2026年3月にバルセロナで開催された世界最大の通信関連イベント、MWC Barcelona 2026のボーダフォンブースは、壁際に古い時代から最新モデルまで、多数の携帯電話やスマートフォンが展示されていました。日本の海外向けモデルなど珍しい製品も多く展示されていたのです。
これは来場者に「自分が初めて持った携帯」を思い出させることで感情的なつながりを作り、その流れで現在のAIネットワークや衛星通信など、最新の取り組みに興味を向けてもらうという「導線コンテンツ」。携帯電話の歴史展ともいえるこの展示の中から、iPhone以前の珍しい製品を紹介します。
世界初の商用携帯からスマートフォンの元祖まで
まずはモトローラの「DynaTAC 8000X」。1984年に発売された、世界初の商用携帯電話です。通信方式はアナログ(AMPS)でヨーロッパでは販売されませんでした。CONTELと名前が入っていますが、これはアメリカのキャリアです。展示機は古いものなのかアンテナが欠損していますが、この縦長のボディーの上には黒いアンテナが直立していました。
一方、ボーダフォンの初期の携帯電話はショルダーフォンでした。この「eb2607」は自社ブランドの製品で、ヨーロッパのアナログ方式(TACS)対応モデル。発売はDynaTAC 8000Xと同じ1980年代です。
NECの「P100」は日本製のアナログ端末(拡張TACS=ETACS方式)。1990年代初期にヨーロッパで展開された製品です。当時は日本でもアナログ方式の携帯電話サービスが始まっていましたが、このP100は日本モデルの海外展開ではなく、ヨーロッパ向けに開発されたもの。実は筆者も実物を見るのはこれが初めてでした。
モトローラの「StarTAC」は開いたときと閉じたときの両方の写真をお見せします。1996年に登場し、当時としては最小サイズ、コンパクトに折りたためるスタイリッシュな携帯電話として大ヒットしました。アナログ方式からヨーロッパのGSM方式、さらにCDMA版なども登場。日本でも複数キャリアから販売されました。
そしてノキアが1996年に発売した「Nokia 9000 Communicator」は、今でいえばスマートフォンに相当する携帯電話。スマートフォンの概念がない時代、ノキアはコミュニケーターという名前を付けました。
閉じた状態でもテンキーを備える携帯電話として使え、開けばQWERTYキーボードが現れます。ウェブブラウザーやメール、メモ帳、さらにFAXの送受信も可能。これ1台でビジネスが完結できました。ただし、通信速度は9600bpsと、今からは信じられないほど低速です。
ちなみに、筆者が今でも「史上最高のスマホ」として愛してやまない、ノキアの「E90」は、このNokia 9000の流れをくむ最後のコミュニケーターでした。
変わり種も紹介しましょう。1999年登場のエリクソンの「R290」は、GSM方式とグローバルスターの衛星通信に両対応した製品。ボディーは防水に対応します。本体上部がサメのひれのように飛び出ていますが、これは背面の回転式大型アンテナのヒンジをデザインよくまとめたもの。翌年にはGSMのみ対応として小型ボディーにした「R190」も登場しました。
スマートフォン黎明期のノキア王国を作り上げたのが、SymbianのS60(旧Series 60)OSでした。そのOSを初搭載したモデルが2001年発表のノキア「7650」。スライドボディーでテンキーも使えるハイブリッド仕様で、この製品の登場でノキアはほかのメーカーを引き離していきます。筆者もこの7650にハマり、その後はノキアのスマートフォンを次々と買い替えていったのでした。
世界を驚かせた日本の技術と
ファッション化するケータイ
2000年代の日本は「iモード全盛期」であり、携帯電話の機能・性能も海外製品を大きく超えていました。そんな日本の端末をボーダフォンはいち早く取り込み、モバイルインターネット「Vodafone live!」対応機としてシャープの「GX10」をヨーロッパで発売します。
コンパクトな折りたたみボディーに当時としては高性能カメラを搭載したGX10は、日本製携帯電話を知らなかった海外ユーザーにショックを与えたと言います。
同時期の海外製カラー液晶携帯電話の最新スタイルといえば、ソニー・エリクソンの「T68i」が代表モデルと言えます。画面は101x80ドットの256色、カメラは外付け式。シャープGX10が160x120ドット、6500色で内蔵カメラもありましたから、やはり日本の「ケータイ」技術は当時世界をリードしていたのです。
2004年に登場したモトローラの「RAZR V3」は、アルミ製薄型折りたたみボディーで大人気に。ベッカムを広告に使い、アメリカではパリス・ヒルトンがピンクモデルを使ったこともあって、ファッション製品としても注目を集めました。
あまりにも売れまくった結果、モトローラはRAZRの後継機や派生モデルを増やしてしまい、スマートフォンへの移行に出遅れてしまいました。近年販売されている折りたたみスマホ「razr」シリーズは、このRAZR V3が元祖なのです。
ノキアがイケイケ時代のスマートフォン「N93」は、二重ヒンジ構造を持ち、折りたたみできる画面は横向きに回転させても使えるスイベル式デザイン。ヒンジ部分が太いのは、当時としては高倍率な光学3倍の望遠カメラを搭載したから。これはカールツァイスと協業しています。
当時のノキアはマルチメディアモデルの「Nシリーズ」、ビジネス向け「Eシリーズ」、マス市場向けの数字4桁シリーズと、毎月のように新製品を出していました。その翌年に世界を変えるアップルの「iPhone」が誕生するなど、夢にも思わない時代だったのです。
iPhone誕生の衝撃と
ノキア帝国の終焉
2007年のiPhoneの登場、続けてグーグルがAndroid端末を投入後は、ほかのOSを搭載したスマートフォンは一気に劣勢に立たされます。ノキアは打開策としてインターネットデバイスとして展開していたMeeGo OSをスマートフォンに搭載した「N900」を2009年に発売。
しかし、感圧式タッチパネルという操作性の悪さ、アプリを含むエコシステムも未熟であり、結果としてMeeGoへの移行は失敗。翌年ノキア+インテルの提携を図るも、1年後にはマイクロソフトとの連携に鞍替え。Windows Phoneに注力するも結局は破れ、最終的にスマートフォン市場から撤退してしまいました。
こうして過去を振り返ると、iPhone以前にもさまざまな「名機」が登場していたことがわかります。ボーダフォンの展示ではiPhoneを含む最近のスマートフォンまでも展示されていましたが、そちらは知っている方が多いでしょうから、今回の紹介はここまでとします。
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