前へ 1 2 3 次へ

フォアー田中悠斗CEOと長岡技術科学大学 白川智弘准教授が語る:

日本の基礎研究は宝の山。AIベンチャー「Fore-」が切り拓く産学連携のスタンダード

文●盛田 諒(Ryo Morita) 撮影● 曽根田 元 編集● ASCII.jp

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷

 独自の流行予測アルゴリズムを開発するスタートアップ「フォアー(Fore-)」。同社の「トレンド予測アルゴリズム」は長岡技術科学大学との共同研究で作られている。聞けば、同社の田中悠斗CEOが、好奇心に動かされて研究室のドアを叩いたところが始まりだったという。

 企業と大学の共同研究というと、「企業が求める結論」ありきで進められるものも多いが、フォアーの場合は正に手探りでの研究を行っている。実際、田中悠斗CEOと研究室のあいだにはホットラインが引かれ、毎日のように研究についての議論が交わされているという。

 なぜフォア―が産学連携を重視するのか。産学連携での共同研究を成功させるために必要なものは何だったのか。株式会社フォアーの田中悠斗CEO、同藤田伸一COO兼CTO、同社と共同研究を進めている長岡技術科学大学 大学院工学研究科 白川智弘准教授の3人に、ASCII STARTUPの北島幹雄が、共同研究における要訣について聞いた。

「不便益」がふたりを出会わせた

── 田中さんと白川先生が出会ったきっかけを教えてください。

白川 私は長岡技術科学大学 大学院工学研究科 情報・経営システム経営工学専攻で知能情報学研究室を主宰しています。

長岡技術科学大学 大学院工学研究科 白川智弘准教授

 もともとは「生命とは何か」ということを考えたいと思って生物物理学や細胞生物学を専攻していました。研究対象は真性粘菌の変形体という、単細胞の巨大アメーバでした。イグノーベル賞を受賞した「単細胞生物である粘菌が迷路を解ける」という研究(北海道大学・中垣俊之教授)でも話題になった、粘菌の研究です。ただ、生物学というのは個々の生命現象の物理的な仕組みをさぐる学問という色が強く、より全体的なシステムとして生命を研究・探求したいと思い、博士課程から情報・工学系にコンバートしました。その後、防衛大学校 電気情報学群情報工学科 知能情報研究室に採用されたご縁で、人工知能や機械学習などに研究範囲が拡大したんです。そのような経緯から、粘菌を使った実験を継続しつつ、生命・人間科学と、知能情報学を中心とする情報科学との境界領域の研究をしています。

 具体的には、「人間っぽいAI」を作ることが研究目標のひとつにあります。人間は特有の認知傾向をもっており、たとえば、外に出て地面がぬれていたら「雨が降っていたんだな」と推測しますよね。しかし論理的に考えると、雨がふって地面が濡れるのは正しくても、逆は真ではありません。そうした人間特有の認知傾向をあえて採用することで、偏りのあるデータや、少ないデータに強い人工知能が開発できる……そういった内容の論文を書いています。

 フォアーさんとは2019年夏ごろから共同研究をさせていただいています。企業との小規模な共同研究をいくつか手がけていた中、声をかけていただいて、何気なく出ていったら濃厚な共同研究になりました。といっても、最初は「会ってみましょう」というくらいだったんですが。

田中 初めの2〜3回は「面白かったですね」だけで終わったんですよね。

株式会社フォアー 田中悠斗CEO

白川 そうですね。思い返してみると、フォア―の前身である「HAKOBIYA」について議論していた時に、不便益の話をしたことがきっかけとなり、具体的な共同研究が進んでいきました。

 不便益とは、不便なものにも益があると主張するシステム論のことであり、京都先端科学大学の川上浩司先生が中心となって提唱しているものです。たとえば自動車のキーは最近電子化され「便利なもの」になっていますが、本来「不便」なはずの普通のカギには、「鍵をさしこんで回す」という機械的な動作が伴うことで、扉というものの機構についての理解だったり、確かにドアを操作した(鍵をかけた)という実感を与えるという「益」があります。もう一つ、よく言及される例が「凸凹のグラウンド」です。あえて凸凹のグラウンドでかけっこをすると、勝負に駆け引きと戦略が生まれ、つねに足が早いものだけが勝てるとは限らないというゲームの多様性が生まれるというものです。このように、便利なしくみを導入することによって失われるものもあれば、むしろ不便を導入することで得られるメリットもあるというのが不便益の考え方です。

 私自身は2017年頃から本格的に不便益の研究に携わることになったのですが、「HAKOBIYA」のアイデアの基本的な部分は不便益だなと思ったのです。旅行をあえて不便にすることで新しいエクスペリエンスが生まれるという点に興味を持ち、HAKOBIYAのコンセプトデザインに協力することとなりました。それが今から約2年前の話です。このテーマは学会での発表論文にもなっており、最近、計測自動制御学会の雑誌「計測と制御」にもこの話を拡張した内容の論文が採択されたので、ご興味のある方はご一読いただけますと幸いです。

※HAKOBIYA:フォアー前身の株式会社PicUAppが開発したアプリ。海外の商品が欲しい人と手荷物に空きがある旅行者をマッチングする

藤田 田中が研究者とのつながりを持とうとする動機はビジネスというより好奇心ですよね。最後にはビジネスのコラボレーションに発展しているんですが「面白い話ができてよかったね」で終わってるのが象徴的だなと。

株式会社フォアー 藤田伸一COO兼CTO

田中 好奇心先行型で生きてますからね。好奇心で見つけた点と点を、どう線につなげるかを考えているところもあるんですけど。

 基礎研究とか産学連携もそうだと思うんですが、研究の枠組みでは、理学から理論ができあがってそれをプロダクトの形に落としこんで商品化しようとするとき、実験室スケールの理論で止まっているものが多いんです。でも、そこにはすばらしいものがめちゃくちゃある。それをどうやって社会実装していくか、ビジネスにするかという意味では宝の山がいっぱいあるんです。

 しかし実際に進めていく際には、大学という権威との関わり方、研究費というバジェットの問題、IPや特許など様々な課題と直面します。結果、適切なコミュニケーションがとれず「(大学側は)そんな研究は使わせない」「(企業側は)そんな研究使わない」ということになったら、それは明らかに国益を損ないます。この国ではもっとそういう文脈を評価していくべきだと考えています。

 その点、たとえばハーバードやオックスフォードでは、企業による大学への寄付や、先輩起業家から後輩への寄付を通じてエコノミクスが生まれています。日本はエコノミクスが回る仕組みをあきらめているだけで、面白い研究、つまり宝物がいっぱいあるわけです。論文なんて玉手箱みたいなもので「その研究って、これと組み合わせたら?」と考えられると思うんですよ。

白川 そんなフォアーと共同研究をやってきたら、博士研究員を3年間雇えるくらいの予算(1800万円)を寄付してもらえたと。ありがたい話だったんですが、対外的に「なぜ寄付したのか?」と聞かれたときはどう答えてるんですか?

田中 いや、「本当にいい研究だなあと思ったから」ですよ。

 いまのスタートアップのマーケットって、M&Aにせよ、人事採用にせよ、どこかのプラットフォームで募集するとか、既に売りに出ているところを買収して企業母体の価値を上げる傾向があります。でもスタートアップの当事者感覚で言うと、企業の価値を守るためにアルゴリズムや研究などのアセットをブラックボックスとしてもっておく必要があります。それが財産になり、社内で共有されていくというのが(スタートアップの)強みだと思うんです。それがなかったらどうやって自分たちの価値というものを打ち出していくのか。背骨がゆるっとなってしまうじゃないかと。大学の研究室にある面白いものが、スタートアップを通じて商品化されて世に出ていく過程には、いろんなレバレッジがかかる可能性に満ちているんです。

前へ 1 2 3 次へ

過去記事アーカイブ

2022年
01月
2021年
05月
11月
12月
2019年
08月