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ミスに動じずマスターズ制覇の松山英樹、メンタルを支えたコーチの正体

2021年04月15日 06時00分更新

文● 藤江直人(ダイヤモンド・オンライン

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マスターズで優勝した松山英樹選手(右から2人目)を囲む「チーム松山」。(左から)飯田光輝トレーナー、専属キャディの早藤将太氏、ボブ・ターナー氏、目澤秀憲コーチ Photo:AP/AFLO

10度目の挑戦にして、初めてマスターズの頂点に立った29歳の松山英樹が、日本ゴルフ界が長く夢見てきた光景を具現化させた。全米オープン、全米プロ、全英オープンを含めた4大メジャーを日本人男子選手が初めて制する偉業達成の舞台裏には、松山のメンタル面を変えた、決して小さくはない変化があった。(ノンフィクションライター 藤江直人)

「波風立たない」と振り返った松山
今までコーチ不在だったのに、なぜ?

 男子ゴルフの海外メジャーで最も権威のあるトーナメントを日本人選手が制し、勝者に贈られる伝統のグリーンジャケットに袖を通す――。日本だけでなくアジア、そして世界のゴルフ界の歴史を変えた4日間だった。聖地オーガスタで松山英樹が残した言葉の数々を振り返ると、とりわけ印象深いものがあった。

「この3日間、あまり波を立てることなく、怒らずにできました」

 1イーグル、5バーディーを奪い、10度目のマスターズ挑戦で自己最高スコアとなる「65」をマーク。2位グループに4打差をつけて単独首位に立った、日本時間11日未明の3日目を終えた直後に、松山はこう語っている。初日から波風を立てない状態で推移してきたのは、彼のメンタルだった。

 ゴルフはメンタルのスポーツだとよく言われる。ハイレベルになるほど、結果がメンタルに左右されやすくなるからだ。今回、松山が心穏やかな状態でプレーできた要因は、一体何なのか。前回までのマスターズと異なる点を探っていくと、昨年末にチームに加わった一人の男性コーチの存在に行き着く。

 アメリカ女子ツアーを主戦場とする河本結を指導する、目澤秀憲コーチとコーチ契約を結んだとの一報は、ゴルフ界に大きな驚きをもって受け止められた。

 東北福祉大学在学中の2013年4月にプロへ転向した松山は、これまで特定のコーチを付けることなく、世界を相手に戦ってきたからだ。

 今シーズンに臨むにあたって、松山はなぜ方針を変えたのか。目澤コーチを迎え入れた理由を紐解く前に、彼が何者なのかを知っておく必要があるだろう。

日本人では数人だけ、TPIでレベル3を取得
自己流の松山、限界を感じていた時に出会う

 1991年2月に東京都で生まれた目澤コーチは、松山よりも一つ年上となる。日本大学ゴルフ部を経て指導者の道を歩み始め、日本人では数人しか取得していない、アメリカのティーチングプロシステム、TPI(Titleist Performance Institute)のレベル3を16年に取得した。

 TPIは世界的なゴルフメーカー、タイトリストが米カリフォルニア州に設立したゴルフの総合研究機関として知られる。TPIが発行する資格を持つレッスンプロやトレーナー、理学療法士たちが世界ランク40位以内のうち、35人ものプレーヤーのチームに在籍している時期もあった。

 お互いの存在を知っているだけで、松山と目澤コーチとの間に接点はなかった。転機が訪れたのは昨年10月。河本が出場した全米女子プロゴルフ選手権に帯同していた目澤コーチの下へ、共通の知人となる、ツアーレップと呼ばれるメーカーの担当者を介して松山側から連絡が入った。

 当時の松山は、17年8月のWGCブリヂストン招待で5勝目を挙げてから、米ツアーで勝てない状況が続いていた。直前の9月に行われた4大メジャーのひとつ、全米オープンでも首位に5打差の4位タイで発進した最終日で大きく崩れ、17位タイでフィニッシュしていた。

 悔しさを募らせていた一方で、自分の理論と感性だけで米ツアーを戦い、メジャーの頂点を狙うことに、ある種の限界を感じ始めていたのかもしれない。何かを変えなければいけないと考えた時、タイミングよく渡米中だった目澤コーチが応じてくれた。

 全米女子プロが開催されていた東部ペンシルベニア州から、松山が臨もうとしていたザ・CJカップが開催されたネバダ州ラスベガスへ。アメリカでの滞在予定を延ばし、急きょ駆けつけた目澤コーチとさまざまな会話を重ねていく中で、松山は新鮮な刺激を受け続けたという。

 コーチングの上で目澤コーチが最も大切にしていることは、自分が理想とするスイングに選手を当てはめず、しっかりと話を聞くという姿勢だ。松山が人となりを知り合った末にコーチとして迎え入れてからは、目澤コーチが得意とするデータ分析を介した指導も加わった。

 松山が3アンダーの2位タイでマスターズの初日を終えた直後、チームに目澤コーチが加わった今シーズンの変化を問われると、穏やかな笑顔を浮かべながらこんな言葉を残している。

「いろいろなアイデアが出て、毎日のように新たな発見があって、それらがいい方向、悪い方向の両方に行くなかで、今日はいい方向に行きました」

スイングだけでなくメンタルも改善
煩悶せずプレーに集中できる環境に

 世界のトップを争うプロ選手たちは、例外なくチームを組んで戦っている。スイング、メンタル、フィジカル、ギア(道具)と、多岐に渡る分野で専門家や企業が選手を支える仕組みだ。

 松山の場合はフィジカル面で、14年から飯田光輝トレーナーと専属契約を結び、米ツアーをこなしながら世界と戦うための肉体改造に取り組んだ。

 ギアに関しては、用品契約を結ぶダンロップブランドでゴルフ用品を展開する住友ゴム工業が全面的にサポート。進藤大典氏から早藤将太氏へ受け継がれた専属キャディも、微に入り細をうがったコースの事前チェックなどを介して松山を支えてきた。

 アメリカ人のボブ・ターナー氏が通訳兼マネージャーを務める「チーム松山」に、スイングを含めたプレーを担当する目澤コーチが初めてコーチとして加わった。チーム内にメンタルトレーナーの肩書をもつ人間は存在しないが、いつしか目澤コーチがメンタル面をも支える後ろ盾になっていった。

 独学でスイングを追求してきた松山は、米ツアーでもトップクラスに入る練習量を毎日のように自らに課すことでも知られる。完璧主義者で頑固な一面もあり、ミスの原因を自分自身に求めすぎるあまりにメンタルに大きな波を生じさせ、プレーそのものにも少なからず悪影響を与えてきた。

 そこへ目澤コーチの存在を介して、自分自身に客観的な視線を向けられるようになった。年齢が近く、日本語で細かいニュアンスまで言い合える目澤コーチとのコミュニケーションが、一人であれこれと考え悶々とする時間を取り除き、心技体の全てをプレーに集中させられる環境を整えた。

 ビッグスコアを出して単独首位に立った3日目も、いくつかのミスがあった。それでも崩さなかった柔和な表情に、ミスを引きずらず、すぐに気持ちを切り替えられるメンタルの変化が反映されていた。冒頭で記したコメントの後に、松山はこんな言葉を紡いでいる。

「明日(の最終日)はそういうこと(あまり波を立てずに、怒らないこと)がすごく大事になってくると思うので、それができればすごくチャンスがあるんじゃないかと思っています」

 第2打をグリーン奥の池へ打ち込んだ15番を含めて、特に後半はピンチも少なくなかった最終日の松山は、前日よりもスコアを一つ落としている。プレッシャーとも戦った中で頂点に立てた舞台裏には、積み重ねられてきた膨大な努力と「チーム松山」によるアシストのすべてを、コミュニケーションを介してポジティブな方向へと変え続けた目澤コーチの存在があったのだ。

※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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