日本IBMやNIBIOHNと共同開発、今後も生成AI活用を進め医療現場の負荷軽減を図る
乳がん患者の質問に答える「生成AI対話システム」運用開始、大阪国際がんセンター
2024年09月03日 14時00分更新
日本IBM、医薬基盤・健康・栄養研究所(NIBIOHN)、大阪府立病院機構 大阪国際がんセンターは2024年8月26日、「生成AIを活用した患者還元型・臨床指向型循環システム(AI創薬プラットフォーム事業)」の実運用を開始したことを発表した。3者が3月から共同研究を進めてきたもので、その第一弾として、乳がん患者を対象とした「対話型疾患説明生成AI」の活用を8月から運用開始している。
対話型疾患説明生成AIを導入した大阪国際がんセンター 総長の松浦成昭氏は、「医療方針を決めるのは患者であり、複雑化しているがん医療を理解してもらうために、コミュニケーションをしっかりと取る必要がある。それを強化するために生成AIが果たす役割は大きい」と語った。
診察の前に生成AIと対話、病気や治療法への正しい理解を深める
対話型疾患説明生成AIは、AIアバターと生成AIチャットボットを組み合わせた双方向会話型のシステム。乳腺・内分泌外科(乳腺)の外来初診患者が、受診前にPC、タブレット、スマートフォンのウェブブラウザを通じてアクセスできる。
大阪国際がんセンター 乳腺・内分泌外科主任部長の中山貴寛氏は、女性の乳がんが増加傾向にあること(現在の国内患者は年間9万人に達している)、がんの根治だけでなく乳房の整容性にも配慮する必要がありその治療法も多岐に渡ること、若い患者の場合は抗がん剤の影響で妊娠ができなくなる可能性もあるため卵子の凍結などについての説明も必要になることなど、診療の内容が複雑であり、多くの時間を費やしている現状を指摘する。その一方で、乳腺専門医は減少傾向にあり、とくに地方では十分な診察が行えないという課題もあるという。
「乳がんに関する細かい情報はネット上には少ない。患者からは、ネット上の不確かな情報ではなく、いつでもどこでも質問でき、確かな情報を得られることが不安の払しょくにつながるという声が上がっている。(今回のAIシステムによって)患者の疾患理解の向上、医療従事者や看護師の負担軽減、経験や地域を問わない適切な情報提供が可能になる」(中山氏)
同システムでは、診療前の自由なタイミングで疾患の説明に関する動画を視聴したり、疑問点をテキスト/音声入力の対話形式で生成AIに質問したりできる。現在、約300種類の質問への回答が可能で、患者が来院前に疾患と治療法に対する理解を深められるほか、医師が1~2時間かけて行っていた疾患の説明を、生成AIに代替させることができるという。
同システムは、IBM watsonx.aiがサポートする最新のLLMを活用し、4カ月間で開発した。
日本IBM 執行役員の金子達哉氏は「信頼性、網羅性、正確性の3つが特徴」だと説明する。同システムでは、大阪国際がんセンターに蓄積されたデータ、公表されている乳がん関連データや分析データなどから必要なデータを絞り込み、医療に活用できる生成AIを開発。そのうえで、医療従事者や看護師による想定質問シミュレーションのほか、AI自身で数百通りの質問を生成して学習。そして生成AIからの回答については、乳腺・内分泌外科、主任教授などがすべてレビューを行って「専門家監修の生成AI」を実装した。
同システムを通じて受診前の患者の事前理解が深まることで、医師との対面時には患者ごとに異なる治療方針の説明により多くの時間を割くことが可能になり、患者に寄り添った診察が可能になる。また、化学療法の患者が吐き気や嘔吐などの症状を催した場合に、自宅からでもアクセスできる生成AIが深掘りした質問を患者に行うことで、リスク検知の早期化を可能とし、予定された診察よりも早く来院を促すような対応もできるという。
大阪国際がんセンターでは、月間40~50人の患者の利用を想定。フィードバックを得て改良を加え、回答できる質問の数をさらに増やしていく方針だ。なお、同システムでは生成AIによるハルシネーションを防ぐために、回答できない質問に対しては「わからない」と回答する仕組みがとられている。
また今後、消化管内科(食道がん、胃がん、大腸がんなどが対象)向けにも対話型疾患説明生成AIシステムを構築する予定。将来的には、他の病院でも利用できるようにしていく考えも明らかにしている。
生成AI活用システムはそのほかにも、医療現場の負担軽減を進める
冒頭で触れたとおり、今回の対話型疾患説明生成AIは、3者が進めるAI創薬プラットフォーム事業の第一弾となる。このほかにも、生成AIを活用して患者への同意を取得する「患者説明・同意取得支援AI」、来院前に入力したウェブ問診結果を生成AIが解析する「問診生成AI」の開発を進めている。
さらに、患者の治療やケアについて医療関係者間で情報共有する看護カンファレンスの内容を、自動音声入力によって記録する「看護音声入力生成AI」の開発および動作検証も進めていると紹介した。
毎日行われる看護カンファレンスの記録については、これまで手作業で行われており、現場作業に追われて後回しになるという課題があった。看護音声入力生成AIによってリアルタイムでの自動作成が可能になり、その要約内容を電子カルテシステムと連携することも可能になる。この技術を活用して、看護師と患者の電話応対記録の自動作成機能の開発、実証も並行して進めているという。
大阪国際がんセンターでは、これら3つの生成AIシステムを2025年2月までに導入する予定だ。
大阪国際がんセンター 医療情報部 主任部長の西村潤一氏は、問診生成AIや看護音声入力生成AIはかなりの部分が完成しており、電子カルテへの反映を進めているところだと説明した。また、電子カルテ情報から自動で書類のドラフトやサマリーを作成する機能についても、電子カルテサーバーとの接続検証を行っていくと述べた。
また、医薬基盤・健康・栄養研究所(NIBIOHN) 理事長の中村祐輔氏は、今後の医療にとってAI活用は重要な技術であり、今回のシステム運用開始は「その第一歩となる成果」だと語った。そのうえで、将来的な目標について次のように説明している。
「日本では創薬が遅れているという課題がある。この課題を解決するには、臨床情報データベースを充実させ、データベースとして整理する必要があるが、いまのままでは、医療現場への負担が大きい。まずは生成AIを活用し、医療現場の負担を減らしながら、患者が気兼ねなく、繰り返し質問ができる環境を構築した。今回は乳がんの分野で一定の成果が出ており、今後はさまざまな分野にも応用し、医療の質を高めていく」(中村氏)