RPAによる自動化とAI OCRによるデータ化を両輪で進めた旭シンクロテック
「設備のソリューションカンパニー」を謳う旭シンクロテックは、RPAとAI OCRの導入を進め、DXの基盤作りを加速している。同社のIT担当マネージャーである山下昌宏氏に、RPAとAI OCRを導入した背景、RPA開発にユーザー部門を巻き込む理由、成果を上げながら進んだプロジェクトの進捗について聞いた。
一本のサンプルロボットが経営陣を前向きにした
旭シンクロテックは創業以来70年以上に渡って、配管工事や設計業務、製造プラント設備配管や据付、一般ユーティリティ設備など幅広く手がけている。2021年3月時点での従業員は214名で、全国各地に営業所を構え、インドネシアにも進出している。
今回取材した山下昌宏氏は、前職の医薬品メーカーでRPAのプロジェクトを統括した経験を持ち、現在は旭シンクロテック 管理部のIT担当マネージャーという役割で、同社のIT全般を統括している。
IT導入やDXを前提に約1年前に旭シンクロテックに転職してきた山下氏だが、当時はIT専任担当がおらず、IT部門もなかったため、まずは業務全般の棚卸しから始め、業務とITの関係性を含め正しい現状を把握することとした。調べてみると、さまざまなな業務がある中で、必ずしも身の丈にあったITが使われているとは言えなかった。しかし、すでに導入した製品を短期間でリプレイスするのは難しいため、RPAを使って製品同士で連携をとる必要があった。また、紙が多すぎるという建設業界特有の課題もあり、迅速なデータ化が必要だったという。
山下氏は、入社後1ヶ月でネットワークやセキュリティの現状を洗い出し、その後2ヶ月でこれらをいったん整備。矢継ぎ早に業務を自動化するRPAの導入と紙をデータ化するAI OCRを経営者に向けて提案し、下期からプロジェクトをスタートさせるというスピード感で挑んだ。
ITの投資対効果に疑問を持つ経営陣を納得させたのは、1週間で作ったサンプルロボットだ。以前は、図面に記載されていた部品情報を手入力で別の書類に展開していたが、この作業を自動化するサンプルロボットを作成し、経営陣やマネージャーに動画で見せた。「手間のかかる作業がRPAとAI OCRなら5分で済むことをご理解いただいた。当然、これはすごいという話になり、即導入が決まりました」と山下氏は振り返る。
ユーザー部門を巻き込むには開発の敷居を下げる必要があった
今回旭シンクロテックが導入したRPA製品が、ユーザックシステムの「Autoジョブ名人」になる。
当初、山下氏は前職で利用していたUiPathを活用しようとしたが、現場のユーザーを中心とした内製化を考えていたため、とにかく操作が容易なツールを選定した。「UiPathはフローチャート形式で処理を記述できるので、IT担当者にとってこれほど使いやすいツールはない。開発をシステム担当者がやるなら、ユーザックは選定していなかったかもしれません。でも、裏を返せば、フローチャートを書けない人からすると扱いづらい。現状の旭シンクロテックにとっては、Autoジョブ名人の方が親しみやすいのではないかと考えました」と山下氏は語る。
なぜRPA開発にユーザー部門を巻き込むのか? 山下氏は、「業務をわかっているのは、やはり現場のユーザーです。現場を知らないシステム部門が仕様書を作って開発したところで、かゆいところに手が届かない等、究極の理想像までもっていくのはなかなか難しいですよ」と笑う。その点、前職よりも組織の規模が小さく、IT部門もない旭シンクロテックでは、ユーザー部門と協力する必要があった。
その点、ユーザックシステムのAutoジョブ名人は、ユーザーインターフェイスや使い勝手が優れていた。開発に関しても、Excelのようなシートに上から操作手順を登録していけば進められる。操作はいたってシンプルで、山下氏も「これなら作れる」と感じたという。また、トライアル期間が長かったことも導入の決め手だった。「トライアル期間が長かったので十分実験できました。デスクトップ型なので、手軽に作れる点も大きかったです」と山下氏は語る。
一方、RPAとセットで導入したAI OCRは、国内のAI OCR市場で圧倒的なシェアを誇るAI insideの「DX Suite」を選定した。山下氏は、「前職では数社検討の上で導入を担当したが、他の製品とは比べものにならないほど手書きの認識率が高かった」と評価する。
主眼はあくまでBPR RPAやAI OCRの導入はその手段の1つ
RPAやAI OCRなどを含めた一連のプロジェクトは昨年にスタート。同社がコミットした中期経営計画を達成すべく、まずは2ヶ月をかけて、各部門で全業務の棚卸しを実施した。
業務の棚卸しにおいて、書類を作成するのはマネージャーではなく一般職だ。自らの業務しか知らない一般職に業務の棚卸しのリーダーになってもらい、マネージャーはそれをサポートするという役割に徹する。一般職がやることで、グループ全体の業務を理解してもらうことも考慮したうえ、ロボット化に向いた業務を絞り込みやすくなるための基盤作成を狙った。
最終的には山下氏のDXチームや管理部がレビューするため、生半可な内容では提出もおぼつかない。「当然、『面倒くさいなあ』という方は社内にいっぱいいたと思います(笑)。でも、いったん作ってもらうと、グループごとにどこに課題を持っているのかが浮き彫りになるので、そこにシステム化の種ができます」(山下氏)。
まるまる半年かかったという業務の棚卸しは、主眼はあくまでBPR(Business Process Reengineering)と業務の見直し。工夫することにより効果を創出する業務整理も、ロボット化する業務の洗い出しも、あくまでBPRの過程の1つだ。「ロボット化を主眼にすると、たぶん導入したらそれで満足してしまう。でも、今回は会社の中身を変えるBPRがメインで、RPAやAI OCRの導入はその手段の1つに過ぎません」と山下氏は割り切る。この業務棚卸しは半年ごとに定例化し、業務改善のサイクルを回していくという。
導入効果の大きい業種から手をつけ、経営陣に投資対効果をアピール
業務棚卸しの結果、最初にRPA化に取り組んだのは会計システムへの請求書の取り込み処理だ。紙で届いた請求書をDX Suiteで読み込み、CSV化したデータをAutoジョブ名人が会計システムに自動エントリする。現状は本社だけだが、全国の拠点では600~1000件程度の請求書を処理するため、1ヶ月あたり100時間の削減が見込まれるという。
もう1つが人事総務グループの勤怠チェック用ロボットで、新システム導入までのつなぎとして、36協定上必要な書類を送付するという作業を自動化した。具体的に残業時間が30時間を超える社員を勤怠システムから抜き出し、メールで社員の上長に送付するというもの。結果も人事総務グループに通達されるという。
RPA化の対象にした業務は、どちらも導入効果の大きいものだ。「経営陣には投資対効果を瞬時に納得していただく必要があったので、今回はプロが短期間で作りました。一般論では、手を付けやすい業務からRPA化を始めるので、アウトローなやり方かもしれませんね(笑)」と山下氏は振り返る。
パイロットとなった2つのロボットは、山下氏といっしょにシステムを切り盛りする社内SEが開発した。レガシーシステムの経験が豊富な一方、RPAは未経験だったが、勤怠ロボットはおおむね3週間で仕上げた。「Autoジョブ名人は操作を学べる動画も豊富で、マンツーマンのサポートも充実しています。使い込んでいったら、エンジニア魂に火が付いたようで、一気にはまったみたいです(笑)」(山下氏)とのことで、RPA開発のリーダーも任せていく予定だという。
「ロボットが仕事を奪うのでは?」という不安に対して
導入効果を見える化しながらRPAとAI OCRを導入してきた旭シンクロテック。ここまでは順風満帆だが、社内でRPA化を進めていくなかで、今後は現場の抵抗も出てくると見込んでいる。「たとえば、請求書の登録業務は現在本社のみだが、今後全国の拠点に拡げていくことで、『ロボットに仕事をとられるのでは?』と考える方が出てきてもおかしくない」と山下氏は指摘する。
もちろん、ロボットの導入は人間から仕事を奪うことではなく、空いた時間をより生産性の高い仕事にシフトしてもらうのが目的だ。本社においても、正しくロボットを理解してもらえるよう、コミュニケーションをとっているという。「請求書の自動入力に関しても、エントリ作業が早い人もいますが、作業時間は結局ゼロにはなりません。でも、この作業をロボットに任せて、空いた時間でなにができるか?という話をマネージャーに理解してもらいながら進めており、今後は双方ともに良い形でビジネス展開できるよう模索していけたらと思います」(山下氏)。
今後は、空いた時間を今までできなかった業務やロボット開発の時間に充ててもらい、身の回りの作業をAutoジョブ名人で気軽に自動化してもらおうと考えている。「たとえば、毎日同じサイトからデータをダウンロードするとか、業務に必要な情報をExcelに転記するとか、簡単な事務作業をいっしょにロボット化していきませんか?と現場に働きかけていくつもりです」と山下氏は語る。さらに5月からはAI OCRとRPAを覚えた新人が現場をサポートして、単純な作業の自動化を進めていく予定だ。
将来的にはロボットの再処理の依頼等もユーザー部門が容易に行なえるよう考えている。異常終了したロボットの現状を把握し再処理準備を行なった後、メールの件名をキーに指示メールをユーザー自ら送信することで、受信ロボットがメールを受信し、再処理させるといった仕組みを作っていく。「どこかにログインして操作するのではなく、ユーザーが簡単に扱えるメールで指示を送るといった方法のほうがわかりやすいと思います。とにかく簡単に使える方法を考えています」(山下氏)。
旭シンクロテックのDXはビッグデータから始まる
一連のプロジェクトを通じて、山下氏がもくろむのは、旭シンクロテックのビッグデータ化である。現在、AI OCRで取り込んでいるのは請求書のみだが、見積書、注文書、納品書まで幅広く取り込んでいく予定だ。さらに今後はノーコードでカスタマイズAIを開発できるサービスを活用し、紙で保存されている各種帳簿や書類を効率的にデータ化していきたいという。
たとえば、工事現場ではさまざまな指示情報や危険情報等の報告が存在する。現場や営業所、本社で保存はするが、いったんチェックしたら、ファイリングしたまま活用されていないケースも多々あるようだ。また、似たような帳票でも過去の資料数年分をデータとして蓄積を行ない、さまざまな角度から分析すれば、旭シンクロテックの癖や弱みが見えてくるはず。「自分たちの普段見落としがちな足下をデータ活用にて見つめ直すことで新たな気づきを得られ、これらを改善していくことによりお客さまの利益につなげていくべきだと考えています」(山下氏)。なにせ70年以上の歴史を持つ会社なので、業務データ由来のビッグデータは分析する価値は大きいはずだ。
そして、RPAとAI OCRとは密接な関係にある。「こんな膨大なデータを人手でデータベースに登録するなんて、とてもじゃないけど無理。だから、Autoジョブ名人やデータ変換ツールの『TranSpeed』を使って、ひたすらデータベースに登録する作業をやってもらいます」と山下氏は語る。RPAとAI OCRとを両輪で用いることで、デジタル化を推進し、さらにビッグデータの活用でビジネス自体を大きく変えていくのが旭シンクロテックのDXの姿と言える。
まさに攻めのIT、データ活用。山下氏は、「コロナ渦の影響って、建設業界だと1年遅れくらいでじわじわ訪れるはずです。今後、どういう形で影響が出てくるかを十分意識しながら、まずは自分たちできることをやる。BPRの一環である業務の自動化やデータ化を着実に進めることで効率化を定着させ、どんな状況下でも瞬時に舵を切れる体制にしておかなければならない」と危機感を募らせる。RPAとAI OCRを武器にスタートしたDXへの取り組みは、これからが勝負と言えるだろう。
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