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「言いたいことを言っても嫌われない人」の特徴

2021年01月13日 06時00分更新

文● 名取芳彦(ダイヤモンド・オンライン

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「言いたいことを言っても嫌われない」ためにやれることは一つ(写真はイメージです) Photo:PIXTA

現代人にとって、人間関係とストレスは切り離せません。特に、コロナ禍での新しいコミュニケーションは慣れないことも多く、人に対してイライラ、モヤモヤしてしまう機会も増えたのではないでしょうか。そこで今回は、元結不動密蔵院の現役住職である名取芳彦さんの新刊『上手に発散する練習』(青春出版社)から、お坊さん流・人間関係でモヤモヤしない考え方を紹介します。

「誰からも好かれる人」になるのは不可能?

「誰からも好かれる人」は、多くの人にとって理想的な人物像です。「みんなから好かれる人になるべき」というのは、社会の価値観の表れなのでしょう。その価値観を疑うことなく、半ば洗脳されたように、みんなから好かれるために「いい人」になることを目指す人がいます。

「いい人」の王道は、「人の頼みを断らない」「自分のことは二の次にして、他人のために動くことを厭わない」「人が嫌がることでも、自分が代わりに引き受ける」などでしょうか。

 しかし、「誰からも好かれる人」を目指していいのは、20代まででしょう。目指すのはいいことですが、そんな人になることは金輪際不可能なのです。それを知って、気持ちに余裕を持って生きていくのが30代以降だと思うのです。

「みんな、あなたのことを悪く言っているよ」と言われて、四面楚歌のような気分になり登校拒否、出社拒否、引き込もりになって、うつうつとした日々を過ごす人がいます。

 しかし、こんなときに使われる「みんな」は、多くても3人のことです。実際、あなたが「みんな」を引き合いに出すときも、その「みんな」は多くて3人がいいところではないでしょうか。

 それと同様に、「みんなから好かれる」の「みんな」も、3人と考えたほうがいいでしょう。自分のことを好きでいてくれる人が1人いれば力強いことこの上ないのですから、3人から好かれれば充分です。

みんなから“いい人”と思われる代償とは

 それでも、妙な生きやすさ、暮らしやすさを求めて、なるべく多くの人から「いい人」と言われたいと思うなら、いくつか覚悟しておくことがあります。

「いい人」は、人の頼みを断らないので、利用されることが多くなります。昔から、勝つことを知って負けることを知って、進むことを知って退くことを知らなければ世間から信用される立派な人にはなれないと言われます。

 ところが、「いい人」をヒーローのように思って、そうなろうとする人は、いわば勝つことを知って負けることを知らない、進むことを知って退くことを知らない人です。とても強い人ですが、そういう人は他人に便利に使われっぱなしになることが多いのです。

 そして、他人の意向に合わせて動くのですから、相手を気にしすぎて心身ともにクタクタになってしまいます。この覚悟なしに単なる「いい人」を目指してしまうのが、20代までだと思うのです。

 そして、クタクタになったところで、その生き方は間違っていると気づくのです。クタクタになるのを承知で、他人のために「いい人」でい続けるのは、とても素晴らしいことです。仏教では菩薩の行い(菩薩行)と言います。特に、お地蔵さまは他の人が受ける苦しみを代わって引き受けてくれる“代受苦”という誓願を持っている仏さまです。

 私は、みんなに好かれる人になれるとしたら、自分がみんなを好きになることのほうが先決だと思っています。みんなから好かれるのは、みんなが相手なので、自分の努力だけでどうにかなるものではありません。相手の感情をコントロールするのは大変だからです。

 あなたのことを一日に十分も思っている人はいません。みんな自分のことで精一杯なのです。他人から自分がどう見られているかを気にしている人は、たった一つのことで自分が判断されていると思うかもしれませんが、あなたのことをそこまで気にしている人はいません。

 そうなれば、「いい人」を目指さなくても、「悪い人ではない」で充分ではないでしょうか。

「言いたいことを言っても嫌われない人」の特徴

「言いたいことを言っても嫌われない人」というのは、ときに聞く表現ですが、そんな人が世の中にたくさんいるとは思えません。言いたいことを言ったら嫌われてしまったことがある人がゴマンといるから、そんな理想めいたことが話題になるのでしょう。

 言いたいことを言っているのに嫌われない代表格は、赤ちゃんです。赤ちゃんを嫌う人はいないでしょう。ポイントは、邪気がないことが大切なのです。邪気を含んだ言葉を言えば相手は不愉快になり、嫌われることになります。

 言いたいことを言ってしまったせいで嫌われた経験のある人の多くは「言葉は人を傷つけるだけでなく、一度口から出た言葉は消せないから厄介だ」とおっしゃいます。

 これについて、懇意にしてもらった大ベテランの村上正行アナに聞いたことがあります。おしゃべりを専門にしているだけあって、その答えはびっくりするほど明確で、納得できるものでした。簡単にお伝えします。

 大和言葉で「は」は、ある物の端もしくは先端という意味です。歯は顔の先端、葉は木の先端、刃は刀の端、山の稜線を表す言葉も「山の端」です。そして、言葉の「葉」の本体は心です。「言葉は人の心を傷つける」と言いますが、それは先端の言「葉」ではなく、本体の心のほうが傷つけているのです。

 例えば「バカ」という言葉があります(関西では「アホ」でしょうか)。「バカだなぁ」と相手の頭をちょっと指でつつく恋人同士なら、バカという言葉は親密さを増す手がかりにこそなれ、間違っても相手を傷つけることはありません。ところが、何か失敗したときの「バカ」は、相手を傷つける力を持っています。しかし、それは失敗した人を「バカ」と思っている心が相手をすでに傷つけているのです。

 このように、私たちが言いたいことの元は心の中にあります。心にあることを言うのであって、本当の意味で“心にもないこと”は言えないのです。

 つまり、言いたいことを言って嫌われるとしたら、相手に嫌われるようなことをあなたが心の中ですでに思っているということです。そうであるなら「言いたいことを言っても嫌われない」ためにやれることは一つ。心を磨くしかありません。

 どんなことを言ったら相手に嫌われたか、不愉快にさせたかをチェックしてみてください。そして、その元にある心のあり方をふり返ってみてください。そうすると、「ああ、こういう考え方自体がいけないんだ」と自分でわかります。仏教で言えば、悟りに近づく第一関門の「無明の自覚」です。自分の至らなさを自覚することです。

 ここから、何の根拠もない「自分は正しいという驕りや傲慢さ」を減らしていく、相手にもっと共感する、もっと感謝の気持ちを持つなど、心のあり方を軌道修正していきます。

 心の軌道修正効果がおぼろげながら見えてくるまでに、私もかなり時間がかかりました。まだまだ人を傷つけて軌道修正しなければならないことがあると覚悟していますが、軌道を修正している間は「嫌われることへの拒否感」は上手に発散されていきます。

 これからもイライラ、モヤモヤした感情になってしまうこともあるかと思いますが、ぜひ“自分の心を磨くチャンス”だと思い、楽しく愉快に受け止めてみてください。

※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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