高齢者にとってはLINEよりZoomのほうが簡単!?

スマートシティ化に不可欠な「住民の合意形成」を実現するには?

文●石井英男 編集●ASCII

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議論することに慣れていない住民
住民からの提案を受け止められない自治体

森田 ひと口に「住民参加」と言っても、バルセロナのカタルーニャ地方の人たちと日本人では国民性が違いますし、そもそもディスカッションが教育であまり重視されておらず、積極的な議論に慣れていないため、残念ながら同じようにはいきません。多くの日本人が利用する「議論プラットフォーム」と言えば2ちゃんねるですが、あのサービスは「匿名」掲示板です。

 ですから自治体から新たなテーマを募集しても、お互いを尊重しながらみんなで議論するのは結構難しいのではと思っています。イノラボでもDecidimを使ったトライアルを始めていますが、どうやったら活性化できるかが、今後のポイント(or課題)だと考えています。

 そして自治体がICTを積極的に使うという意思決定をどこまで示してくれるかもポイントです。自治体ではコントロールできない様々な物事が提案される可能性もありますから、それを受け止めて回していく実行力や強い意思がないと、住民の意見を受け止めきれません。受け止められなければ住民側は「アイデアの出し損」だと感じてしまうでしょう。結果、ツールだけがあっても、なかなか浸透しないのでは? というのが我々の懸念です。

株式会社 電通国際情報サービス オープンイノベーションラボ所長 森田浩史氏

ガラケー時代にWebプラットフォーム利用が成功した理由

―― 小泉先生は、DecidimのようなWebプラットフォーム利用による住民参加についてどのようにお考えでしょうか?

小泉 まちづくりは様々な主体が集まってつくり上げていくものでして、私は「多主体の共創をどう実践するのか」を主な研究テーマとしております。いくつもの主体が協力しあって地域の課題を解決するイノベーションを引き起こせるか、ということですので、森田さんや野崎さんと関心が近いところもあるのではと思っています。

 たとえば我々が20年前に開発したシステム「Kakiko Map」は、地図上にいろいろな意見を書き出して、それをトピックごとにインターネット上でインタラクションできるものです。

 当時はガラケーの写真に位置情報がつき始めたくらいの時代で、その位置情報を手がかりにして、地図にガラケーからの投稿もマッピングできるようにしました。当時としては非常に画期的で、世界で最も進んだ取り組みであったと思います。実際、市民参加の仕組みとして三鷹市に導入された実績もあります。三鷹市で利用した際は議論の構造を可視化することで意思決定の透明化をする仕組みも開発し、地図ベースで議論するKakiko Mapと両方組み合わせて使い、基本計画の策定を行ないました。

東京大学 先端科学技術研究センター 小泉秀樹教授

―― スマホはなく、Googleマップもそれほど利用されていない時代にそこまでできていたというのは極めて先進的ですね!

三鷹市には1970年代から市民参加の仕組みがある

小泉 カタルーニャ人の文化性はたしかに日本とは違っていて、ものすごくよく喋ります。しかも相手が話している最中に割り込んで話すのが礼儀みたいな感じなんです。必ずしも論理的に議論しているわけではないのですが、話の間に空白があるとむしろ相手に失礼だというくらい、コミュニケーションが好きな民族なのです。

 それに対して日本はどちらかというと、特に男性は「男は黙ってサッポロビール」というCMのキャッチコピーがあったくらい、喋らないことが美徳とされてきました。必要最低限の言葉を最後にポロッと言えばよい、というところがありますから、議論をしながら新しいものを発見したり、積み上げていくことは難しい面もあるのかなと思っています。

 では三鷹市はその点どうだったかと言えば、意外にも上手くいきました。ちょうど世間にインターネットが広まった時期だったこともあり、文字ベースであれば日本人でもコミュニケーションできるという感触がありました。結構適切な意見が出ましたし、逆に抽象的な意見だと批判されてしまうという、冷静で意味のある討議、ハーバーマス的に言うとある種のきちんとした理性に基づいた討議ができたのです。

Kakiko Map

三鷹市での利用例

―― 意外です。では議論に慣れていない日本人同士でも、文字ベースなら案外上手くいくのでしょうか?

小泉 他の自治体でも問題なく使えるかと言われると……。三鷹市で成功した理由には1つ大きなバックグラウンドがあるのです。じつは三鷹市は元々、市民参加の先進地なのです。歴史を紐解くと日本の場合、本格的な市民参加は戦後から始まります。そして1970年代以降、学生運動や環境問題に関する反対運動が広がるなか、地方自治体を中心に「もっと民主的に意思形成をしよう」という住民参加の流れが生まれます。

 その頃から三鷹市はコミュニティセンターを各地域に作り、住民に運営させる仕組みを用意していました。その上で、住民たちが自分の住んでいる地域を点検し、その結果を「コミュニティカルテ」という紙媒体の形でまとめていました。そしてコミュニティカルテは行政施策のベースとして実際に用いられたのです。

―― つまり、三鷹市では1970年代から市民が行政施策に直接参加していたのですね。

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