界であってほしいし、そうなれば私は自分の仕事をきちんとやったことになると思います。

                     ★★★

大変、控えめではあるが、あくまで裏方に徹し、PDFなどの他にはない“技術”を浸透させることを第一義に考えていることがよく理解できた。この方向性を失わない限り、アドビのDNAはますます着実に社会に浸透していくことになるだろう。

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