ニーズを深掘りして生まれた新規事業の舞台裏を語る
高齢者が遠隔で会話を楽しめる「あのね」 立ち上げたセコム×DeNA×ユカイ工学の想い
ソラコムのプライベートイベント「SORACOM Discovery 2023」では、「セコム×DeNA×ユカイ工学:新規事業の舞台裏」と題した特別講演が行なわれた。ここでは、高齢者向けコミュニケーションサービス「あのね」における新規事業立ち上げの経緯などについて説明。事業化の裏側や、サービスにかけた想いなどが語られた。
ロボットの向こう側に人がいる「あのね」
「あのね」は、ロボットを介して、コミュニケーターとの会話を楽しんだり、予定の確認などの日常生活のサポートが得られたりするサービス。セコムとDeNAが共同で企画、開発、運営を行ない、ユカイ工学がコミュニケーションロボット「BOCCO emo」を提供。3社の協力体制で実現したものだ。「あのね」のサービス名称は、親しい人に話しかける言葉であること、高齢者にもわかりやすい言葉であることから決めたという。
高齢者の利用者の1週間の生活スケジュールや生活リズムを事前にヒアリングし、それにあわせたメッセージを配信。ロボットを通じて対話することができる。あのねのサーバーからは、スケジュールにあわせてメッセージを配信し、薬を飲む時間や外出予定時間なども知らせてくれる。利用者が返事した場合には、クラウドを通じてコミュニケーターと接続して、返事をしてくれる。利用者は、コミュニケーターが直接対応していることを理解して、このサービスを利用しているという。
日本における独居高齢者は2025年には750万人に達すると予測されており、その後も増加すると見られている。
セコム SMARTプロジェクト担当課長の河村雄一郎氏は、「孤独や孤立は、さまざまな社会課題を引き起こすことになる。日常の会話が減ると認知機能が低下し、生活に張りあいがなくなり、外出が減り、身体機能も低下する。会話をしないことが健康悪化につながる」と指摘する。
一方で、孤独や孤立の解消という切り口からサービスを提供しても、利用者はつまらない気持ちになってしまう。「生活リスクの低減と、人とつながっている安心感によって、楽しくなることが、あのねの提供価値になる。あのねは、ロボットの向こう側には人がいて、つながることができるのが特徴である。生活にあわせて、『おはよう』から『おやすみ』までの会話を行ない、趣味の話にも対応してくれる」と説明する。
セコムが感じた高齢者にとってなにより重要なもの
セコムとユカイ工学では、2018年11月から実証実験を開始し、2022年2月に、セコムとDeNAがあのねを開発。2023年4月からサービス提供を開始した。
セコムでは2015年4月に東京・久我山に、超高齢社会のマーケティング拠点としての役割を果たすことを目的とした相談窓口「セコム暮らしのパートナー久我山」を開設。高齢者の困りごと、家族の困りごとを解決するためのサービス構築に向けた検討を進めてきた経緯がある。「犯罪行為以外は、なんでもお手伝いするという意気込みで検証を進めた」とジョークを交えながら、草むしりや電球交換、介護保険の申請支援、病院の付き添いなど、1万以上の案件をこなして、高齢者とその家族の困りごとを学ぶことができたという。
そのなかで以下のようなエピソードを明かす。
「高齢者の自宅に行くと、テレビの音量は大きいが、高齢者に向けた声がないことを感じた。また、訪問したり、電話したりして、声掛けをすることに、とても喜んでもらえることがわかった。声掛けをすることが事業化につながるのではないかと考えた」と河村氏は語る。
実証実験を通じて、利用者からは、声をかけてくれることで元気になったという声をもらった一方で、その際に、単にロボットが声掛けするだけでなく、その裏にいる人に対して返事をしたいという利用者の声があったことから、コミュニケーションを成立させるサービスへと進化させたという。
実際、コミュニケーションサービスとしたことで、利用開始から約2カ月を経過すると、利用者の声色がまったく違うものになり、元気になったことを実感できたという。
「当初は、ICTを活用した生活サポートの省人化を目指しており、コミュニケーションをサービスにすることは考えていなかった。また、高齢者が、ロボットを通じて会話をしてくれるかどうかという点にも不安があった。だが、お金を払ってまでコミュニケーションしたいという要望が多かったことに気がついた」(河村氏)。
最初から有料化 高齢者が自ら契約するサービスの特徴
セコムでは、ホームセキュリティとして、駆けつけるサービスを提供してきたが、あのねは駆けつけないサービスである。いままでのセコムのサービスインフラを活用しない事業である点も新たな挑戦だったといえる。河村氏は、「サービスとして成立するのかどうかという自信をつけることが壁だった」と振り返る。
ユニークなのは、実証実験の時点から、期間限定、地域限定のトライアルサービスとして、有料化していた点だ。ここには、当初から実証実験では終わらせずに、社会実装する姿勢が背景にあったとする。実証実験は約400件で実施。当初は、各種ロボットのほか、AIスピーカーなどを含めて、約30種類の機器を高齢者の自宅などに設置して実験を行なったという。
もうひとつ注目したいのが、実証実験および正式サービスの開始後も、高齢者自らが契約するケースが多い点だ。「今後は、子供がプレゼントするというケースも増えるだろうが、契約主体を考えると、今後は、高齢者本人にどう楽しんでもらうかといった点を大切にしたい」と述べた。
こだわったのは、新たな技術を活用することでサービスを創出する一方、ヒューマンタッチの部分を残すことだったという。「高齢者が自分の気持ちを吐露するような環境を作るには、ヒューマンタッチの部分が大切だと考えた。24時間365日、必ず返事をするような仕組みにしている」と河村氏は語る。
瞬時に返事できない仕組みになっているのは?
一方、ロボットを提供しているユカイ工学の青木俊介CEOは、「さまざまなロボットを開発してきたが、当時はニーズの深堀をするところまでができていなかった。あのねの実証実験を通じて高齢者のニーズを知ることができた」と語る。その上で、「ロボットによるインターフェイスがもっと当たり前に使ってもらえる世の中が訪れることを期待している。このパートナーシップを通じて、ロボットコミュニケーションの認知を高めたい」と抱負を語った。
また、DeNA ソリューション事業本部エンタープライズ事業部 事業部長の吉田航太朗氏は、「セコムとは、バーチャル警備システムなどで協業をしていた経緯があり、あのねの実証実験を見て、顧客に価値を提供しているサービスであることを感じ、一緒にやりたいと考えた」と語る。
さらに吉田氏は、「24時間365日対応しているDeNAのカスタマセンターの仕組みを活用し、あのねのサービスを実現している。一般的な問い合わせ対応とは異なるため、オペレーション方法やコミュニケーターの適正を見ながらあのね向けの体制を構築している。日によって、対応するテンションに違いがないように教育しているが、利用者の一部からは、コミュニケーターが異なることが面白いという声もある。対応のクオリティを下げずに、バリエーションを用意することも検討している」と語った。
実は、あのねのサービスでは、コミュニケーターが対応するため、高齢者が話しかけても、瞬時に返事をすることができない仕組みとなっている。返事が来るまで、数十秒から数分かかってしまう。実証実験の参加者のなかには、それが理由となって離れてしまったケースもあるという。
これに関して、ユカイ工学の青木氏は、「発話はするが、電話の仕組みとは異なり、LINEのようなメッセージツールと同じ仕組みになっている。そのため、会話のリアルタイム性はないが、発信したいときに発信できるという特徴がある。カジュアルにメッセージをやりとりできるようにしている」と説明。現在の技術では、それがあのねのサービスには最適な仕組みであることを強調した。
今後の展開について、DeNAの吉田氏は、「オペレーションを洗練させることができる技術の採用や、外部サービスと組みあわせることで、もっと幅広い価値を提供できると考えている。また、利用の中心となる高齢者に対しては、ウェブマーケティングによる訴求ができにくい分野であるため、試行錯誤を繰り返しながら、サービスの認知度を高め、利用を広げていきたい」とコメント。セコムの河村氏の「孤独、孤立は、高齢者に限った問題ではなく、社会課題になっている。サービスの領域を広げていきたいと考えている」と語った。