東京・五反田の日本デザインセンターで5日、TRON OSに関するイベント、第17回トロンプロジェクトシンポジウム(主催:(社)トロン協会、TRONイネーブルウェア研究会)“TRON SHOW 2001”が始まった。会期は7日まで。また9日にはゲートシティ大崎に会場を移して“TEPS 2001”(※1)が開催される予定。
※1 TEPS 2001(TRON Electronic Prosthetics Symposium)。TRONを使った、健常者、障害者を問わず、誰でもが使える電子機器やコンピューターの実現を目指すシンポジウム。初日の基調講演で実行委員長の坂村健氏は「今やTRONは世界でもっとも使われている組み込みOS」と切り出した。以下発言の要旨を挙げる。
TRONプロジェクト実行委員長の坂村健東京大学教授 |
TRONはもっとも使われている組み込みOS
「10年前に始めたこのシンポジウムも、とうとう20世紀最後の年を迎えた。途中、消えてしまうのではないかという時期もあったが、最後の方で逆転できたという気がする。TRONはThe Real-time Operating-system Nucleusと、名前にリアルタイムとはいっているように、リアルタイムOSとしての特徴を備えている。携帯電話(※2)やネットワークプリンター、ルーター、自動車の制御(※3)など、組込用OSとしてTRONはどんどん普及が進んでいる。ロイヤリティーを取らない完全オープンアーキテクチャーなので、金額ベースだと弱いが、数ベースではWindowsパソコンの出荷台数を遙かに超える量が出ている。Linuxのディストリビューターで知られるredhat社も『eCos』という名前でほとんどμITRONをそのまま売っている」
※2 NTTドコモ製の携帯電話のほとんどにITRONが利用されているとしており、1億台以上が生産されたという。また、Java搭載携帯電話では、ドコモ以外の携帯電話でも利用されているという。具体的なメーカー名は三菱電機(株)のNTTドコモ端末以外は明らかにされていない。※3 トヨタ自動車は、車載用マイコンのOSとしてμITRONを利用している。高級車では1台当たり50個ものプロセッサーが搭載されているという。
「どうしてTRONが注目され始めたか。これはPCから非PCへとう大きな流れが起きているから。インテルやPCメーカーは軒並み売り上げを下方修正し、感謝祭休日でも店先のPCは見向きもされない。PCはそろそろ終わりなのではないかという動きが数字の上でも見られる。では日本ではどうか。この4~9月期は過去最高の563万台のPCが出荷されたが、そのプッシュされた機能は、DVD、テレビが見られる、テレビ録画ができるなど、PCの家電化が起こっている。またインターネット接続可能な携帯電話はこの半年で1100万台から2200万台へ倍増とPCの売れ行きを大きく上回っている」
「ただ、TRONの数が出たからといって、我々はすべてのOSをTRONにしようだとか、数が出るように努力したというわけではない。これはTRONのオープンアーキテクチャーで、ロイヤリティーフリー、乱暴にいえば何でもありという方針がやっと世の中に受け入れられたためだ。TRONが認められたということで見るならばもちろんうれしい」
“eTRON”アーキテクチャー
「今はどこでもコンピューター(Ubiquitous Computer)の1つの形として、“eTRON(イートロン)”というアーキテクチャーの研究にもっとも力を入れている。これは、1枚のカードの中にコンピューターと不揮発性メモリーを入れ、電源は外から電波として送る。返事はその反射電波に載せて返すようなシステムを考えている。今は1つ1000円くらいかかるが、100円くらいでできるとみている。応用としては、燃やすと毒ガスが出るような素材のものにこのチップを付けて、焼却炉に運ばれる際に、自分で“燃やすと危険”というようなメッセージを送れるようにするとか、橋の何ヵ所にも埋め込んでおいて、センサーの数値から、橋が危なくなると警告を発するなど、いくらでも考えられる。もちろん、電子チケットとして使うとか、このカードにパーソナルな情報、例えば好みの温度などを持たせて、部屋を移動しても常にその人の好みの温度にエアコンが調整されるというようなことも可能」
「ただ、その際にパーソナルな情報がネットワークを流れるわけで、それが悪用されないようにする仕組みを構築する必要がある。こうしたことはあらかじめ予想しておくべきことで、セキュアーなシステムを作り上げることが非常に重要だと考えている」
焼却炉との通信により、警告を発するシステム |
eTRONの概念 |
「eTRONというのは、汎用的な電子的実体(entity:エンティティー)を、ネットワークと通じて光速で移動でき、かつ紙の持つ書き込みは自由だが書き直すと跡が残るとか、手書きや印影は物理的な複製(コピーレベルでない)ができないとかといった、特徴を持たせたシステムにしたい。基本コンセプトは専用のハードウェアモジュールを基本パーツとして採用し、ネットワークは既存の多様なネットワークをすべてサポートするというもの。流通インフラシステムもあわせてデザインするつもり」
eTRONハードウェアの概念図 |
電子書籍に期待
「eBookなどの電子書籍には、TRONプロジェクトは最大の興味を持ってみている。もちろん、多文字の表示が可能なためもあるが、著作権を守る仕組みについても研究中であるため。NapsterやGnutellaなどの複製のためのシステムが開発され、著作権を持つ側はコピーできないようにしようとしているが、私はこれはおかしいと考える。電子データはコピーできることがメリットの1つであって、簡単にコピーできるようにすべき。ただ、そのコピーする際に、かならずお金を権利者に支払う仕組みを作ることが重要。現在、コンテンツのセキュアーな配信や、文章単位、文字単位でも課金できるきめ細かな課金の仕組みについても研究中だ」
TRONプロジェクトにより電子化され、インデックスが付けられた、日本の漢和辞典の祖とされる『康煕字典』 |
TRONは究極のオープンシステム
「LinuxやGNUがオープンシステムの代表のように取り上げられているが、Linuxにしてもソースコードは公開されているが、オリジナルのソースコードは1つしかない。TRONでは、OSの仕様書そのものが公開されており、だれでもそれを元にしてOSをインプリメントできる。つまりだれでも自分の好きなOSが作れ、それはすべてTRONということになる。インプリメントまで自由にしたOSはTRONが唯一のものだ。ロイヤリティーフリーのためにトロン協会としてはちっとも儲からないのだが」
講演の終わりに示された、TRONの今後の方向性“軽くて経済的で安定していて安全。ちなみにプレゼンテーション画面の背景にある“卓龍”はトロンの中国語による当て字 |
坂村氏の講演は当初の予定時間を過ぎても続き、氏のTRONにかける熱意が感じられるものとなった。続いて、招待講演として韓国TRON協会会長(元韓国経済新聞社長)の朴勇正(パクヨンジュン)氏が“韓国のITの現状”というテーマで講演した。残念ながら韓国でのTRON OSの状況についてはいっさい触れられなかったが、韓国では'99年に経済が回復したことや、インターネットブームによりADSLやケーブルモデムの需要が大きく増加し、高速インターネットサービスの加入者が'99年に約55万人、2000年には約300万人に達すると予想されることなどが報告された。
トロン協会によると、韓国TRON協会は8月に設立されたものの、実績はなく、まだこれからという状況。これに対して、米国では、2001年4月の設立を目指し、米国TRON協会設立準備委員会が活動中。米国では前述のように、redhatがμITRONをeCosという名前で販売を開始したほか、米Accelerate Technology社(ATI)が『NucleusμiPLUS』という名前で販売するなど、実績も上がっているとしている。
かつて、米国の政治的圧力下で苦汁をなめさせられたTRONだが、オープンアーキテクチャーと非PCの流れに乗って普及が進んでいる。オープンアーキテクチャーという考えが受け入れられた今、再び圧力がかかることもあるまいが、このような状況がくることを一番予想していなかったのはかつての米国政府かもしれない。
韓国TRON協会会長の朴勇正(パクヨンジュン)氏 |
会場に展示されていた『康煕字典』(清の康煕帝が編纂させた全42巻の字典。1716年に成立) |
会場でデモンストレーションされていた、eTRONのハードウェアを内蔵したカード。カードのデザインは坂村氏自身によるもの |
eTRONカードは非常に薄く0.5mm程度しかない。中身を取り出そうとすると、解析されないように壊れるよう設計されているという |
裏側にはTRONのマークと、“Designed by Ken Sakamura”の文字が |