謎のバンド「The Velvet Sundown」をめぐる騒動は続く
人気のバンド、楽曲もメンバーの写真も全部AIだった!? 「広報担当者」がメディアに暴露するも、その証言も“嘘”と判明し大騒動に
2025年07月04日 16時00分更新

The Velvet SundownのInstagramより。この写真も「メンバーの身長や姿勢が不自然なほど同じ」「左端のメンバーの靴が左右で微妙に違う」といった気になる点がいくつか……
実在する証拠がネット上で見つからない
2025年6月、Spotifyに突如として現れたバンド「The Velvet Sundown」。月間リスナー数が85万人を超えるほどの人気で(7月4日現在)、この増加ペースは活動実績のないバンドとしてはかなりの快挙でした。
しかし、彼らに対しては、楽曲のみならずメンバー写真も含めて、「生成AIで作成されたものではないか(メンバーは実在しないのではないか)」という疑惑が持たれていたのです。

The Velvet SundownはSpotify“認証済み”アーティスト
不審な点として、6月27日にInstagramが開設されたものの、それ以前のバンドの情報が(メンバー個人の活動履歴さえ)ネット上でまったく見つけられないこと、そのInstagramに投稿された写真にしても細部が不自然なこと(マイクのコードが切れている、機材の形がおかしいなど)が挙げられていました。
「広報担当者」がAI利用を明らかにした
そんな中、米ローリングストーン誌が7月2日(現地時間)、The Velvet Sundownの「広報担当者」の取材記事を掲載(Velvet Sundown 'Spokesperson' Now Says He’s a Hoaxer)。
広報担当者のアンドリュー・フレロン氏(Andrew Frelon、本名ではないとのこと)によれば、バンドのメンバーは実在しないそう。また、楽曲制作にAI生成プラットフォームのSuno(スノ)を使用したこと、自らを『アート詐欺(art hoax)』だと考えていることを明らかにしました。
フレロン氏は「これはマーケティングであり、トローリング(荒らし行為)です。以前は誰も私たちの活動など気にも留めなかったのに、突如としてローリングストーン誌から取材を受けるようになったのですから、『間違ってません?』という感じです」とコメント。
また、音楽ファンはAIツールを受け入れることを学ぶ必要があると述べ、AIツールへの恐怖は「過剰に煽られている」と批判しています。「音楽や文化は、人々が変わった実験を行うことで進歩してきました。それはうまくいくこともあれば、うまくいかないこともあります。そして、それこそが私たちが(大切にしている)精神なのです」(フレロン氏)。
一方で、Spotifyで集めた多くの月間リスナー数については、彼自身の活動によるものではないと主張。
The Velvet Sundownの楽曲は、匿名のキュレーターアカウントが作成した30以上ものプレイリストで確認されており、Spotifyがリスナーに対して生成する「Discover Weekly」にも登場しています。
そのため、「収益を稼ぐために、何者かがThe Velvet Sundownの楽曲を入れたプレイリストを大量に作成しているのではないか」という噂がありましたが、フレロン氏の主張はそれに応えたものだと思われます。
The Velvet Sundownは
音楽業界にAIツールが普及する時代の「象徴」か
楽曲生成AIの「Suno」は、どんなスタイルの曲を作りたいかを「Style Description(スタイル説明)」としてプロンプト指定することで、それに合った曲が生成されるというもの。
無料の「Free(フリー)」プランでも10曲生成できる毎日50クレジットが付与されます(商用利用は不可)。「Pro(プロ)」プランでは、月10ドル(およそ1500円)で2500クレジット(およそ500曲分)が付与されます。

Sunoで制作した楽曲の中には、何十万再生されるものも
6月には作成した音楽を構成する要素(ステム)に分けてデータを生成してくれる「Extract Stems(ステム抽出)」機能も追加。DTMソフトなどに読み込むことで、より細かい調整をすることも可能になりました。
Sunoの例のように、音楽生成AIの進歩は目覚ましく、知識や技術を持ち合わせていない人でもあっという間に楽曲を作成できます。また、実績のあるミュージシャンが作業にAIツールを取り入れる例も出てきています(参考記事:「楽曲生成AIの進化が凄い 鼻歌からプロ級の曲がポンポンできる」)。
一方で、著作権問題はもちろんのこと、AIを使った「騙り」行為が出てくることも気になる点です。
フレロン氏はThe Velvet Sundownの活動を「トローリング」(インターネットスラングでは「荒らし行為」や「煽り行為」を意味します)と表現していました。AIで作った「アーティスト」を実在する人間のように見せかけたり、あるいは他人の名前を騙ったフェイクの作品が粗製乱造されたりするリスクも、今後の課題となってくるでしょう。
……という流れで記事を締めたいところですが、The Velvet Sundownをめぐって、事態はさらに思わぬ展開を迎えることになります。
フレロン氏が広報担当者なのは真っ赤な嘘だった!?
米ローリング・ストーン誌は7月3日(現地時間)、先述の記事に、フレロン氏がMedium(日本の「note」に似たプラットフォーム)において「メディアを狙ったデマを流した」と述べていることを追記しました。
フレロン氏がMediumに投稿した記事によれば、The Velvet Sundownの存在を知った彼は、この現象に興味を持ち、「The Velvet Sundownの偽のXアカウントを作り、そこからさまざまなメディアを非難することで、連絡が来るように仕向けていた」とのこと(I am Andrew Frelon, the guy running the fake Velvet Sundown Twitter | by Andrew Frelon | Jul, 2025 | Medium)。
そして、彼の狙い通りにコンタクトを取ってきたメディアに対し、「広報担当者」をよそおって虚偽の情報を伝えたのだそうです。この投稿を信じるのであれば、フレロン氏が語ったことはまったくの嘘であり、それを米ローリング・ストーン誌はそのまま掲載してしまったことになります。

フレロン氏が作ったと主張する偽のXアカウント(@Velvet_Sundown)。ちなみにバンドの公式SpotifyページからアクセスできるXアカウントは「@tvs_music」
記事が掲載されたのが7月2日で、フレロン氏がMediumに投稿したのが7月3日。わずか1日で、バンドの正体に関する暴露が“嘘”だと種明かしされたのです。
フレロン氏は、自身の発言によってメディアが誤った情報を信じたことに対して、「ジャーナリストの大多数が利用している検証プロセスに、多数の大きな欠陥があることを示唆しています」とコメント。
さらに、「ジャーナリストたちが最初に記事を発表しようと競い合っている熱気の中で、事実確認や検証に関するベストプラクティスを無視する人が多くいるようです。彼らはまた、厳しい締め切りに間に合わせるのに不都合となるかもしれない倫理規定の側面も無視するでしょう」とジャーナリストやメディアの姿勢を糾弾しています。

Mediumのフレロン氏の記事。生成AIで作ったと思しき画像には「Will the “real” Velvet Sundown please stand up?(“本物”のThe Velvet Sundownは誰だろうね?)」という挑発的なキャプション
一方、The Velvet Sundownの公式Spotifyページ上では、フレロン氏がバンドとは無関係であることが明記されました。
また、米ローリング・ストーン誌の追記によると、バンドのXアカウント(フレロン氏が作成した@Velvet_Sundownではなく、Spotifyからアクセスできる@tvs_musicというアカウント)から、フレロン氏の情報を否認し、記事の修正を求めるメッセージが届いたとのことです。

バンドの公式Spotifyページは「私たちはこの人物(フレロン氏)と一切関係がなく、その身元や実在を確認できる証拠もありません」と主張
……ということで、The Velvet Sundownの“生成AI疑惑”は振り出しに戻ってしまいました。それどころか、このバンドの素性を暴こうとしたメディアが、騒動に目をつけたフレロン氏に一杯食わされるという事態にまでなってしまったのです。
The Velvet Sundownをめぐる一連の騒動は、音楽業界にAIツールが進出し始めている時代の一つの「象徴」といえるかもしれません。彼らの正体は、いつ明らかになるのでしょうか……。
