このページの本文へ

らくらくホン20周年記念! シリーズの生みの親が語る20年間愛される理由

2022年03月08日 11時00分更新

文● 村元正剛(ゴーズ) 編集●ASCII

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷

 シニア向けの携帯電話として圧倒的な人気を有する「らくらくホン」の初号機が発売されたのは1999年10月、松下通信工業(現パナソニックコミュニケーションズ)製モデルだった。しかし、2001年9月に発売された「らくらくホン ムーバ F671i」以降は富士通(現・FCNT)が開発・製造を手掛け、2021年9月に20周年を迎えた。2012年からは「らくらくスマートフォン」もリリースし、10年目となる2022年2月24日には、初の5G対応モデル「らくらくスマートフォン F-52B」も発売された。

 20年以上シリーズが続く、この根強いらくらくシリーズの人気の秘密はどこにあるのか? それを探るべく、“らくらくシリーズの生みの親”と呼ばれる林田 健氏と、らくらくスマートフォンの企画・開発の中心的な役割を担ってきた正能 由紀氏に話をうかがった。

FCNT 執行役員常務 林田 健さん。arrowsブランドの立ち上げの時期から、スマホおよびユーザー向けのサービスの企画に携わっており、20周年を迎えた「らくらくシリーズ」の生みの親でもある

FCNT サービス開発統括部 第一サービス開発部 部長 正能 由紀さん。らくらくスマートフォンの企画・開発の中心的な役割を担ってきた

富士通が製造することになったきっかけは?

 ドコモと富士通の合作という印象が強いらくらくホンだが、実は初号機を手掛けたのは松下通信工業(パナソニック)だ。しかし、らくらくホン ムーバ F671iからは富士通(現・FCNT)が手掛け、2005年12月に発売された「らくらくホン シンプル」(三菱電機製)を除くすべてのモデルを担当し、現在に至っている。まずは、富士通がらくらくホンを担当することになった経緯を聞いてみた。

林田氏 ドコモさんが少子高齢化社会に向けてシニア向けの端末を作りたいということで、パナソニックさんが1号機を作られたのですが、あまり認知されずに月日だけが経過してしまった、と聞いています。そこで、2号機の提案をしてほしいと依頼されたわけです。おそらく弊社だけではなく、ほかのメーカーさんにも声をかけられていたと思います。なぜ弊社が採用されたのかはわかりませんが、ドコモさんがコンセプトに挙げていたユニバーサルデザインに関して、音声読み上げ機能などの先進機能を保有していたことが理由と思っています。

 富士通にとっては初のらくらくホンとなる「らくらくホンII」は、きわめてタイトなスケジュールで開発されたそうだ。

林田氏 当時、携帯電話の開発にだいたい1年半くらいかけていました。しかし、らくらくホン ムーバ F671iは2001年9月に発売が決まっていて、依頼されたのが前年の10月でした。それから年末くらいまでは話し合いを重ねて、実質的な開発期間は6ヵ月くらいしかなかったので、非常に苦労しましたね。ゼロから作る時間はないので、同時に進行していたF503iをベースにして。F503iは当時としては大きい2インチの液晶を搭載していましたが、らくらくホン ムーバ F671iにもそれを搭載しました。

2001年9月に発売された「らくらくホン ムーバ F671i」。ロングセラーとなり、累計販売台数は400万台に達した

林田氏 パナソニック製のらくらくホンは、20xシリーズがベースで、文字を大きく表示してボタンを押しやすくするという仕様でしたが、2号機についてはドコモさんから「ユニバーサルデザインの観点で作りたい」という要求がありました。必ずしも高齢者だけではなく、障害を持つ方や若い人が使ってもおかしくないものにしたいと。我々としては、どういう端末を作ればいいのかと、すごく迷いました。依頼から1ヵ月後に出した提案書は、表紙を見ただけでドコモさんからダメ出しをされました。「らく太郎」というネーミングがダメだったのかもしれませんが(笑)。

 らくらくホンIIは、シニア層が操作しやすいユーザーインターフェースに加えて、音声読み上げ機能を搭載し、視覚障害者にとっても使いやすいケータイとして好評を博した。

林田氏 読み上げ機能は、弊社が採用される理由の1つになったと認識しています。当時は、視覚障害者の7割くらいの方に使っていただいていたと聞いています。

進化を続けてファンを増やしつつ
ラインナップを増強

 らくらくホンは「らくらくホンIII」「らくらくホンIV」と正統進化を遂げるモデルに加えて、「らくらくホン ベーシック」「らくらくホン プレミアム」といった派生モデルもリリースされている。差別化で気をつけていることや苦労していることを聞いてみた。

2004年9月に発売された「FOMA らくらくホン F880iES」。初めてFOMAに対応し、カメラも搭載した

2007年4月に発売された「らくらくホン ベーシック F883i」。カメラを搭載せず、iアプリにも非対応のシンプルなモデル。デザイナーに世界的に著名な原 研哉氏を起用したことも話題になった

2008年4月に発売された「らくらくホンプレミアム F884i」。ワンセグ 、おサイフケータイ、国際ローミングなどに対応するハイスペックモデル

林田氏 「ベーシック」は、機能を削ぎ落としてシンプルにしていくという観点なので、わかりやすいですよね。一方「プレミアム」は、何がプレミアムなのかというところに悩みました。そこで、当時流行っていたワンセグを搭載し、ハイエンド機でやっていた画面を横向きに倒せる“横モーション”も取り入れました。外装にもこだわりました。大人向けのおしゃれなケータイにしたいと、レクサスの塗装を見に行って、参考にしたりもしましたね。

 なお、らくらくホン ベーシックはデザイナーに原 研哉氏を起用したことでも話題になった。以降「らくらくホン プレミアム」や「らくらくスマートフォン3」なども原 研哉氏がデザインを担当している。単に使いやすいだけではなく、デザインにこだわっていることも人気の要因だろう。

2012年から発売開始の
らくらくスマートフォンは海外でも話題に

 らくらくホンは2011年までは毎年新機種が発売されたが、その後はリリースの間隔が開き、2~3年おきとなった。2012年8月には「らくらくスマートフォン」の初号機が発売。徐々にケータイからスマホへとシフトチェンジしていったわけだが、完全にスマホメインになったわけでもない。

2010年7月に発売された「らくらくホン7 F-09B」。デコメールに初対応し、ディスプレイやカメラの性能向上も図られた。その後、2011年4月に「らくらくホン ベーシック3」がリリースされ、2014年9月発売の「らくらくホン8」まで、新機種はリリースされなかった

らくらくホンのユーザーが使いやすいスマホとして、2012年8月に「らくらくスマートフォン F-12D」がリリースされた

林田氏 2012年にらくらくスマートフォンを発売し、らくらくホンから、らくらくスマートフォンに切り替える人がいる一方、らくらくホンを使い続けたいという方も多くいらっしゃいました。それを見極めた上で、モデルチェンジのスパンは伸びましたが、らくらくホンの新機種の開発は今でも続けています。

 らくらくスマートフォンは、押し込むように操作する「らくらくタッチパネル」を搭載し、らくらくホンに近い感覚で操作できることを特長としている。初めて使うユーザーには、どのように受け止められたのだろうか?

林田氏 らくらくホンを出したときもそうなんですが、一気に浸透するのではなく、じわじわと販売台数が伸びていった感じです。らくらくホンが発売された当時、まだ家の固定電話を使うことが多く、あちこちに公衆電話もありました。「携帯電話を持つ必要性を感じない」という人が大勢いらっしゃったわけです。しかし、実際に携帯電話を使っている人を見たり、その利便性を感じていただけると、どんどん広がっていきました。らくらくスマートフォンもまったく同じで、初号機、2号機、3号機とリリースしていくうちに、着実にユーザーが増えていきましたね。

2013年10月に発売された「らくらくスマートフォン プレミアム F-09E」。初めてGoogle Playストアに対応し、一般的なAndroidスマホとしてのサービスも利用できるようになった

 らくらくスマートフォンをベースにしたモデルは海外でも発売されて、世界最大級のモバイル展示会「Mobile World Congress」(現・MWC Barcelona)でも注目を集めた。

林田氏 テストマーケティングという観点で、フランスの通信事業者「Orange」とコラボレーションをして、初号機のF-12Dをベースにしたモデルを発売しました。製品の評判は良かったのですが、販売という観点では難しさがありましたね。らくらくという商品は売って終わりではなく、手厚いサポートが必要です。ドコモさんでは、ショップでのスマホ教室やらくらくホンセンターなど、いろいろな対応をしてくださっていますが、日本と海外ではマーケットが違うので、海外でそういった細かいケアをするのは難しいですね。

らくらく向けの機能がハイエンド機に移植されることも

 らくらくシリーズは、通常モデルよりもスペックが低く、搭載されている機能も少なめだ。最先端の機能を搭載するハイエンドモデルに比べると、いかに進化をアピールするかが難しく思えるのだが……。

林田氏 ケータイの全盛期は毎年ハイエンド機を出して、最先端の機能を搭載していました。らくらくホンは、そうした最先端の機能は必要としませんが、比較的普及した機能を使いやすい形で順次搭載していったという感じです。

正能氏 らくらくスマートフォンの開発に際しては、新しい機能を増やすことよりも、どうすればシニアの方に快適に使っていただけるかにフォーカスしています。ハイエンド機に搭載された機能を改良してらくらくに取り入れることもありますが、逆にらくらくに先に搭載される機能もあります。「はっきりボイス」とか「ゆっくりボイス」とか。使いやすさを向上させていく感じですね。

林田氏 そうですね。「はっきりボイス」や「ゆっくりボイス」といった通話音声を強調する技術は、らくらくホンが先で、その後に通常モデルにも搭載しています。

企画開発の原点はユーザーの声にある

 らくらくシリーズの企画開発には、ユーザーのリアルな声も生かされている。先述の音声読み上げ機能も、実際に視覚に障害を持つ方に使ってもらって、意見を聞きつつ、改良を重ねているという。

林田氏 音声読み上げ機能は、富士通の研究所が作ったソフトウェアを用いて、パソコン向けには実用化されていました。しかし、携帯電話向けのプロセッサーと小さなメモリーでどう動かすかということに大変苦労しました。読み上げについては、メニューを読み上げるワーディングを全部考える必要があり、正月に家でずっと取り組んでいたことを覚えています。盲学校にも月1回くらい通って、お話を聞いていました。実際、読み上げ機能のルールは、視覚障害者の方々から教えてもらったことが多いですね。あと、怒られたこともあります。オンフック・オフフックの操作を「緑色のボタン」「赤いボタン」と読み上げてしまったのですが、視覚障害の方には識別できないのに、うっかりしていました。

正能氏 私はらくらくスマートフォン3から担当しましたが、音声読み上げ機能については、視覚障害を持つ方に実際に使っていただいて、一緒に私たちも触れて、どういうところが使いにくいかをヒアリングして、改善するという作業を続けていました。シニアの方にもさまざまな調査に協力いただいています。調査会社による定量調査だけではなく、実際に触れていただいて、その様子を見せていただいたりもしています。シニアの方がどこでつまずくのかがわかり、改善点の発見につながっています。

林田氏 らくらくホンの初期の頃は、シニアの方の声を聞くために巣鴨に行って、声をかけたりしたこともありました。プロトタイプを見せて「どうですか?」って。怪しい人に思われていたかもしれませんね(笑)。最近はインターネットを使えるシニアも増えたので、グループ調査もしやすくなりました。過去に約1500人のユーザーパネルを作ったこともあります。

 シニアのユーザーから要望される機能やサービスもあるのだろうか?

正能氏 シニアの方って、こういうことをしたいという要望はあまりおっしゃらないんですよ。ですが、こちらから「こういうことができるとどうですか?」と提示すると、意見を聞かせてくださいます。謙虚な方が多いんですよ。なので、こちらから提案することが多いですね。

 らくらくシリーズは、通常モデルよりも買い替えサイクルが長く、5年以上使い続ける人が多いそうだ。電池を交換しつつ、10年以上使っているユーザーも少なくない。

正能氏 より便利に使っていただくために、ぜひ新しい機種に買い替えていただきいのですが、なかなか一歩を踏み出せないというか、我慢して使い続けている方が多いように思います。そこをちゃんと伝えることも、私たちの役目だと感じています。

林田氏 端末が新規でどんどん売れる時代ではないので、ビジネスモデルも転換期を迎えています。これからは、ただ作って売るだけでなく、お客様と長くお付き合いさせていただくための施策も大切だと考えています。そこで、2012年にらくらくスマートフォンを出した際に「らくらくコミュニティ」というSNSを作りました。会員数はすでに250万人に達していて、さまざまな情報を提供し、情報交換にも役立てていただいています。今年の2月には、それを拡張する形で「La Member’s(ラ・メンバーズ)」という会員制度をスタートさせました。らくらくスマートフォンだけではなく、arrowsのユーザーにもご加入いただけるもので、お客様のベネフィットとなるさまざまな情報を提供していく計画です。そうしたロイヤリティーを高めて、買い替えも促進していきたいです。2022年のテーマは「バリューチェーンからバリュージャーニーへ」と思っています。

最新モデル「らくらくスマートフォン F-52B」のセールスポイントは?

 らくらくホンシリーズの最新モデルは、2月24日に発売された「らくらくスマートフォン F-52B」。初めて5Gに対応し、5型の大画面ディスプレーを搭載し、指紋センサーを追加するなど、前モデルから大幅なアップデートが図られている。お二人にそれぞれ“推し”機能を挙げていただいた。

正能氏 新たに「フィッシング詐欺警告機能」を搭載しました。迷惑電話・メール対策機能も含めて、いざというときの心強い味方。ユーザーの方を守るための安心機能には力を入れています。

2018年2月に発売された「らくらくスマートフォン me F-03K」には「らくらく迷惑メール判定」機能が搭載された

最新の「らくらくスマートフォン F-52B」には、従来から搭載する迷惑電話・メール対策機能に加えて、「フィッシング詐欺警告機能」も搭載されている

林田氏 ヘルスケア機能も1つの特長として伸ばしていきたいと考えています。「らくらくコミュニティ」では、一緒に体操をしようというオンラインイベントも開催しています。そこでハードルとなったのが「Zoom」への接続。もっとスムーズに使えるように改善しなければならないと考えています。しかし、そもそもスマホの小さな画面では臨場感が得られませんよね。そこで、新しいらくらくスマートフォンには、テレビと簡単に接続して、スマホの画面をテレビの画面に表示できる機能を搭載しました。

正能氏 また、初めて2眼のカメラを搭載し、自動でシーンに合わせた最適な撮影はもちろん、近い距離からでもくっきりキレイに撮れるようになったので、写真撮影も楽しんでいただきたいですね。

 らくらくスマートフォンの代名詞ともいえる「らくらくタッチパネル」も着実な進化を遂げている。最新モデルでは村田製作所製のサステナブル素材を使った「Picoleaf(ピコリーフ)」という圧電フィルムセンサーを使って、操作性を向上させたという。

正能氏 らくらくタッチパネルは、新機種を出すたびに改良を続けていて、新モデルでは方式自体も変えています。初号機と最新モデルを比べていただいたら雲泥の差というか、驚くほど操作感がよくなったことを実感していただけると思います。

林田氏 初号機では、押した後のフィードバックが遅くて押し続けてしまい、重く感じることがあったのですが、最近のモデルは軽く押すだけで反応が得られるようになっています。画面の押す位置によっても押し感が変わるので、押し感を均等にするのは画面が大きくなるほど難しいのですが、そうした細かいところも調整を重ねています。

【まとめ】らくらくスマートフォンは
これからどう進化していくのか?

 今でもらくらくホンを使うユーザーは多いものの、最近はらくらくスマートフォンを選ぶ人が増えて、累計販売台数は700万台に達している。スマホが生活に欠かせない道具になりつつある中で、らくらくスマートフォンはどのように進化していくのだろうか?

林田氏 たとえば「Zoom」アプリを使わなくても、ワンクリックでオンラインのイベントに参加できたり、進化させられる部分は、まだまだあります。シニアの方に使いやすいという観点で機能拡張できることがたくさんあるはずなので、常に他社よりも先に進んでやっていきたいですね。

正能氏 常に思っていることですが、シニアの方が「頑張らなくても使えていた」という状態を目指したいです。便利な新しい機能が追加されたときに「らくらくスマートフォンを使っていたから、自然に使えていた」というのが理想です。

 らくらくシリーズのコンセプトや開発姿勢は、初号機を開発した当初から現在まで、そして今後も変わらないということだろう。10年後、20年後はどんならくらくシリーズになっているのか、楽しみにしたい。

■関連サイト

カテゴリートップへ