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科学技術振興機構の広報誌「JSTnews」 第84回

【JSTnews4月号掲載】特集2

合成ゴムが及ばない天然ゴムの高性能のメカニズムを、現象発見から100年後に解明

2026年04月09日 12時00分更新

文● 島田祥輔 写真● 松井ヒロシ

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 輪ゴムやタイヤのように、私たちの生活の身近なところにあるゴム製品。天然ゴムは合成ゴムよりも耐久性に優れることが知られているが、その分子レベルでの仕組みは長年明らかになっていなかった。京都大学大学院工学研究科の浦山健治教授は、天然ゴムを構成する鎖状高分子の末端の官能基が形成する集合体が「自己補強効果」を促進することを解明。この特徴を応用した材料設計の指針を打ち出すことで、より耐久性や耐熱性に優れた合成ゴム製品の開発を目指している。

「液体」の生ゴムが加硫で一変
耐久性と柔軟性を生む架橋反応

 天然ゴムの歴史は紀元前までさかのぼり、紀元前1500年頃の中米のオルメカ文明やマヤ文明ではゴムでできたボールを蹴る球技があったという。15世紀には、南米を訪れたコロンブスが弾むゴム球を見て驚き、欧州に紹介したとされている。しかし当時のゴムには、強い力をかけると元の形に戻らないという弱点があった。

 ゴムの歴史が一変するのは1800年代半ば。米国の発明家チャールズ・グッドイヤーは、ゴムノキから採取した生ゴムに硫黄を加えて加熱(加硫)すると、耐久性・耐熱性・弾力性が大きく向上することを発見した。これを機に実用化が進み、ゴム製のタイヤなどが広く普及した。

 天然ゴムを構成するのは、イソプレンという分子が鎖状につながった「ポリイソプレン」という高分子だ。ゴムのような柔らかい材料「高分子ソフトマテリアル」の性質の研究を専門とする京都大学の浦山健治教授は「生ゴムは無数のポリイソプレン分子が絡み合いながら自由に動いている状態であり、その意味では『液体』といえます」と、その意外な性質を説明する。

 弾力はあるものの、本質的には液体に近い状態である生ゴムは、大きく伸ばすと元の形に戻らない。だが、グッドイヤーが発明した加硫によって、高分子鎖同士が部分的に結びつき、3次元の網目構造が形成される。この「架橋」によって、伸ばしても元の形に戻る回復性を持つ「固体」としての性質が加わる(図1)。こうした「液体」と「固体」の二面性を利用して耐久性や弾力性を実現しているのが、現在のゴム製品だ。

 架橋された天然ゴムの大きな特徴の1つに、独特の硬さがある。ゴムを引き伸ばすと、最初は容易に伸びるが、ある程度を超えると急に硬く感じられる。実はこの時、分子鎖の一部が規則正しく並ぶ「結晶化」が起こり、柔らかい網目構造の中に硬い結晶部が生まれている。結晶化とそれに伴う硬化は、引き伸ばすほど進行し、天然ゴム特有の強靱(きょうじん)性を生み出している(図2)

 ゴムを伸ばした時に結晶化する現象は「ひずみ誘起結晶化(Strain Induced Crystallization(ストレイン・インデュースト・クリスタリゼーション):SIC)」と呼ばれ、1925年に発見された。SICによってゴム自体がさらに硬くなる自己補強効果がもたらされ、ちぎれてバラバラになる破断現象が起こりにくくなる。ゴム製品の持つ強靱性は、SICによる自己補強効果で実現しているのだ。

図1 生ゴムに硫黄を加えて加熱すると、高分子鎖の一部が結合して立体的な網目構造になり、この反応を架橋と呼ぶ。架橋によってゴム独特の弾力性と柔軟性が生まれる。

図2 力を加えていないゴムは無数の鎖状高分子が無秩序に配置されている「アモルファス」と呼ばれる状態である(左)。一定以上の負荷をかけると右のオレンジ色部分のように分子鎖の一部が規則正しく並ぶ「ひずみ誘起結晶化(SIC)」が起こって硬化する。負荷が増加するほどSICと硬化は進行する。

天然と合成でSIC性能に違い
シス体率を高めても変わらず

 ゴムには大きく分けて、植物が生産する樹液を原料とする天然由来のゴムと、石油から化学合成して作られる合成ゴムがある。パラゴムノキ由来の天然ゴムとほぼ同じ化学構造を持つポリイソプレンゴムは、合成ゴムの一種として広く普及しているが、SICの性能や強靭性は天然ゴムの方が高い。そのため、大きな負荷がかかり高い信頼性が求められる航空機や重機のタイヤなどでは、今でも天然ゴムが多く使用されている。

 では、なぜ天然ゴムは合成ポリイソプレンゴムよりSIC性能が高いのだろうか。かつてはその理由が、ポリイソプレンの分子構造の違いにあると考えられていた。ポリイソプレンには、化学式は同じでも立体構造の異なるトランス体とシス体が存在する。トランス体は分子が自然状態でもそろいやすく、引き伸ばすなどの負荷をかけずとも結晶化して固まりやすいため、柔軟性に欠ける。一方、シス体は自然状態では結晶化しにくく、引き伸ばすことで初めて結晶化する。この状態変化こそが、シス体100パーセントのポリイソプレンから成る天然ゴムの柔軟性と強靭性の源であると考えられてきた。

 一方で、人工的に合成されるポリイソプレンにはトランス体が混ざっている。浦山さんは「私が大学生の頃は、合成ポリイソプレンゴムは、たとえ微量であってもトランス体がシス体の結晶化を妨げるため、シス体の構成率が100パーセントに達しない限りSIC性能は天然ゴムには及ばないと講義で教わりました」と振り返る。

 ところが近年、合成ゴムのシス体の構成率を高めても天然ゴムのSIC性能には及ばないことが明らかになってきた。理論上はシス体の構成率が97パーセント以上であれば天然ゴムと同等の結晶化が生じると予想されるが、実際には99パーセントを超えてもなお埋めがたい差が残る。すなわち、天然ゴムの高いSIC性能は、シス体の構成率だけでは説明できないのである。天然ゴムに含まれるたんぱく質や脂質などの非ゴム成分の影響を指摘する説もあったが、決定的な要因は長らく明らかにされてこなかった。

末端変性による会合体形成が鍵
最適化条件を探り、性能向上へ

 浦山さんはソフトマテリアルの研究を専門としているが、天然ゴムのSICの研究はあえて避けていたという。「すでに多くの研究がなされていましたが、当時の私には現象があまりにも複雑に思え、機構を解明するための手がかりが見えていませんでした」と振り返る。

 研究に取り組む転機となったのは、東京大学の伊藤耕三特別教授が主導した内閣府の革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)「超薄膜化・強靱化『しなやかなタフポリマー』の実現」での共同研究中に、ブリヂストンの角田克彦首席研究主幹から見せられたある実験データだった。天然ゴムの精製過程で廃棄される「セラム」という成分を乾燥させ、天然ゴムに再添加すると強度が増し、より高温にも耐えられるようになるという。しかし、合成イソプレンゴムに乾燥セラムを加えても、同様の効果は現れないというのだ。

 ここに天然ゴムと合成ゴムの強度差の本質があるのではないかと考えた浦山さんは、JSTのCRESTへ応募。採択後に詳しく調べた結果、乾燥セラムに含まれる「ケブラキトール」という分子が重要な役割を果たしていることがわかった。ケブラキトールはヒドロキシ基を多く持っており、天然ゴム中のポリイソプレンとの相互作用がゴムの強度に関わっている可能性が考えられた。

 ちょうどその頃、天然ゴム中のポリイソプレンの末端構造が詳細に解析され、片側の末端にヒドロキシ基またはエステル基が存在することが報告された(図3)。こうした官能基は、合成ポリイソプレンの末端にはない。浦山さんは、これらの末端基の動的な分子間相互作用が天然ゴムの高いSIC性能を支えているのではないかと考えた。CRESTの共同研究者である京都大学大学院工学研究科の谷口貴志准教授による計算機シミュレーションの結果、末端基同士が集まって「会合体」を形成し、熱的に安定な網目状構造を作ることが明らかになった。

 さらに、片末端だけでなく両末端に同様の官能基を導入した合成イソプレンゴムを新たに作製したところ、なんと天然ゴムを上回るSIC性能と強度を示すことが明らかになった。SIC性能の高さの鍵は、ポリイソプレン末端の官能基による会合体にあったのだ。ケブラキトールや、天然ゴム中に存在するたんぱく質・脂質などの非ゴム成分もSIC性能の向上に寄与するが、その役割は、変性末端が形成する会合体を促進・安定化させる副次的な効果として説明できる。浦山さんは「1925年にSICが発見されてからちょうど100年後に、その機構を明らかにできました」と感慨深げに語る。

 「末端変性の反応制御は容易ではないため、すぐに実用化できるわけではありません。また、会合力が重要なのは確かですが、単に強ければ良いというわけではないことが実験と計算機シミュレーションの両面から明らかになっています」と話し、今後は最適な会合条件を探ることが課題だと指摘する。それでも今回の発見は、SIC起源によるゴム強度を高める新たな設計指針を示すものであり、さまざまなゴム製品の性能向上への貢献が期待される。

図3 ポリイソプレンの両末端はω末端とα末端と呼ばれている。天然ゴム中のポリイソプレンのα末端ではヒドロキシ基やエステル基の変性が起こっている。

直交する力では結晶化を抑制
従来理論の見直し迫る結果も

 浦山さんの研究室では、縦軸と横軸の二方向に素材を独立して引き伸ばす二軸伸長測定装置を自作し、一方向の測定では得られない多様な力学データを取得できる体制も整えている(図4)。現実のゴム製品は複雑な形状をしており、多方向から引っ張ったり押し込んだりして複雑な変形を受けるからだ。

 ただし、SICを詳しく解析するには試料を大きく引き伸ばす必要があるが、この二軸伸長測定装置ではその点で十分とはいえないことがわかった。そこで浦山さんが考案したのが、小さな孔(あな)を開けた天然ゴムシートを汎用(はんよう)装置で一方向に引き伸ばし、孔の存在によって生じる複雑な変形を利用するというものだ(図5)

 具体的には、長さ175ミリメートル、幅20ミリメートルの幅広の天然ゴムシートに直径5ミリメートルの孔を開け、幅の方向に引っ張る。その際、画像解析によってひずみ分布を、サーモグラフィーによって発熱分布を同時に調べる。ひずみ分布解析からは各位置でどのような変形が起きているのかを読み取ることができる。すなわち、ある点では一方向の伸長、別の点ではある割合の二方向変形が生じていることがわかる。ゴムは結晶化する際に大きく発熱するため、発熱分布は結晶化の度合いを示す指標となる。

 この方法で試料中の多数の観測点を解析したところ、意外な事実が明らかになった。縦方向の引っ張りが同じ場合でも、横方向の引っ張りが大きくなるほど結晶化度は低下し、両方向の引っ張りが等しい時に最も結晶化が抑制されていたのだ。「この結果は、従来理論の予測とは逆です。SICを理解するには、変形の二軸性を取り入れた新たな理論が必要です」と浦山さんは熱く語る。

 「ソフトマテリアルの複雑変形の解析は私のライフワークの1つです。ひずみ分布や応力分布、さらには結晶化分布までを、多様な変形条件の下でここまで高精度に実験的評価できる研究室は、世界的に見ても他にないと思います」と自信を見せる。広く利用されているゴムだけでなく、人体を構成し生命現象を支えるゲル状物質などのソフトマテリアルには、いまだ解き明かされていない多くの謎が潜んでいる。今後も、浦山さんは多様な解析手法を駆使しながら、複雑変形下で現れるさまざまな物理現象の解明に挑み続ける。

図4 浦山さんの研究室で自作した二軸伸長測定装置。測定中は試料を水に浮かせることで、自重による変形の影響を無視できるように工夫されている。

図5 複雑変形で生じるSICの測定の例。小さな孔を開けた天然ゴムシートを一方向に引っ張り、画像解析(DIC)によりひずみ分布を、サーモグラフィーにより発熱分布を同時に測定する。孔の存在により、縦・横方向の真ひずみ比が場所ごとに異なる多様な二軸変形状態が生じる。その結果、ひずみの組み合わせに応じて結晶化度(SIC)の分布も不均一になる。この研究では変形状態の異なる55の観測点についてSICを解析した。

やってみたいと思ったことや、不思議に感じたことは、ぜひ大切にしてください。たとえ周囲から突拍子もないと言われるアイデアでも、長く温め続けていれば、科学技術の進歩がそれを実現可能にする日が来るかもしれません。研究の種は、時代を超えて芽吹くことがあるのです。私が博士学位を取得した頃に思いついた研究テーマのいくつかは、当時は必要な実験技術や研究環境が整っておらず、実現は困難でした。しかし、それから約30年がたった今、合成や測定技術の進歩によって、当時は不可能だった研究が可能になっています。実際に、そのいくつかは現在、私の研究室で進行中の研究テーマにもなっています。

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