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移行のポイントはAWS CDK / FISを用いた“IaC”と“障害検証”

1日2兆円超の処理をクラウドで ― SBI証券が国内株式の取引システムをAWSに移行完了

2024年04月24日 07時00分更新

文● 福澤陽介/TECH.ASCII.jp

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 SBI証券は、2024年4月23日、国内株式のオンライン取引システムをAWSクラウドに移行したことを発表した。

 SBI証券の取引サイトのアクセスは1日1億にも達し、1日の取引処理数は約360万件、取引量では最大2兆円を超える。このミッションクリティカルなシステムのクラウド移行は無事完了し、2024年3月より稼働を開始している。

 記者説明会に登壇したSBI証券の常務取締役CIOであり、SBIシンプレクス・ソリューションズの代表取締役社長である助間孝三氏は、今回のクラウド移行の狙いを、“アジリティ(敏捷性)”と“レジリエンス(強靭性)”だと説明する。

SBI証券 常務取締役CIO 兼 SBIシンプレクス・ソリューションズ 代表取締役社長 助間孝三氏

難しいチャレンジでありつつ、内製エンジニア力強化のまたとない機会

 現在、2024年1月からスタートした新NISA(少額投資非課税制度)を契機に、国内の投資に対する機運が高まっている。SBI証券でも、国内株式売買取引手数料の無料化を2023年9月に開始し、投資促進に取り組んできた。その結果、2024年2月には、SBI証券が国内で保有する証券総合口座数は1200万口座を超えた。

 助間氏は、「国内最大規模の取引を維持しながら、快適な投資環境を用意するためには、システム面での“備え”が重要。現在の投資マインドの潮流は想像を超えており、今後もすべてを見通せるわけではない。リードタイムなく、インフラやネットワークを追加できるクラウドの役割が大切になってくる」と、クラウドで得られるアジリティの価値を強調した。

 もうひとつのクラウド移行の狙いは、レジリエンスの強化だ。

 「金融機関において冗長性の確保は極めて当たり前のこと」(助間氏)としつつ、キャパシティの増強や顧客サービスの追加など、ビジネスのスピードに合わせてシステムが変化していく中で、より安定して金融サービスを提供できるようにレジリエンスも高めていく必要があるという。

 アジリティやレジリエンスといった金融システムに必須の要素をテクノロジーの力で解決すべく、AWSとパートナーシップを組み、まずは今回のクラウド移行という成果に至った。

SBI証券のAWS活用の狙い

 加えて助間氏は、ITがビジネスに付加価値を与えている現状においては、「他社にすべて丸投げするのではなく、社内に知見や能力を持ったエンジニアを有することが、SBI証券ならびにSBIグループの競争力の源泉になる」と強調する。

 実際に2023年2月には、SBI証券とシンプレクス・ホールディングのジョイントベンチャーである「SBIシンプレクス・ソリューションズ」を設立。協力企業を含めて約600人のエンジニアが常駐する、開発・運用の内製体制を築いた。今回のプロジェクトでも、AWSや他ベンダーの協力も得ながら、内製のエンジニアチームがリーダーシップをとっている。

 「1日2兆円の取引量をさばくという、技術的に難易度が高いチャレンジではあるが、エンジニアにとって魅力的で成長できる環境でもある。今回のプロジェクトは、今後のテクノロジーを活かした顧客サービスの向上にもつながる、非常に重要な取り組み」(助間氏)

AWSの活用は、内製エンジニアリング力強化を通じた競争力向上に直結

クラウド移行のポイントはAWS CDK / FISを用いた“IaC”と“障害シミュレーション”

 具体的なシステムの詳細は、SBI証券とSBIシンプレクス・ソリューションズで執行役員を務める韓基炯氏から語られた。

SBI証券 執行役員 コーポレートIT部 兼 SBIシンプレクス・ソリューションズ 執行役員 アーキテクト推進部 韓基炯氏

 今回、オンプレミスからAWSクラウドに移行したのは、「Genesis」と呼ばれる、取引サイトやOMS(取引注文管理システム)を担うオンライン取引システムだ。AWS東京リージョンにある複数のアベイラビリティゾーン(AZ)を活用してシステムを冗長化し、拡張性と柔軟性を高めている。

オンライン取引システムのアーキテクチャ図

 韓氏は、今回の移行のポイントとして、 「AWS Cloud Development Kit(AWS CDK)」を利用したインフラのコード化(IaC)を挙げる。AWS CDKは、クラウドインフラをコードとして定義し、AWS CloudFormationを通じてプロビジョニングするOSSの開発フレームワークである。

 AWS CDKを用いてGenesisをコード化することで、クラウドインフラを手作業で設定する必要がなくなり、デプロイ速度が向上。オンプレミスのインフラと比較して、半分以下の期間でキャパシティの拡張ができるようになり、障害発生時にシステムを切り替える際にも、主要システムが数分で立ち上がる仕組みを実現している。

 もうひとつの移行のポイントが「AWS Fault Injection Service(AWS FIS)」を用いた疑似障害による検証だ。AWS FISは、システム障害をシミュレーションできるマネージドサービス。アベイラビリティゾーンにおける障害をシミュレートして、システムの予期せぬ停止にどのように対処するかなどを検証できる。

 「オンプレミスでは、本番システムに影響を与えずに大規模な障害をシミュレーションするのが難しい。AWS FISを利用することで、気軽に何度も障害試験ができ、システムを迅速に切り替えられるよう工夫できた」と韓氏。

AWS FISの動作イメージ

 今後の取り組みとしては、外国株や投資信託、債券といった領域や業務システムなどにおいてクラウド移行を進めていく。

 また、インフラ費用が従量課金に移行したことに伴い、2023年にコスト管理のチームを立ち上げており、よりコスト効率の高いシステムの構築に取り組む。

 加えて韓氏が“一番重要”と強調するのが、クラウドネイティブ化だ。「インフラをクラウドに移行したからには、その上のアプリケーションもクラウドネイティブ化したい」として、Genesisだけではなく、SBI全体でクラウドネイティブ化を推進し、拡張性やレジリエンスを高め、コスト削減にもつなげていくと述べた。

ミッションクリティカルなシステムのレジリエンス向上を支援

 説明会では、アマゾン ウェブ サービス ジャパンの金融事業開発本部 本部長である飯田哲夫氏より、同社の金融業界やミッションクリティカルなシステムに対する支援について説明された。

アマゾン ウェブ サービス ジャパン 金融事業開発本部 本部長 飯田哲夫氏

 AWSでは、金融領域においてインフラプロバイダーから“ビジネス変革の戦略パートナー”に変貌すべく、同社のサービスの価値を訴求してきた。「金融業界でもデジタル活用が課題となってきた中で、クラウドが単なるインフラではなく、ビジネス戦略を実現するための主要な手段だと認識されるようになってきた」と飯田氏。今回のSBI証券の取り組みは、まさにAWSでビジネス戦略を実現する事例だと強調する。

 特に資本市場の領域は、マーケットの状況に応じて取引が大きく変動し、上限に達しやすいという特性がある。そのため、取引所をはじめ証券会社、情報ベンダー、機関投資家、規制機関など各プレイヤーにおいて、クラウド活用が広がってきているという。

資本市場におけるAWSの活用

 また、SBI証券をはじめとする、銀行勘定系や決済といったミッションクリティカルなシステムに対する“レジリエンシーの高度化”を支援するサービスも展開する。

 AWSのソリューションアーキテクトが、レジリエンシーの実現方法やベストプラクティスなどを共有、加えて、プロフェッショナルサービスチームが、設計から開発、移行、運用までを伴走型でサポートとするプログラムを提供する。

 レジリエンスを支えるサービス群も、データ保護からアーキテクチャを回復していくための定義、テスト、オブザーバビリティを高めるモニタリング、復旧まで取り揃える。今回SBI証券が利用した、AWS FISもこのサービス群のひとつだ。

レジリエンスを支えるAWSのサービス群

フォトセッションの様子

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