AI問診・症状検索サービスの開発に集中するためのクラウド基盤の構築
「ロックインは不可避、ならば使い倒す」Ubieエンジニアに聞くGoogle Cloud活用
病院はデジタル化が遅れている領域のひとつだ。病院に行くと紙とペンを渡され、質問(問診票)に回答し、受付に戻すところから始まる。診察の順番待ちを知らせるなど便利なデジタルサービスも導入されつつあるが、効率化とは程遠いといっても過言ではないだろう。
こうした医療業界の効率化に切り込むのが、スタートアップのUbie(ユビー)だ。
2024年4月に米ラスベガスで開催された「Google Cloud Next '24」の会場で、Ubie プラットフォームエンジニアリングのヘッドを務める坂田純氏に話を伺った。
医療機関向けのAI問診・一般向けの症状検索の2つの柱
Ubieは「テクノロジーで人々を適切な医療に案内する」ことを目指し、医師の阿部吉倫氏とエンジニアの久保恒太氏が、2017年に創業したスタートアップだ。以来、医療プラットフォームの構築を進めており、病院やクリニック向けの「ユビーメディカルナビ」、および一般の人が症状から参考病名や近隣の病院・クリニックを検索できる「ユビー」とちう2つのサービスの柱をもつ。
主力サービスは、1700以上の医療機関に導入されているユビーメディカルナビに含まれる「AI問診」だ。医師の事前問診をAIで効率化するサービスで、患者がタブレットに表示された質問に回答するとAIが症状を推測してくれる。これにより、初診の問診にかかる時間を3分の1程度に短縮できるという。
AI問診は同社にとって最初のプロダクトであり、共同創業者が約5万枚の論文データを基に作り上げた。ローンチ後も、社内に5人いる常勤の医師が問診のフローをレビューするなどして、改善を重ねている。
沖縄県の浦添総合病院では、2019年にユビーメディカルナビを導入。新規患者の受付で用いたところ、平均40分だった患者の待ち時間が平均20分へと半減した。それまでは紙の問診票による画一的な問診だったが、タブレットで選択された症状に応じて質問を出し分けるなど問診の効率化が図られ、看護師による紙からカルテの転記作業も軽減された。
一般向けのサービスである症状検索エンジンであるユビーは、「頭痛」といった症状や病名、診療科から絞り込んでいき、適切な病院やクリニックを探すことができる。受診する病院を決めると、提携先の病院には症状などの入力内容が送信され、スムーズに診療を受けられる。サービス開始から3年で、累計の利用回数は1億122万回を上回り、月間アクティブユーザーは700万人に達する。
坂田氏らが喜んでいるのは、1036万人がユビーを使った後に実際に受診していることだという。共同創業者の阿部氏が研修医時代、医療機関にすぐにかかれなかったことで命を落とした患者と出会ったことが、起業のきっかけだからだ。
「アプリケーションにフォーカスできる」― Google Cloudを選んだ理由とは?
スタートアップらしく、Ubieではクラウドを前提にシステムを構築している。当初はHerokuで動かしていたが、2018年に参画した坂田氏はガバナンスを考慮してIaaSを導入することに。Google Cloudを選んだ理由はいくつかあるが、決め手になったのは問診履歴やアクセスログの蓄積を担うデータ基盤「BigQuery」だ。「データがあるところ(=BigQuery)にアプリケーションを置いてガバナンスを効かせるためには、Google Cloudが良いと判断した」(坂田氏)。
AI問診アプリケーションで用いていたKubernetesでも、マネージドサービスとして当時Google(GKE)が先行していたことや、Google Cloudが創業時から推進するグローバル展開も理由であった。「グローバルサービスはGoogleが作りやすいし、使いやすい」と坂田氏。
最終的には、Google Cloudが医療系ガイドライン(厚生労働省、経済産業省、総務省が発行する“3省2ガイドライン”)のサポートを発表したことが後押しとなり導入を決めた。「インフラは大事だが、そこにフォーカスするというよりも、ビジネスであるアプリケーションにフォーカスできる」という視点で選択したという。
2018年中にGoogle Cloudへの移行を完了、その後機械学習でGoogle CloudのAI Platform NotbooksからJupyterLabのインスタンスを作成して学習するなど、さらなる活用も進めている。
Google Cloudの利用について坂田氏は、「AIなどAPIで使えるものは何でも使っていく」としながら、マルチクラウドにすると運用コストが高くなるため、(Googleの)クラウド上のサービスを“使い倒す”方針だと語る。運用コストのほか、信頼性のメリットも挙げ、「オンプレミスでもロックインはある。であれば、フルに活用した方がいい」と坂田氏。業務においては「Google Workspace」も活用している。
医師の働き方改革を追い風に、グローバル展開も推進
創業から7年目。米ニューヨークにも拠点を設け、米国でのサービス「Ubie Health Care」もスタートした。医療の制度や法が異なることもあり、まずは一般向けのサービスに注力する。
日本市場では今後も、ユビーメディカルナビを導入する医療機関、ユビーで提携する医療機関を増やしていく方針だ。2024年4月に開始された医師への残業規制の適用も追い風である。勤務医の時間外労働の年間上限が原則960時間となったことで、いわゆる“2024年問題”として、業務の効率化が喫緊の課題になっている。
「“お薬手帳”ひとつとっても手入力であり、紹介状も紙ベース。OCRでスキャンして取り込むといった機能も拡充している」と坂田氏。生成AIを用いた効率化についても、石川県七尾市の恵寿総合病院と実証実験を実施するなど、現場での実践的な活用を模索し始めている。
システム側では、Google Cloudのデータ関連サービスに期待を寄せている。PostgreSQL互換の「AlloyDB」が登場したため、分散型の「Spanner」と使い分けていきたい、と坂田氏。PostgreSQLのアプリケーションをAlloyDBで動かし、Spannerはスケールが必要なユースケースで使用することを想定している。
Google Cloudに対しては、CEO(Thomas Kurian氏)が元Oracleということもあり、当初「ちょっと弱い」と感じていたデータベースが強化され、信頼性も上がったとコメント。
Google Cloud Nextで発表されたAI関連の新機能については、「人が不要な領域はどんどん自動化やAIに任せていくことになると考えると、運用におけるAI機能が魅力的」と述べる。また、AIの社内ニーズが高まる中で、「どのAIをどこに用いるのが最も効果的なのかという視点で取り込んでいきたい」と付け加えた。