エリアLOVEWalker総編集長・玉置泰紀のまち散歩 第28回

一軒家を“赤い糸”で埋め尽くす驚きのアート作品 世界的な作家の塩田千春が「瀬戸内国際芸術祭」で表現する土地の“記憶”

文●玉置泰紀(一般社団法人メタ観光推進機構理事)

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 国内外から70〜100万人を超えるファンを集める超人気芸術祭「瀬戸内国際芸術祭2025」春会期が2025年4月18日、開幕した(〜5月25日。夏会期、秋会期がある)。4月15日と4月16日にはプレスプレビューが開催され、同芸術祭が推しの筆者も現地に駆けつけた。

 現地リポート第3弾では、香川県小豆郡土庄町の豊島の一軒家に素麺の製造機3台を設置して、赤い糸で空間とともに編み込んだ、世界的な作家である塩田千春の作品《線の記憶》を紹介する。

 筆者は2010年の第1回の瀬戸内国際芸術祭で、同じ、豊島の甲生地区の公民館を使って造られた塩田千春の作品《遠い記憶》を見たときの印象を強く覚えている。

 塩田千春は個人的に非常に惹かれる作家で、2019年、森美術館で開催された個展『魂がふるえる』はもちろん、奥能登国際芸術祭や大地の芸術祭など、全国で数多くの作品に接してきた。

 今回の作品は題名も「記憶」という言葉が共通し、2020年に老朽化のためにお別れ会も開かれた《遠い記憶》を思って紡がれているのは間違いない。土地の記憶、土地の声、土地の力を感じる作品だ。

 塩田は1972年、大阪府・岸和田市出身で、現在はベルリンに在住。生と死という人間の根源的な問題に向き合い、「生きることとは何か」「存在とは何か」を探求しつつ、その場所やものに宿る記憶といった不在の中の存在を糸で紡ぐ大規模なインスタレーションを中心に、立体、写真、映像など多様な手法を用いた作品を制作してきた。

 2015年には、第56回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展日本館代表に選ばれ、2019年、森美術館にて過去最大規模の個展『魂がふるえる』を開催。2024年には大阪中之島美術館で個展『塩田千春 つながる私(アイ)』が開催された。

 今回の作品《線の記憶》は、大きな一軒家に、豊島で使用されていた素麺の製造機3台を設置し、空間とともに赤い糸で編み込んでいる。 素麺の製造機は、豊島の人々が 「もういらないけれど捨てられない大切なもの」として作家に見せてくれたものを使用している。

 この作品は、豊島に受け継がれるさまざまな生活や土地の記憶を、人々の声や残されたものを通して糸で紡ぐことで未来へと残す。同じ土庄町の小豆島で素麺づくりが始まったのは今からおよそ400年前。日本の三大生産地の1つであり、この豊島でも素麺づくりは盛んだ。

赤い糸の中央にある素麺の製造機は記憶の源泉である

 2010年の第1回の瀬戸内国際芸術祭で塩田が発表した《遠い記憶》は、廃屋から集めたおよそ600枚の古い木製窓を使用し、旧公民館の建物内にトンネル状の通路を構築し、窓や扉を組み合わせて鑑賞者が内部を歩ける空間を創り出すものだった。

 もちろん、筆者も潜った。窓一枚一枚には、かつて豊島の住民が暮らしていた家々の記憶や風景が宿っており、島の歴史や産業廃棄物問題を背景に、地域の「遠い記憶」を表現していた。

 かつて公民館で行われた映画上映や結婚披露宴などの「遠い記憶」を呼び起こし、訪れた人々に感動を与える作品だった。実際、地元住民に愛され、結婚式やイベントの場としても使われた。2020年2月23日には、撤去前のお別れ会が住民やこえび隊と共に開催され、作品の10年間の役割を振り返った。

一軒家の一角では《遠い記憶》の映像が流されている

 豊島では、1970年代から1990年にかけて日本最大級の産業廃棄物不法投棄事件「豊島事件」が発生し、島の自然環境と住民の生活に深刻な被害をもたらした。

 そこから、長期にわたる復興努力が続けられてきた。2000年から公費による廃棄物撤去が開始され、廃棄物と汚染土壌は直島の中間処理施設で焼却・溶融処理され、2019年7月までに約91万3千トンの搬出が完了し、地下水浄化作業も2023年3月まで実施された。

 処理跡地の植生回復を目指し、岡山大学などと連携して豊島産のコバノミツバツツジの植樹や生態系調査を実施。住民や企業によるボランティア活動も活発化している。

 2010年の瀬戸内国際芸術祭を機に、豊島は「アートの島」として注目を集め、豊島美術館やアートイベントで観光客が増加し、人口減少(およそ760人)や風評被害からの回復が進み、いちご栽培など新たな農業も始まり、経済的復興も見られるようになった。

 豊島はかつて酪農が盛んで、乳牛を飼育する家庭が多く、ミルク生産が盛んだった。多くの農業生産が豊富だった豊島、産廃物に汚された豊島、そして、そこから復興し、風評被害も超えてきた豊島のさまざまな記憶が塩田の作品にこだましている。

一軒家から感じられる豊島の歴史と人の声、記憶

■施設概要

作家:
塩田千春

作品名:
《線の記憶》

場所:
豊島・甲生

開館時間:
9:30〜16:30

休業日:
詳細は、作品公開スケジュールを要確認
https://setouchi-artfest.jp/artworks-calendar/

展示会期:
春・夏・秋

料金:
500円

公式サイト:
https://setouchi-artfest.jp/artworks/detail/034b78d1-2634-4230-9530-aa6b9c227be9

■瀬戸内国際芸術祭概要

会期(計107日間):
春会期:2025年4月18日~5月25日(38日間)
夏会期:2025年8月1日~8月31日(31日間)
秋会期:2025年10月3日~11月9日(38日間)

会場(全17エリア):
全期間:直島、豊島、女木島、男木島、小豆島、大島、犬島、高松港周辺、宇野港周辺
春会期:瀬戸大橋エリア(坂出市:沙弥島、王越町、瀬居島)
夏会期:志度・津田エリア(さぬき市)、引田エリア(東かがわ市)
秋会期:本島、高見島、粟島、伊吹島、宇多津エリア
新規エリア:志度・津田、引田、宇多津。直島では「直島新美術館」(2025年5月31日開館予定)も会場に。

チケット・料金:
・全会期に使用可能なオールシーズンパスポート
*春・夏・秋の全会期で使用可能で、芸術祭の参加作品(施設)が各1回鑑賞できる(一部別途料金が必要な施設あり)。地中美術館や豊島美術館など一部の作品や施設等は、別途鑑賞料等が必要。パスポートではなく、各作品ごとで入場料を払って入ることも可能。春夏秋のシーズンごとのチケットは4,500円。

一般(19歳以上):5500円

ユース(16~18歳):2500円(要身分証)

15歳以下の鑑賞料:無料(一部施設、作品を除く)

公式サイト:
https://setouchi-artfest.jp/

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