法人カードを提供する金融プラットフォーマーのUPSIDERが、挑戦するスタートアップを強力に支援するサービスや取り組みを次々とスタートさせている。UPSIDER 共同代表取締役の水野智規氏に、法人カードビジネスの現状と新たに立ち上げたUPSIDER Capital、新サービスのAI Coworkerについて聞いた。
赤字前提のスタートアップを法人カードで支援
UPSIDERはスタートアップや新興の上場企業を対象とした法人カードを提供している。2018年の5月に会社登記し、現在ユーザーは2万社まで拡大した。ミッションはずばり「挑戦者を支える世界的な金融プラットフォームを創る」。UPSIDER 共同代表取締役の水野智規氏は「昨年上場した企業の2割が弊社のサービスを使ってくれています。世界的なデカコーンの登場に少しでも支援できればと思ってます」と語る。
UPSIDERが提供する法人カードの特徴の1つは与信枠だ。「スタートアップって基本は赤字企業なので、2億円くらい調達しても、個人カードの与信枠って500万円くらいしかないんです。スタートアップだった前職は家賃を払うのも大変でした。だったら、自分たちで与信モデル作ってみようというのが創業の経緯だったりします」と水野氏は語る。現在、UPSIDERは累計決済額は1000億円を超え、資金調達も600億円に達している。
もう1つは業務削減に寄与できる点。「僕の前職だと100個くらいのSaaSを2~3枚のクレジッドカードで決済してました。だから、誰が使ったのか、誰が担当なのかがすでにわからない(笑)。年末に棚卸しして、確認するも大変でした」(水野氏)。また、辞めた人がクレジッドカード番号を悪用してしまうリスクもある。そのため、クレジットカードの方が便利なのに、監査法人からは「請求書・領収書のやりとりをしてください」とリクエストされることもあるという。
その点、UPSIDERはSlackやChatGPT専用のカードを数十秒で発行することができるという。「利用先制限や決済額の上限、使える通貨なども設定できるので、社員に安心してクレジッドカードを配ることができます。結果的にガバナンスも向上しますし、経理の席に行ってクレジッドカード番号を入力してもらうみたいな手間もありません」と水野氏は語る。
その他、法人カードとして月末締めでスピーディな請求確定を実現するため、決済システムも自社開発している。UPSIDERでは決済した瞬間に請求金額が決定するので、月次決算でも対応できる。金融サービスとスタートアップの経験を持つ共同創業者二人が考える課題意識が、標準化しがちなクレジッドカードのサービスに深みを加えている。
金融機関とのタッグで長期的な融資を可能にするUPSIDER Capital
UPSIDERも創業から5年目を迎え、世界的な金融プラットフォームに成長するためにギアをシフトしている。そのために必要となる1つ目のタスクが融資力の強化だ。
前述した通り、今までスタートアップがお金を借りるのは高いハードルがあった。基本的に赤字経営だし、あるのは成長性だけ。スタートアップ向けの融資プランもあるが、規模もまだ小さいという。優遇の多いアーリーステージを乗り越え、ユーザーや売上もつき始めたステージはもっと融資の壁が高い。「北米と比べて日本はスタートアップ投資も1/10なんですけど、融資は1/100というレベルなんです」と水野氏は指摘する。
一方で、金融機関側には「スタートアップに投資したいが、既存の与信モデルでは難しい」という課題があった。そこで生まれたのが、2023年5月31日、UPSIDERが大手金融機関とタッグを組んで設立した子会社がUPSIDER Capitalになる。UPSIDER Capitalでは赤字の多いスタートアップ2万社相手に貸し倒れがないというUPSIDERの与信モデルを用いる。これにより、大手金融機関の潤沢な資金を元に、UPSIDERの与信モデルで投資を行なうことが可能になるという。
クレジットカードの与信だけだったUPSIDERだが、UPSIDER Captalではスタートアップをより強力に資金面で支援できるようになるという。「クレジットカードの場合、1ヶ月借りて1ヶ月後に返すというのが基本なので、金融サービスとしては軽量。これに対して、UPSIDER Capitalは1年以上の長期で、より大規模な融資が可能になる」と水野氏は語る。
SaaSをまたいで操作するAI秘書「AI Coworker」のデータを与信で活用
もう1つのサービスが成長企業で業務の効率化を支援する「AI Coworker」。AI Coworkerが解決する課題は、SaaSの乱立によって起こる使い勝手の低下やデータの分散、そして数多くの業務ルールなど。これを解決するためにSlack上に構築されたAIによる秘書がAI Coworkerだ。8月にリリースし、スタートアップには無償で提供するという。
AI Coworkerはいわばビジネスパーソンや管理職の秘書代わりだ。たとえば、業務委託契約書の処理をAI Coworkerに委託すると、最適なフォーマットで文面を生成し、承認者に申請してくれる。承認者は申請を確認すればOK。この過程で、登録が必要なSaaSにはAI Coworkerがログインし、データの入力まで済ませてくれるという。また、承認が溜まらないよう、カレンダーに登録するのもAI Coworkerの役割。「SaaSと人の間で秘書のように動いてくれるので、従来のSaaSを変更しなくてよい。稟議フローも正しい承認フローに載せてくれる。生産性も確実に上がる」(水野氏)ということで、データドリブンなスピード経営には重要な役割を持つ。
AI Coworkerは、自然言語処理のためのチューニングされたLLMと、SaaS連携やジョブを実行するためのプログラムから成り立っている。SaaS連携に関しては、「APIでの連携のみならず、RPAのような手段、どうしても難しい場合は人手を用いたBPMまで試します」と水野氏は語る。開発に関しては、ワークスアプリケーションでERPや業務システムを開発し、PKSHAグループでAI SaaSを作ってきた森大祐氏がリードしているという。「2人ともAIに明るいのに加え、上場企業の役員や取締役だったので、業務課題についても理解している」と水野氏は語る。
ITと金融の恩恵はスタートアップだけじゃなく、普通の中小企業にも
AI CoworkerはUPSIDERにおいて初めてとなる決済領域以外のプロダクトになる。では、AI Coworkerと既存事業、UPSIDER Capitalとはどのような関係があるのだろうか? 既存のクレジットカード会社の与信モデルは、企業の財務諸表や黒字or赤字、担保の有無などをベースにしている。これに対してUPSIDERは、ユーザー企業の銀行口座をリアルタイムに見て、AIで与信を判断している。さらに稟議や投資、採用、支出、契約書など、さまざまな処理が集まるAI Coworkerを見れば、融資する側は未来のデータを用いて与信ができる。「将来の予測が立てやすくなり、意思決定した瞬間に投資することも可能」(水野氏)になるわけだ。
UPSIDERのサービスの多くはスタートアップをターゲットにしてはいるが、水野氏自体は普通の中小企業にも使って欲しいという。実際、クレジッドカードで金融機関の振り込みを可能にする支払い.comは、資金繰りに困る中小企業のために作ったサービスだ。「ずっとスタートアップ業界にいますが、僕自身も実家は愛知の中小企業。昔からITと金融の恩恵って届いてないなと思っていました。会計システムは使いこなせないから税理士に丸投げしているし、融資も完全に金融機関の担当者ガチャ。でも、AI Coworkerを使えば、人でなくても、SaaSをうまく使いこなせる。中小企業のみなさんは、ITや金融の恩恵だけ受けられるようになったらいい」と水野氏は抱負を語ってくれた。