リレーインタビュー「We LOVE 奈良公園!」 第7回

“イケ住”こと石川重元さん「奈良公園を歩くと、“ナニコレ?”的な不思議に数多く出会えます」

文●渡辺敏樹/LOVEWalker

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 奈良公園を愛してやまない「奈良公園LOVER」にその魅力を聞く本連載。第7回は奈良市にある真言律宗の寺院、海龍王寺の住職・石川重元さんが登場。“市井のイケ住”として、仏教の本質を面白く伝えるべく精力的に活動中。ならどっとFMのラジオ番組「イケ住のit's僧 night!」に出演するなど奈良市民にはすっかりおなじみで、幅広く活躍されています。

今回の奈良公園LOVER、石川重元さん

大和牛、大和ポーク、大和野菜、日本酒…。奈良にうまいものあり!

――子供のころから奈良公園は身近な存在だったとお聞きしました。特に思い出のある場所はどこですか?

「約40年前の話なのですが、私は高校2年生の時にクラスになじめなかったのです。それで、午後の授業をさぼって帰ることがよくありました。興福寺の三重塔の前にベンチがあって、そこに座ってひとりで弁当を食べるのがほぼ日課だったんですね。そのまま公園内をブラブラして、友だちが放課後に帰宅してくる頃に合流していました。興福寺と近鉄奈良駅の間には東向商店街のアーケードがあり、そこのマクドナルドで当時仲良くしていた女子生徒と会って、ふたりで三重塔のあたりを散歩したこともいい思い出です。その子は中学校の同級生でしたが、高校は別になってしまった。奈良公園の思い出というと、興福寺の三重塔がすぐに浮かんできますね」

――青春時代の素敵な思い出なのですね。興福寺だと五重塔のほうが有名だと思いますが、石川さんにとっては、思い入れがあるのは三重塔のほうなのですか。

「興福寺の三重塔をご存じない方も多いかもしれませんね。当時も訪れる人はあまり多くなかったように思います。奈良公園内にありながら、喧騒からやや外れた場所という雰囲気があるので、そこが気に入っていたのです。あとは芝生が広がる飛火野(とびひの)ですかね。現在はボール遊びが禁止されていますが、小学生の頃は、そこでよく野球をしていました。小学生だとそれほど大きな当たりを打つわけでもなく、ちょうどいい広さでね。南側に川が流れていて、たまにボールが川に落ちてしまうと誰が取りに行くかで揉めたり、やけくそ気味にずぶ濡れになって川に入ってボールを探したりしたのも楽しい思い出です。ただ、子供なりの分別というものはちゃんとあって、例えば木を傷つけたらいけないとか、みんなわかっていた。だから無茶するような子もいなかったですね。今思えば、子供ながらに奈良公園という場所の環境に配慮しながら遊んでいたように思います」

興福寺の三重塔。北円堂とともに興福寺で最古の建物であり、国宝に指定されている(写真=しゅんちゃん/PIXTA)

――地元の子供たちも、しっかり奈良公園の価値というものがわかっていたのでしょうね。素晴らしいことです。その後、大人になってからは奈良公園とどのように関わりを持ってきたのでしょうか。

「大人になってからは以前ほど行かなくなってしまったかもしれませんが、ならまち辺りは今もウロウロしています。『ならどっとFM』の番組に出演しており、収録スタジオがありますので。ならまちの面白いところは、近代的な面と古都らしい伝統的な面とのメリハリがあるところでしょう。メインストリートには現代的な飲食店が並んでいますが、一歩路地に入ると、昔のままの奈良らしい建物が変わらずに残っていますからね。ある日、ならまちで道に迷って困っている韓国からの観光客がいらしたのですが、聞けば地元の人しか行かないような路地裏の居酒屋を探しておられたのです。外国の方がそんなコアな場所に目を向けているのはちょっと驚きでした。どうやって調べたのか不思議でしたけど、新しさと古さが共存している、ならまちの良さを再確認しましたね」

――外国の方は、意外にそういうスポットを調べて足を運ぶんですよね。奈良にはおいしい食べ物も多いんでしょうか?

「おいしいもの、多いです!『奈良にうまいものなし』というイメージが先行しているようですけど、全然そんなことはありません。結構奈良は頑張っていますよ(笑)。私は、『うまいものなし』と言われる中で、自分なりにおいしいものを探す楽しみがあると思うんです。それで、人には教えずに自分だけでそっと通うという…。『奈良にうまいものなし』などという人を、『何を言っているのよ。わかってないね』と内心で小ばかにするのが面白いんですね(笑)。実際、大和牛や大和ポークなどはおいしいですし、かなり成功していると思いますよ。もっとアピールしたらいいと思います。あとは大和野菜。奈良市高樋町に『清澄の里 粟』という店があるのですが、伝統的な大和野菜の料理が評判で、ミシュランガイドにも掲載されている名店です。奈良公園の近くでは、ならまちに『粟 ならまち店』という支店がありますね。味も素晴らしいですが、料理を運んでくる時にお店の方が聞かせてくれる大和野菜のうんちくも本当に面白いですよ。私は酒が飲めないので詳しくはないのですが、奈良は日本酒も有名です。奈良市の正暦寺は日本酒発祥の地とも言われ、清酒造りのルーツでもある。だから奈良には『春鹿』や『今西』など人気の銘酒も多いのですね。残念ながら私には味はわからないのですが・・・(笑)」

「粟 ならまち店」の、大和と世界の野菜コース(ディナーメニュー/4,600円)。大和伝統野菜の籠盛や、旬の野菜と大和芋のとろろの蒸し鍋を味わえる

光明皇后の功績にも感謝して、奈良公園を歩いてほしい

――お酒が飲めないのに、オススメしていただいてありがとうございます(笑)。では奈良公園の楽しみ方について、アドバイスをいただけますでしょうか。

「東大寺さん、興福寺さん、春日大社さんなどがあり、貴重な文化財に親しめる公園であることがまず挙げられます。公園を何気なく歩いていて、知らぬ間に史跡や文化財に触れられることもある。その面白さは、奈良公園ならではだと思いますね。うちの寺(海龍王寺)にも、光明皇后が書かれたと伝わる写経がありますが。これはおそらく両親の追善供養のために書かれた日本初の写経です。光明皇后が家族を本当に愛しておられたことが伝わりますね。そもそも、光明皇后がいなければ正倉院の宝物は残されていなかったわけで、奈良時代の儀礼儀式が後世に伝わらなかった可能性も大きい。そんな意味でも光明皇后の功績はあまりにも多大だと言えます。慈愛に満ちた光明皇后のお人柄こそが、現代の我々にも素晴らしい文化を残してくれました。奈良公園はまさにそうした奈良時代からの歴史を体感できる場所なので、貴重な文化財が残っている意味をかみしめながら訪れていただけるといいでしょう」

――確かにその通りかもしれませんね。光明皇后の功績に感謝しつつ、素晴らしい文化財の数々に我々も触れさせていただきたいと思います。ほかにも、ややディープな奈良公園の魅力など教えていただけますでしょうか。

「ならまちの界隈を歩いていると、突然小さな神社に出くわしたり、『なんじゃ、こら?』と思わせるものが多いんです。どうして、こんな場所に石碑があるんだろうとか、道がおかしな曲がり方をしているとか、不思議なものによく出会えるんですね。で、気になったことをよく調べてみると、実は歴史的に深い秘密が隠されていることが多々あるんです。あとは、地名も興味深いです。奈良ホテルの近くに『不審ヶ辻子町(ふしがづしちょう)』という地名があるのですが、不思議な名前ですよね。昔、鬼退治をしようとした人がこの土地で姿を見失ったことが由来らしいです。このように、奈良公園のあたりにはさまざまな伝承が残っています。歩いて不思議だと感じたことを深く調べると、新たな発見につながって、ますます奈良公園を好きになるのではと思います」

――奈良公園のあたりは、掘れば掘るほど面白いことに出会えますからね。ぜひ多くの人に奈良公園の多様な魅力に触れてほしいと願います。どうもありがとうございました。

歴史ある古民家が並んで散策が楽しい、ならまちの小径(写真=Ken/PIXTA)

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■プロフィール
石川重元(いしかわ・じゅうげん)=奈良市生まれ。京都の仁和寺で修行ののち、1991年より海龍王寺の住職。各種メディアやSNSで仏教の魅力をわかりやすく伝えるために精力的に活動。伝統を重んじつつ、革新的な取り組みを行う姿をみうらじゅん氏に認められ、“イケてる住職=イケ住”と称される。海龍王寺へは近鉄奈良駅/JR奈良駅より奈良交通バス「大和西大寺駅・航空自衛隊前」行きで法華寺前下車、徒歩すぐ。