しずかちゃんのお父さんの言葉も、もちろん良いけれども
ドラえもん「のび太の結婚前夜」 のび太たちが肩を組んで歌っているところで、自分は泣いてしまう
2024年12月31日 12時00分更新
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自分は「ドラえもんのいないのび太」だった
小さい頃、自分はいじめられっ子でした。
だから、「ドラえもん」で感情移入するキャラクターはのび太だったのです。スネ夫とジャイアンにいじめられて泣くところも、ひみつ道具で復讐しようとしてやり返す(そして、やりすぎる)ところも、「そうだよな、いじめられているもんな、くやしいよな」と頷いていたのです。
もっとも、現実にドラえもんはいません。だから自分は、ひみつ道具に頼ることも、「大長編ドラえもん」のような冒険に出ることもなかったのですが。
父と娘のドラマを一コマで描いてしまう
「のび太の結婚前夜」という、数あるエピソードの中でもひときわ有名な回があります(てんとう虫コミックスでは第25巻に収録)。
自分が将来しずかと結婚することを知っているのび太ですが、「しずかを出木杉に取られるのでは」と思い悩み、ドラえもんとタイムマシンで未来に行きます。しかしタイムマシンの操作を誤り、タイトルの通り、結婚式の当日ではなく「前夜」に到着してしまうというストーリー。
この回で、しずかの父が今までの思い出を語り、娘であるしずかに感謝を伝えながら「のび太くんを選んだきみの判断は正しかったと思うよ」「あの青年は、人のしあわせを願い、人の不幸を悲しむことのできる人だ」と話す場面は、感動的としか言いようがない。
また、しずかが生まれてからの思い出をたった一コマ(!)で振り返る描写もあるのですが、簡潔であるがゆえにその間の「父と娘のドラマ」を読者に想像させられるという点で、藤子・F・不二雄先生の“マンガ力”を感じずにはいられません。
しかし、筆者がもっと「泣ける」と感じるのは、のび太、スネ夫、ジャイアン、出木杉が昔の思い出を語らいながらどんちゃん騒ぎをする場面です。
リサイタルを忌避していた彼らが
ジャイアンと一緒に歌っている
そこで酔った4人は肩を組み(正確にはスネ夫が音頭を取り、のび太、出木杉、ジャイアンが肩を組んでいる)「のめや歌えや」と騒ぐのですが、もう、ここで胸がいっぱいになってしまう。
彼らが子どもの頃、スネ夫とジャイアンは「のび太のくせになまいきだぞ」と言うし、秀才の出木杉はこの3人とはあまり一緒に遊んでいる様子はありませんでした(たとえば野球に参加する回はあるのですが、そこでも出木杉は「助っ人」的存在でした)。
それなのに、大人になった4人は「われらの青春の思い出のために」と言いながら歌っているのです。
そう、「一緒に歌っている」という点も重要。小学生の頃、ジャイアンの同級生たちは彼の歌に辟易し、リサイタルを忌避していました。ところが、今では肩を組み、みんなで楽しそうに歌っている。遠慮もせず。嫌がることもなく。
父と娘の歩みをたった一コマで終わらせる藤子・F・不二雄先生らしく、彼らの宴会の描写は2ページ程度しかありません。
だけれども、その描写だけで、のび太たち4人は単なる同級生同士ではなく、大人になった今だからこそ肩を組んで騒げる親友になっているのだ……ということは、しっかりと伝わってくる。そして、その間にあったであろう彼らの関係性にあるドラマを、読者は想像する……。
我々の知らない友情の物語が
きっとあったのだろう
自分が、もし、小学生のときにこちらをいじめていた同級生と大人になって再会したとします。のび太のように振る舞えるかといえば……残念ながら、「イエス」とは言いにくい。
子どものいじめや「あいつとはグループが違う」というよそよそしさなどは、無邪気であるがゆえに残酷です。たいした理由もなく、人を傷つけてしまう。
いじめられていた側の自分だって、同級生にキツい言葉をかけたり、仲間はずれにしたりしたこともあった。悲しいことに、そういう記憶は、長い年月を経ても簡単に水に流せるようなものではないでしょう。
それを知っているからこそ、理解できる。のび太は、小学校時代からしずかとの結婚前夜まで、あの3人と本当に「青春の思い出」を作ってきたのだろうと。長い時間の中で、我々の知らない友情の物語がきっとあったのだろうと。
「ドラえもんのいないのび太」だった自分にとって、“いじめられっ子”に見えていたのび太は共感の対象でした。しかし、のび太は大人になり、自分をいじめていた相手を憎むことなく、自分の幸せを分かち合っている。
自分は大人になりましたが、スネ夫、ジャイアン、出木杉のような友人が何人いるのでしょうか? 「いじめた/いじめられた」という過去の関係性を引きずらずに、かつての同級生と肩を組んで、わだかまりなく接することができるでしょうか?
そんなことを考えながら「のび太の結婚前夜」を読み返すと、同級生の4人でバカ騒ぎするシーンの美しさ、温かさに、目頭が熱くなってしまうのです。
マンガとしての「ドラえもん」のすごさなど、もう語り尽くされているかもしれません。それでも、言わせてください。本当にすごい。子どもだった登場人物が大人になり、友達同士で楽しく飲んでいるだけなのに、こんなに泣けるのですから。
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ドラえもん(25) (てんとう虫コミックス) |
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