奈良公園にゆかりのある方々にその魅力を聞く本連載。第1回は、奈良県奈良市の生まれで、2013年から奈良市観光特別大使を務めている俳優の八嶋智人さんが登場。東大寺や興福寺周辺は「通学路だった」という八嶋さん。青春時代を過ごした奈良について、思い出やおすすめスポットをたっぷりうかがった。
少しだけ不便だったからこそ生まれた奈良県の魅力
――まずは八嶋さんが感じる奈良自体の魅力からお聞かせください
八嶋「大人になって、他県と比べると“少しだけ不便なこと”が奈良の魅力を生んだのではないかと思い始めました。と言いますのも、奈良は縦に長いのですが、僕が住んでいた北部にある奈良市は中国から伝わった木の文化が栄え、中央部はそれ以前に伝わった朝鮮の石の文化があり、緑豊かな山々が連なる南部には自然由来の信仰も残っていたりする。若い頃には気付けませんでしたが、今は知的好奇心を刺激してくれる土地だなと感じています。ですので、大人になって時間とお金に余裕ができたら、それぞれの地域に残る文化の違いを味わいながら奈良を旅するのもいいのではないかな? と思います。
また、奈良には一度、廃れてしまったという哀愁があると思うんです。大人になるとその哀愁もかっこいいなと感じるんですよね。遷都から数百年の時をかけてゆっくりと復興してきたので、奈良の人はよく言うと謙虚。奈良のいいところを聞いても、だいたい『いやいや、何もないです』って言ってしまうんですよね。大きな改革をしてこなかったので、いい意味で“時が止まっている”と感じる部分もあって。古きものと現代的なもののバランスのいい土地だと思います」
――八嶋さんは奈良公園のそばで育ったんですよね?
八嶋「そうなんです。東大寺大仏殿の裏手辺りに実家があって、奈良時代に建てられた国宝の転害門(てがいもん)のすぐそばなんです」
――奈良公園は生活圏内だったわけですが、八嶋さんにとって奈良公園はどんな存在ですか?
八嶋「中学・高校と奈良公園を突っ切って自転車で通学していたので、通学路ですね。それこそ、この『奈良公園の案内書~極(きわみ)~』の4、5ページの地図に掲載されいている範囲で青春時代を過ごしていましたよ(笑)」
――でしたら、思い出が数えきれないほどありそうですね?
八嶋「そうですね。奈良公園のすぐそばに元興寺(がんごうじ)というお寺があるのですが、ここはとても古いお寺で、『火渡り』の行事があったんです(現在も2月の「節分会」で火渡り修行あり)。燃やした草の上を歩くんですが、小さい頃、嫌だと言っているのに歩かされて…。それが、物心ついてから最初に感じた恐怖でした(笑)。ただ、その時歩いたおかげで今も健康でいられるんだろうなと思っています。
子どもの頃は、家のすぐ近くの転害門付近でボールの壁当てとかしてました…。転害門は国宝なので、今考えると恐ろしいですね(苦笑)。また、ボーイスカウトに入っていたので、みんなでキャンプの練習をする際に奈良公園の中央辺りにある飛火野(とびひの)というシカ寄せなどをしているスペースを使用していました。飛火野は志賀直哉旧居と春日大社の間辺りにあって、原生林があるんです。川も流れているので、そこで飯ごう炊きをしたり。家が近いうえに、母親が東大寺の大仏殿で働いていたので、思い出話を挙げたら切りがないです。
あとは浮見堂ですね。若い頃は好きな子と行っていました。四隅に座る場所があるので、どこに座るかで悩んだりしてね(笑)。今は当時よりもさらにきれいになっているので、おすすめですよ」
穴場は、地元の人間だからこそ知っている静かな場所
――ほかにも奈良公園でおすすめの場所はありますか?
八嶋「東大寺の大仏殿と正倉院の間がおすすめですね。(東大寺)南大門方面が混んでいても、大仏殿の裏の方は観光客も少ないのでゆっくりできるんです。正倉院だけでなく、宝庫などいろいろな建物もあるので、歴史に思いをはせながら歩くのもいいですよ。ほかにも春日大社から志賀直哉旧居の間のエリアもあまり人がいなくて穴場です!
あと僕は仏像も好きで、特に東大寺・戒壇堂(かいだんどう)の四天王像(持国天、増長天、広目天、多聞天)はぜひ見ていただきたいです。四天王の立ち姿は本当に美しく、その存在感は圧倒的。あまりに写実的なので睨まれたように感じたり、一瞬、動いたような感覚に襲われたこともありました。いろんな四天王がいる中でもこの四天王像からは最も内なるエネルギーを感じて、舞台に立つ役者としても魅力を感じます。大仏も含めて、背後に回ることもできますので、ぜひ後ろ姿も堪能してください」
――近年の奈良公園付近での注目ポイントはありますか?
八嶋「中川政七商店が生まれた、ならまち元林院町辺りには新たな活気が生まれていると思います。センスのいい若い方たちが都会に出ていくのではなく、自分たちの生まれ育ったコミュニティに目を向けて新しい産業を生み出し、賑わいを見せています。元からある古民家を利用した雰囲気のいいお店とかも増えましたね。僕の実家の近所にも、ある日突然、とてもかわいいお店ができていて、こんなところに!? とびっくりしたことがありました。しかも奈良に由来するものを展開していて、地場産業として有名な靴下に特化したお店だったりする。と同時に、江戸時代から続く奈良墨の古梅園など、老舗のお店も受け継がれています。商業面での新旧のバランスもいい街だなと思います。
大人の方は奈良公園内をいろいろ散策されてから、すぐ近くの奈良ホテルでお茶をするのもおすすめです。奈良ホテルは、東京駅舎などで有名な近代建築の父と呼ばれる辰野金吾が珍しく和のテイストを取り入れて作ったそうなんですね。鳥居が組み合わさった暖炉など珍しいデザインも見られるので、建築好きの方も見逃せないスポットだと思います。
あと南大門の近くにある、依水園(いすいえん)にはすごく立派なお庭があって。庭園から山々が望めるので、お庭を味わった後に借景で眺めた若草山に登りに行くというのも乙かもしれません」
――挙げていただいたスポットはいずれも奈良公園付近なので、手軽に巡れそうですね
八嶋「1日で歩ける範囲だと思います。ちょっと頑張って1万5,000歩ぐらいで回れると思いますが、市内循環のバスもあるのでうまく利用すると良いと思いますよ。また、今はアプリで簡単に古地図などをダウンロードすることもできるので、歴史的変化を楽しみながら散策するのも良いと思います」
変に進化し過ぎずに、現状の奈良の姿が続いていくことを願う
――今後、八嶋さんが奈良公園、または奈良に期待することはありますか?
八嶋「僕はあまり便利にしなくていいと思っている派なんです。すでに外国からいらっしゃる方でも、SNSで情報を集めてピンポイントで見たい場所を決めて来たりしているので、現状のままでいいのではないかと思っています。それから、これは期待ではないですが、今、各所で復元が行われていますが、どの時代に標準を合わせて復元するかがとても大事だと思うんです。確か、寺院などが誕生したばかりの時代は原色が中心でかなり賑やかな色味だったらしいので、現代人がノスタルジックを感じられるような風合いを守り続けてくれるといいなと思っています。
あと奈良でいうと、僕が所属している劇団、カムカムミニキーナ主宰の松村武も奈良出身で僕の中学・高校の同級生でもあるんですけど、彼がもう10年以上、奈良市で「ナ・LIVE」という、草野球ならぬ“草芝居”を行う活動をしているんです。僕も題字を書いたりして。子どもから年配の方まで誰でも自由に参加できて、1年かけてワークショップして、公演も行っています。ぜひチェックしてご参加いただけるとうれしいですね!」
――書籍「奈良公園の案内書〜極(きわみ)〜」(角川アスキー総合研究所)では、お話いただいた奈良公園について歴史も含めて記載されていますが、ご覧になってみていかがでしたか?
八嶋「奈良公園の魅力を聞かれると、今見られるものを紹介したくなりますが、この本には現在に至るまでの経緯なども詳細に書かれていて、地元の人間である僕にとっても新鮮でした。奈良公園の成り立ちなど、よほどの歴史好きの人しか知り得ないことが収められていたので。時代の流れの中で消えたものや奇跡的に残ったものがあって、今の形になっているという部分が読んでいて面白かったです。歴史を知っておくと、奈良公園を歩くときにより楽しめるのではないかと思います」
■プロフィール
八嶋智人(やしま・のりと)=奈良県奈良市出身。1990年、松村武らと劇団カムカムミニキーナを旗揚げ。舞台、ドラマ、映画、バラエティ、CMなど多ジャンルにわたり幅広く活動中。2013年より奈良市観光特別大使を務める。
■「奈良公園の案内書~極(きわみ)~」
角川アスキー総合研究所では、奈良公園の歴史や文化を詳しく解説した書籍「奈良公園の案内書 ~極(きわみ)~」を発行。17のテーマ別に専門家が執筆し、読めば奈良公園の散策がさらに面白くなる内容。全国の書店・ネット書店で購入できる。
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