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メタのバーチャル空間でさっそく痴漢行為が発生、安全策は?

2021年12月18日 08時29分更新

文● Tanya Basu

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Getty

画像クレジット:Getty

メタの実質現実(VR)ソーシャルメディア「ホライズン・ワールド」で、ある女性プレイヤーが別のプレイヤーから痴漢行為を受ける事件が発生した。VR空間での痴漢は初めて起こったことではなく、これで終わりになることもないだろう。メタバースを安全な場所にするために何ができるだろうか。

メタ(旧フェイスブック)は12月10日、VR(実質現実)ソーシャルメディアのプラットフォームである「ホライズン・ワールド(Horizon Worlds)」を一般に公開した(日本版注:日本では未公開)。このプラットフォームに関する初期の説明からは楽しく健全なものという印象があり、「マインクラフト(Minecraft)」と比較されていた。ホライズン・ワールドでは、一度に最大20人のアバターが利用でき、バーチャル空間内を探索したり、一緒に遊んだり、空間を作ったりできる。

しかし、すべてが順調に進んでいるわけではない。メタによると、11月26日、あるベータテスターの女性から、ホライズン・ワールドで見知らぬ人から痴漢行為を受けたという深刻な問題の報告があった。メタは12月1日、この女性がフェイスブックのホライズン・ワールド用のベータテストグループ内で事件に関する投稿をしていたことを明かした。

メタの内部調査の結果、このベータテスターの女性は、ホライズン・ワールド内に組み込まれた安全機能の一部である「セーフゾーン」と呼ばれるツールを使用していなかったことが判明した。セーフゾーンは、ユーザーが危険を感じたときに発動できる保護バブルだ。セーフゾーン内では、本人がセーフゾーン解除の合図を出すまで、誰もそのユーザーに触れたり、話しかけたり、何らかの交流をしたりすることはできない。

メタのホライズン担当であるヴィヴェーク・シャーマ副社長は、ザ・ヴァージ(Verge)の取材に対し、痴漢事件は「極めて遺憾」だと述べた上で、「セーフゾーンをごく簡単に見つけやすいものにしたいと考えています。私たちにとって良いフィードバックです」と語った。

VRで痴漢行為が起こったのはこれが初めてではない。残念ながら今後も起こるだろう。今回の事件は、企業が参加者を保護する方法を確立しない限り、3次元バーチャル空間「メタバース」は決して安全な場所にはなり得ないということを示している。

「私はバーチャルの世界で痴漢をされていたのです」

メタのこの事件について耳にしたとき、ヘルス・アンド・エクササイズVR研究所(VR Institute for Health and Exercise)のアーロン・スタントン所長は、2016年10月にゲーマーのジョーダン・ベラミアがミディアム(Medium)で公開書簡を公開したときのことを思い出していた。その内容は、スタントン所長が共同設計した、弓矢を装備したプレイヤーがゾンビを射る「クイヴァー(Quivr)」というゲーム内で、ベラミアが痴漢行為を受けたというものだった。

ベラミアはその公開書簡の中で、ゲーム内でマルチプレイヤーモードになると、すべてのキャラクターが声以外はまったく同じになると語った。「ゾンビや悪魔を攻撃する中で、私はビッグブロ442(BigBro442)というユーザーの隣で次の攻撃をするのを待っていました。すると突然、ビッグブロ442の胴体から切り離されたヘルメットが、真正面から私の前に現れたのです。そして、浮いている彼の手が私の体に近づいてきて、私の胸をバーチャル上で触り始めました。『やめてよ!』と私は叫びました。そうすると彼はますます調子に乗って、私が背を向けても追いかけてきて、私の胸のあたりをつかんだり、つまんだりする動作をしました。彼は勢いづいて、私のバーチャルの股にまで自分の手を押し付けてこすり始めました」。

「義理の弟と夫が見ている中、私は雪に覆われた要塞というバーチャルの世界で痴漢行為を受けていたのです」。

スタントン所長と共同創業者のジョナサン・シェンカーは、すぐに謝罪とゲーム内の修正をもってこの件に対応した。アバターが腕をV字に伸ばす「Vジェスチャー」をすると、危害を加えようとする者を自動的に追い払えるようにしたのだ。

スタントン所長は、クイヴァーではその機能に関するデータを取っていなかった。「あまり使われてもいなかったと思います」と話す。しかし、スタントン所長はベラミアの件をしばしば思い返し、数週間前にホライズン・ワールドで起こった事件を防ぐために、2016年の時点で自分がもっと何かするべきではなかったのだろうかと考えている。「バーチャル空間ではやるべきことがまだまだ多くあります」とスタントン所長は語る。「無力感を感じてVR体験から逃げ出すような人がいてはなりません」。

VRセクシャル・ハラスメントは、紛れもなくセクハラである

デジタルゲーム学会(Digital Games Research Association)の学会誌に掲載されたベラミアの体験にまつわる最近のレビュー論文によると、「この事件に対するネット上の反応の多くはベラミアの体験に否定的で、時には罵倒や女性蔑視的なものもあった。読者はこの事件が起こったバーチャルと遊びの文脈を考慮し、あらゆる観点からこの行為を捉えようとした」という。ベラミアは姿を消してしまっており、私はネット上で彼女を見つけられなかった。

ミディアムにベラミアの記事が公開されてから、ネット上の掲示板で常に議論されていることがある。それは、体が物理的に触られていない場合に、実際に痴漢行為を受けたと言えるのかどうかということだ。

「セクシャル・ハラスメントは物理的な行為に限定されないことを知っておくべきだと思います」と、オハイオ州立大学でVRの社会的影響を研究しているジェシー・フォックス准教授は言う。「言葉によるセクシャル・ハラスメントもあります。もちろん、バーチャル体験でも同様です」。

ワシントン大学でネット上の嫌がらせについて研究しているキャサリン・クロス(博士課程生)は、VRが没入感のあるリアルなものであれば、その環境で起こる有害な行為もリアルなものとなると述べている。「つまるところ、VR空間の本質として、ユーザーの感覚を欺き、その空間に自分が実際に存在しているように思わせ、あらゆる動作が3D環境で起こっていると感じさせるように作られているのです」とクロスは言う。「VR空間では感情的な反応がより強くなり、実際の世界と同じように体内の神経系や心理的な反応が誘発されるのはそのためです」。

このことは、ホライズン・ワールドで痴漢に遭った女性の事件でも当てはまる。ザ・ヴァージによると、彼女が投稿した内容はこうだ。「セクシャル・ハラスメントは通常のインターネット上でも冗談では済まされませんが、VRの中にいることで別のレイヤーが加わり、より強烈な出来事になります。私は昨夜、体を触られただけでなく、その行為を支持する人たちがいることも目の当たりにして、自分がプラザ(バーチャル環境の中央集会所)で孤立しているように感じました」。

バーチャル世界での性的暴行や嫌がらせは目新しいものではなく、こうした問題が完全になくなる世界を期待するのも現実的とは言えない。道徳的な責任から逃れるためにコンピューター画面の後ろに身を隠す人々がいる限り、このような行為は発生し続けるだろう。

本当の問題は、ゲームをプレイしたり、バーチャル世界に参加したりするとき、スタントン所長が言うところの「開発者とプレイヤーの間の契約」が存在するという認識に関係しているかもしれない。「私はプレイヤーとして、開発者の作る世界で彼らのルールに従って自分の好きなことをすることに同意します」とスタントン所長は言う。「しかし、その契約が破られ、快適な状態でなくなったら場合には、速やかに、そのプレイヤーを望む場所へと帰し、快適な状態へと戻すことが企業の義務となるのです」。

問題は、ユーザーが快適に過ごせるようにするのは誰の責任なのかということだ。例えばメタは、ユーザー自身が安全を確保するためのツールにアクセスできるようにするとしているが、これは事実上、ユーザーに責任を負わせていることになる。

「当社はホライズン・ワールドにいるすべての人に、見つけやすい安全ツールでポジティブな体験をしてもらいたいと考えています。私たちが提供するすべての機能を使用しなかったとしても、決してユーザーのせいではありません」と、メタのクリスティーナ・ミリアン広報責任者は述べる。「当社は引き続き、ユーザーが簡単かつ確実に問題を報告できるよう、ユーザー・インターフェイス(UI)の改善とツールの使用方法への理解を深めていきます。目標はホライズン・ワールドを安全な場所にすることであり、そのことに尽力します」。

ミリアンによると、ユーザーはホライズン・ワールドに参加する前に、セーフゾーンの起動方法を学ぶためのチュートリアルを受けなければならないという。さらに、ホライズン・ワールド内の画面やポスターには定期的にリマインダーが表示されるとのことだ。

screenshot of Safe Zone interface from Meta
screenshot of Safe Zone interface
セーフゾーン・インターフェイスの画像(メタ提供)。

しかし、メタの痴漢事件の被害者がセーフゾーンを利用しようと思わなかったこと、あるいはそれにアクセスできなかったことがまさに問題であると、ワシントン大学のクロスは言う。「構造的な問題が大きな課題です。一般的に、企業がネットいじめに対処する場合、『自分たちのことは自分たちで解決するための力を与えます』と言ってユーザーに解決を委ねてしまいます」。

これは不公平であり、うまくいくこともない。安全性を確保する方法は簡単で利用しやすいものであるべきで、実現するためのアイデアはたくさんある。スタントン所長は、ある種の普遍的な合図、例えばクイヴァーのVジェスチャーのようなものがVR世界にあれば、モデレーターに問題があることを伝えられると考えている。フォックス准教授は、両者が相互に合意しない限り、自動的に個人的な距離が保たれるようにすれば有用ではないかと考えている。クロスはまた、トレーニングセッションにおいて、一般的な生活と同様の規範を明示することが役に立つと考えている。「現実世界では、無作為に誰かの体を触ったりはしません。バーチャルの世界でもこの感覚を持つべきなのです」。

ユーザーを保護するのは誰の役目なのかがはっきりするまで、より安全なバーチャル世界に向けた大きな一歩となるのは、加害者を罰することだ。加害者はしばしば無罪放免となり、加害行為が知られた後でさえオンライン活動に参加することが可能なままである。「抑止力が必要です」とフォックス准教授は言う。つまり、悪質なユーザーは必ず発見し、利用を一時停止あるいは禁止にすることだ(ミリアンによると、痴漢の加害者とされる人物のその後について尋ねられた際、メタは「個々のケースについて具体的なことは公表しません」と答えたという)。

スタントン所長は、業界全体でパワージェスチャーを採用するよう強く働きかけなかったことや、ベラミアが痴漢行為を受けた事件についてあまり話題にしなかったことを悔やんでいる。「1つの機会を失ってしまったのです。メタの事件は避けられたはずでした」。

はっきりしていることがあるとすれば、バーチャル世界はもちろん、ネット上での活動に参加する人々の権利と安全に対して明白な責任を持つ機関は存在しないということだ。何かが変わらない限り、メタバースは危険で問題のある空間のままとなってしまうだろう。

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