みなさんは「よこはま子ども国際平和プログラム」をご存じですか?
こちらは、毎年約4万人(令和6年度は約4万2千人!)の横浜市内の小中学生が、
〇「国際平和のために自分にできること」について主張する「よこはま子ども国際平和スピーチコンテスト」に参加
〇校内選考、区予選を突破して、市本選で市長賞を受賞した4名の「よこはま子どもピースメッセンジャー」が、ピースメッセージや市長メッセージ、ユニセフ募金をニューヨーク国連本部等に直接届ける
といった活動で構成されるプログラムで、1986(昭和61)年から実施しています(途中名称等変更)。壮大なプログラムをこんなに長く続けているなんて、横浜ってやっぱり特別です。
この連載は、本プログラムの担当者(教育委員会事務局 兵頭)がお届けする、子どもたちの「活動レポート」。第3回は令和5年度よこはま子どもピースメッセンジャーの1人、盲特別支援学校小学部6年(当時)の「島田優心さん」の成長物語です。
前回の記事はこちら
●コンテスト史上初の特別支援学校代表者がどうしても会いたい人は?
「国連で会って会談したい人がいたら、伝えてくださいね。できる限り調整します。」ニューヨーク派遣説明会で、プログラム担当者(兵頭)から、ピースメッセンジャーになった4人に向けて投げかけました。
ピースメッセンジャーたちは、国連の “偉い” 方々と会談できるのですが、誰と会談するかは、それぞれの興味関心に応じて、希望することができます。必ず、とはいきませんが、実現することもあります。
ちなみに、前号の大野さんは、ジェンダー問題に関心があったため、国連女性機関局長のシマ氏との会談を希望し、実現しました。
「会談したい人は、スティービー・ワンダー」と控えめに紙に書いてきたのは、盲特別支援学校小学部6年 島田優心さん。生まれつき左目はほとんど見えず、小学校2年生から右目も見えにくくなり、現在は右目が少し見える状態です。(本人スピーチより)
特別支援学校の児童生徒がスピーチコンテストに出場するのは本コンテスト史上初。そして、勢いそのままに、市長賞を受賞したのです(つまり、ピースメッセンジャーとして、ニューヨークの国連に行く、ということ)。保護者も、校長先生も、指導した担任の先生も、プログラム担当者も、とにかくびっくりです。でも、スピーチを聞けば、きっと、多くの人が、まっすぐな思いを伝えるその声に引き込まれ、彼に平和への願いを託したいと感じるはずです。
島田さんがスピーチで主張したのは、世界中の人が優しい心をもつこと。子どもも大人も、見える人も見えにくい人も。それが、きっと世界の戦争や紛争を防ぐはず、と。
島田さんのそばには、いつも担任の大柳先生がいます。教員歴約40年の大ベテラン先生。まさか、ここへ来てニューヨーク引率の仕事があるとは、一番驚いているのはご本人。本来は、所属校職員は引率しませんが、島田さんには専門的な支援があったほうがよい、ということで、加わっていただきました。
マンハッタンの街は決して歩きやすい訳ではなく、白杖を持った島田さんには危ないと感じるところもあります。大柳先生は、支援をしつつ、目に入るニューヨークの様子を細かく、楽しく、鮮やかに、島田さんに伝えながら手引きをします。聞いている周りも楽しくなるくらい。ニコニコしながら質問を繰り返す島田さんは、まるで、私たちに見えてないものまで見えているかのようです。
●支援することで学ぶこと
この日は、公園の屋台ランチ。一人ひとりに20ドル札が渡され、自力で(英語を使ってお店の人とやり取りして)食べ物をゲットするようにと、会計担当者から指令。さあ、みんな、食べたいものにありつけるのでしょうか。
気づくと大柳先生はひとりで歩いています。あれ?島田さんは?
この頃から、大柳先生を真似て、代わる代わるピースメッセンジャーたちが島田さんの手引きをするようになりました。初めての体験のはずですが、本人と会話しながら、ちょうどいい支援の仕方、もしかすると、それ以上のこと(相手の目線で物事を見ることの大切さなど)も学んでいるのかもしれません。初めは不安そうに見守っていた大柳先生も、少しずつ安心の表情に。子どもたちの吸収力には驚かされてばかりです。
●国連で勇気を出して聞いたこと
さて、国連の会談で、インクルーシブ部門のジョンウィルモス氏と小野舞純氏に会いました。会の終わりに、勇気を出して、島田さんは小野氏に質問しました。「僕のように目が見えにくい人や障害をもつ人たちが幸せになるにはどうすればよいですか。」
小野氏が、島田さんに向け、心をこめて伝えてくれた言葉は、その場にいたみんなの心を温かくしました。「NYまで来てくれてありがとう。どんな人もみんな得意なことを持っています。そのことを頑張ってください。あなたがその席に座っていることが、みんなが全ての人を受け入れていることなのです。」
その日のレポートに、島田さんは、「小野さんの言葉がとても嬉しかったです。得意なことを見つけて、頑張ろうと思いました。」と記しました。
●国連ピースメッセンジャーへの想い
派遣の後半は、国連国際学校(UNIS)への体験留学です。歓迎会では、UNISの先生方との温かいやりとりが溢れました。「ユウシ、君は、スティービー・ワンダーに会いたいんだってね?」「〇〇さんにお願いすれば会えるかな?」「☆☆さんは?」等など。
スティービー・ワンダー氏は、グラミー賞も受賞した「シンガー・ソング・ライター」で、「国連ピースメッセンジャー」でもあります。視覚障害があり、音楽活動を通して、障害や病気等に苦しむ人々のためのさまざまな活動を行ってきました。
「国連ピース・メッセンジャー」とは、芸術、エンターテインメント、スポーツ等の分野から選ばれ、国連事務総長から任命された著名人(モハメド・アリ、マララ・ユスフザイ、五嶋みどり等、多数)で、スティービー・ワンダー氏は、2009年に任命されました。以来、世界平和のための国連の行事に出席したり、音楽を通して平和の大切さを世の中に伝えたりしています。
UNISの先生からの問いかけには多くを語らなかった島田さんですが、自分と同じ障害をもち、さらに、“ピースメッセンジャー”という共通点もあるスティービー・ワンダー氏には、自分の目標を見出しているのかもしれません。
●苦手を克服する瞬間
派遣の終わりに、ピースメッセンジャーたちは、現地メディアの取材をいくつも受けました。スピーチコンテストでは、多くの人の心に訴えるスピーチをした島田さんですが、実は、人前で話すことが苦手とのこと。この日も、取材に対応できるかとても緊張していました。
これまで、言葉に詰まったときは、担任の大柳先生が、島田さんが考えていそうなことをそばでささやき、それに導かれるように島田さんは話をしていました。でも、この日は、そのささやきは聞こえてきません。NYでの1週間、島田さんは、様々な経験を通して、たくさん考えました。きっと、湧き上がってくる自分の思いがある。だから、大柳先生はささやかないのです。今なら自分の言葉で話せる、話したいはず、と。
実際の取材では、緊張が先立ち、答えに時間がかかることもありました。そんな時も、その場の皆で、島田さんの思いのこもった言葉が出るのを信じて待ちました。時には、そばにいるピースメッセンジャー達の「さっき、○○って言ってたじゃん?」といった一言で、ふっと緊張が解け、言葉があふれ出ることもありました。
NYでの一週間で、島田さんは苦手を克服し、一歩を踏み出した、そう感じた瞬間でした。
●スティービー・ワンダーとの対面⁉
さて、島田さんはスティービー・ワンダー氏に会えたのか? 残念ながら、答えは ”No.” です。いや、 ”Not, yet.” としておきます。きっとこれから、このNY派遣で出会った人、経験したこと、考えたことを胸に、優しい心であふれる世界を実現するために、島田さんは行動をしていくでしょう。国連の会談で出会ったどんなに“偉い“方々も、彼の言葉を聞いて、こみ上げるように温かい涙を浮かべていました。「優しい心をもつことの大切さ」そんな、シンプルだけど、多くの人が忘れそうになる大事なことを、相手がドキッとするほどまっすぐに伝える島田さん。将来、大人になったよこはまピースメッセンジャーの島田さんと、国連ピースメッセンジャーのスティービー・ワンダー氏が対面し、平和への思いを語り合う、そんな画が、夢では終わらない気がします。
この連載では、チャレンジする横浜の子どもたちの活動をお届けしています。お楽しみに!
<お知らせ>
「よこはま子ども国際平和プログラム」に取り組む子どもたちの様子を動画で配信しています。「どうしても今セカイへ伝えたい」。真剣に取り組む子どもたちの声や表情を是非ご覧ください!