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ノキア日本撤退を振り返る

2010年03月25日 09時00分更新

文● Ling-mu、山根康宏、写真●霜田憲一、山根康宏、編集協力●ACCN

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Nokiaが日本市場に向けて投入した全端末

この記事は週刊アスキー掲載用に作成された記事をウェブ用に加筆修正したものです。週アスPLUSでも同一の内容が掲載される予定ですので、合わせてお読みください。


ノキアが日本の開発部門を大幅縮小した真相とは?

Vodafone 702NK。国内でオペレーターを介した本格的な販売が始まった最初の端末。

 世界最大の携帯電話製造業者であるノキアは、2009年11月24日に日本にある研究開発部門を大幅に縮小するという発表を行なった(関連サイト)。世界的なR&D部門再編の一環で、削減の対象はS60ベースの端末を開発していた部門のようだ。

 削減規模は220人、世界レベルで見れば1パーセントの人員削減となる。2008年11月27日には、日本における端末販売から撤退するという発表があり、こちらはさまざまなニュースで取り上げられたので覚えている人も多いだろう。今回の開発部門の縮小に関するニュースは、さほどインパクトがなかったのか、各メディアの扱いも小さいものだった。

 ノキア・ジャパンの開発部門大幅縮小は、全世界で販売する端末を日本で開発することの意味を問い直した結果だろう。日本での販売撤退以来、常に端末開発部門の縮小は議論になっていたと聞く。加えて、ここ数年来のユーロ安円高という為替状況から、日本での開発コスト(人件費)が上昇したということも影響したかもしれない。一連の研究開発部門の再編等の成果なのか、先日ノキアが発表した4Qの業績は回復している(関連サイト)。

 ノキアの開発部門はヨーロッパを中心に北米、中国、日本、インドと世界中に分散しいる。中でも端末のハードウェアを含めて開発を行なえる場所は限られていて、日本はそのひとつだった。日本の端末開発チームはノキア内でも優秀な開発チームだったようで、直近では『Nokia N97』および『Nokia N97 mini』の開発に中心となって携わっていた。

ノキアのリサーチセンター

 さかのぼれば日本で販売された最後の端末となった『Nokia N82』のグローバル版や、世界的なヒットとなりS60端末をメジャーにした『Nokia 6600』の開発も日本のチームが中心となっていたという。しかし、ノキアが優秀な開発チームを閉鎖する決断をすることになった理由は、コスト削減だけなのだろうか?

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