青い日記帳の推し丸アート 第70回

茶の湯は閉じられた世界じゃない! 国際的な往来から生まれた美意識をひもとく

文●中村剛士

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 丸の内で、日本のもてなしの美を器からたどる展覧会が始まります。静嘉堂@丸の内で開催される「美を味わう― 懐石のうつわと茶の湯」は、正式な茶会である茶事のなかで、抹茶の前に供される懐石に光を当てた企画です。懐石とは、続いて供される濃茶と薄茶をおいしく味わうために空腹を和らげ、心身を整える食事のこと。一品ずつ出来立ての料理が運ばれ、そのたびに器も替わるため、茶事では料理そのものだけでなく、どんな器をどう選ぶかが、もてなしの質を左右します。静嘉堂が懐石のうつわを中心に取り上げるのは、1992年の美術館開館以来初めてです。

 本展の軸になるのは、まずこの懐石の器の世界です。会場には、景徳鎮窯の《祥瑞松竹梅文袖形向付》や《祥瑞山水花鳥文瓢形徳利》をはじめ、《色絵丸文台鉢》、野々村仁清《白釉輪花透し鉢》、《呉州赤絵魁字文鉢》などが並びます。陶磁器、漆器、ガラスと素材も幅広く、日本の器だけでなく、中国やベトナム、オランダなど海外の器も交えて構成されることで、懐石が単なる食事の場ではなく、器の意匠、素材、産地まで含めて組み立てられた洗練の場だったことが見えてきます。

祥瑞山水花鳥文瓢形徳利

《祥瑞山水花鳥文瓢形徳利》 景徳鎮窯 明時代(17世紀前半)

色絵丸文台鉢

《色絵丸文台鉢》 有田 江戸時代(17世紀)

 なかでも注目したいのが向付です。向付は、懐石の最初に出される主菜または副菜を盛るための小鉢や皿で、季節感や亭主の意図を表現する重要な器です。しかも、懐石のあいだ客の前に置かれ続け、手に取り、顔に近づけて眺めることもできる特別な存在でもあります。食べるための器であると同時に、もっとも近い距離で美を味わうための器でもある。この展覧会では、その向付を幅広く見せることで、茶事において器がどれほど繊細なコミュニケーションの道具だったかを伝えています。

祥瑞松竹梅文袖形向付

《祥瑞松竹梅文袖形向付》 景徳鎮窯 明時代(17世紀前半)

 具体的な作品を見ると、その面白さはいっそうよく分かります。《阿蘭陀染付花鳥文向付》は、日本で「阿蘭陀」と呼ばれて珍重されたオランダ製の軟質陶器で、乳白色の肌に独特の青で描かれた花鳥文が印象的です。

阿蘭陀染付花鳥文向付

《阿蘭陀染付花鳥文向付》 デルフト窯 オランダ(17世紀)

 《織部角繋ぎ向付》では、器形、緑と白の対比、抽象的な文様が鮮やかで、桃山から江戸初期にかけての大胆な造形感覚が光ります。

織部角繋ぎ向付

《織部角繋ぎ向付》 美濃 桃山~江戸時代(17世紀前半)

 《赤絵雉牡丹文向付》も、見込みの染付と外側の花鳥図が響き合い、華やかな意匠を小さな器のなかに凝縮しています。日本、中国、朝鮮、オランダの向付が並ぶ展示からは、茶の湯の美意識が閉じた「和」の世界ではなく、異文化の器を柔軟に受け入れ、選び取り、自らの文脈のなかで磨き上げてきた営みだったことが伝わってきます。

赤絵雉牡丹文向付

《赤絵雉牡丹文向付》 景徳鎮窯 明時代(16~17世紀)

 この点は、丸の内という場所で見るからこそ、いっそう興味深く感じられます。静嘉堂@丸の内は、オフィスワーカーだけでなく、観光客や訪日客も多く行き交う都心の中心にあります。本展には英語タイトル「Where Beauty is Served: Kaiseki Vessels and Spirit of Tea Ceremony」も添えられており、海外からの来場者にも開かれた構えが明確です。日本文化を紹介する展示というと、均質な「和」のイメージに寄りがちですが、本展が示すのはむしろ逆で、日本の茶の湯がもともと国際的な往来のなかで育まれてきたという事実です。インバウンドの時代に、丸の内でこうした展覧会が開かれる意味は大きいはずです。海外の来街者にとっては日本文化の深さに触れる入口になり、日本の来場者にとっては、自国の美意識の成り立ちを見直す機会にもなるでしょう。

 懐石のうつわに宿る美意識をたどった先には、長次郎《黒楽茶碗 紙屋黒》や国宝《曜変天目(稲葉天目)》など、茶の湯の歴史を象徴する名品が控えています。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」で秀吉や秀長の時代に関心を持った人にとっても、利休や秀吉ゆかりの茶道具を実物で見られるのは大きな魅力です。器の取り合わせの妙から始まり、最後に茶の湯の名品、さらには国宝へと至る流れが、本展の見応えをいっそう深いものにしています。

黒楽茶碗 紙屋黒

長次郎(樂家初代) 《黒楽茶碗 紙屋黒》 桃山時代(16世紀後半)

曜変天目(稲葉天目)

国宝《曜変天目(稲葉天目)》 建窯 南宋時代(12~13世紀)

 食を整える器があり、その先に茶を味わう時間がある。本展の魅力は、その順序そのものを展示として体験させてくれるところにあります。懐石のうつわの豊かさを見て、向付の繊細な美意識に触れ、最後に利休や秀吉ゆかりの名品、そして曜変天目へと至る。丸の内で出会うには、じつに贅沢な流れです。日本文化をあらためて深く知りたい人にも、海外からのゲストを案内したい人にも、印象深い一展になりそうです。

美を味わう― 懐石のうつわと茶の湯

「美を味わう― 懐石のうつわと茶の湯」
会期:2026年4月7日(火)~6月14日(日) ※前後期で一部作品の展示替えあり
前期 2026年4月7日~5月6日(水・祝) 後期 5月8日(金)~6月14日(日)
会場:静嘉堂@丸の内(明治生命館 1 階)

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