このページの本文へ

『鬼滅の刃』の鬼より現実の方が残酷と感じる理由、元事件記者の体験

2020年12月31日 06時00分更新

文● 戸田一法(ダイヤモンド・オンライン

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷
吾峠呼世晴さんの人気漫画「鬼滅の刃」(集英社) Photo:JIJI

吾峠呼世晴氏が『少年ジャンプ』で連載しアニメ化され、映画「無限列車編」で大ヒットしている原作の漫画「鬼滅の刃」を娘に薦められた。筆者も当たり前のように少年時代、ジャンプを読んで育ったので「じゃあ」と手に取ってみた。小さな子どもから大人まで人気と言うが、第1話を読んで戦慄した。平穏に暮らしていた主人公の家族が、妹1人を除き惨殺される…。「これ、小さい子どもが読んでいいの?」。読み進めていくと、きつい描写はあっても、主人公が仲間を増やし、その仲間とともに成長していくストーリーはジャンプの王道。そして、元事件記者として感じたのは「喰うか喰らわないかの違いで、現実の社会に『鬼』はうようよいるよなぁ」だった。(事件ジャーナリスト 戸田一法)

現実と漫画に共通する「鬼は夜」

「勝手な解釈をするな」とご批判を受ける前に、誤解なきよう1つだけ「元社会部記者が事件に限定した、勝手な感想です」とお断りをさせていただきたい。そして「鬼滅の刃」(以下、鬼滅)を読み進めていくうちに、これまで取材してきた事件がフラッシュバックしたこともお伝えしておきたい。

 鬼滅は、凄まじい力を持つ元人間だった鬼の首魁が、さまざまな事情を持つ人間を次々に鬼に変え、その鬼たちに人間を喰わせ、穏やかに暮らす人間を不幸に陥れていく――という世界観がある。もちろん、メインは主人公たちが鬼たちを退治し、首魁を追い詰めていくストーリーだ。

 鬼は夜しか活動できないが、昔話でも「鬼(もしくは魔物)は夜やってくる」と語られてきた。一方、現実社会でも犯罪の多くは夜に起きるのだが、物語を読み進めていくうちに、「鬼」とこれまで取材した事件の「凶悪犯」がオーバーラップしていった。

 鬼滅で語られるのは、人間を喰う鬼は自身の「存続」「飛躍」といった自己中心的な理由しかなく、食われる側の人間には何の落ち度もなく、その瞬間「なぜ?」とさえ感じる間もなく絶命させられる理不尽だ。

 鬼滅に登場する弱い鬼は、自分の生命を維持(存続)するため、栄養補給として人間を喰わねばならない。強い鬼も栄養補給のために人間を喰わなければならないのだが、それ以上にさらに強くなる(飛躍する)ため貪り喰う。

 喰われる側の人間は、主人公の家族同様、平穏に日常生活を送っている罪なき一般市民だ。穏やかに、幸せに、家族や友人と喜怒哀楽を共にする人々だ。鬼は、そんな生活をことごとく打ち壊し、奈落の底に突き落とす。

漫画より現実社会の鬼がはるかに残酷

 現実社会で「犯罪」を分かりやすくいえば、人間が社会生活を営む上で犯してはいけない行為として、法律(刑法など)が規制している社会規範だ。他人を殺したり傷付けたりしてはいけない。奪ったり盗んだりしてはいけない。他人の財物を騙(だま)し取ってはいけない――。

 汚職や選挙違反、脱税、インサイダーなど、被害者が存在しない事件のような、そんなややこしい話ではない。基本的に昔から存在する法は「やってはいけない」ことが基幹になっている。いずれも常識ある方にとっては「当たり前」のことだ。

 鬼滅では、鬼に法などもちろん関係なく、容赦なく他人の住居にずかずかと侵入し、殺し、喰う。ここで「いや、待てよ?」と思う。人間だっていわゆる凶悪犯は、他人の住居に勝手に侵入する。喰いはしないが(稀にそういう事件もあるが)、金品を奪い、男の場合は女性を蹂躙する。そして、生命を奪う。

 鬼滅では「十二鬼月」という順位のある幹部がおり、その他大勢も含め基本的には単独行動のようだ。一方、現実社会の暴力団や半グレ組織の組織形態はピラミッド型で、違いはあれども「力で下の立場の者を屈服・服従させる」という構造は一緒だ。

 暴力団や半グレが「シノギ」にしているオレオレを含む特殊詐欺は、人の優しさにつけ込み、老人らから財産を巻き上げるという「人として罪悪感はないのか」という極悪非道な手口だ。しかも、摘発されるのは末端で、トカゲのしっぽ切りで終わり、首魁に捜査の手が伸びることはまずない。

 しかし、鬼滅ではラスボスとして首魁が最後、満を持して自ら戦いの場に登場する。非道な手口で巻き上げた金を懐に入れながら安全な場所に居座り、逃げ回って表に出て来ることさえない現実の首魁は、漫画をも凌ぐ「悪人=鬼」とはいえないだろうか。

座間9人連続殺人は2カ月間の犯行

 今月15日、それこそ「鬼の所業」としか言えないような事件の判決公判があった。神奈川県座間市のアパートで若い女性ら9人を強姦(ごうかん)して殺害、現金を奪って遺体をバラバラに切り刻んで遺棄していたとされる事件だ。

 東京地裁立川支部で強盗強制性交殺人などの罪に問われ、死刑判決を受けたのは、白石隆浩被告(30)=18日弁護側が控訴、21日に白石被告が取り下げ=。

 判決によると、自宅アパートで2017年8月下旬~10月下旬、女性8人を強姦したほか、男性1人を含む計9人を絞殺して現金数百~数万円を奪った。その後、遺体を切断して自宅アパートに遺棄した。

 被害者の女性は(1)会社員(当時21)、(2)高校1年生(同15)、(3)大学2年生(同19)、(4)無職女性(同26)、(5)高校3年生(同17)、(6)高校2年生(同17)、(7)アルバイト(同25)、(8)職業不詳(同23)――の8人。

 いずれもSNSに自殺願望がある内容を投稿。白石被告にはその意図など全くないのに「一緒に死のう」などと自宅に誘い出され、いきなり背後から襲われた。犯行はわずか2カ月間に連続して行われ、強姦し殺害、現金を奪い、遺体を解体して身体部分は一般ごみとして廃棄。頭部をクーラーボックスに入れて放置――という凄惨な手口が事実認定された。

 白石被告は公判を通じて反省している様子は見られず、遺族の意見陳述で「お前を許さない。娘を返せ」と罵声を浴びても、身じろぎもしなかった。

筆者の記憶に残る最悪の事件

 冒頭に「フラッシュバック」と書き込んだが、最も強烈だった事件は1992(平成4)年3月5日夕方から6日朝にかけて、千葉県市川市にあるマンションで発生した「市川一家4人殺人事件」だ。未成年者の犯行として死刑が執行された稀有な事件でもあり、あまりの残虐さにご記憶の方も多いと思う。

 被害者は高校1年の女子生徒(当時15)の両親と祖母、妹の4人。関光彦元死刑囚(事件当時19、死刑執行当時44)は事件前、通りすがりの女子生徒や別の女性2人に対する連続強姦事件を起こす。

 その後、暴力団組員とトラブルを起こし、解決金として200万円を請求された。そのため、強姦した際に生徒手帳を見て住所と氏名を確認していた女子生徒の自宅に侵入し、金品を強奪する計画を立てた。

 たまたま鍵がかかっていなかった玄関ドアから侵入し、留守番をしていた祖母(当時83)を絞殺。さらに帰宅した女子生徒と母親(同36)をうつ伏せにさせ、問答無用で母親の背中に包丁を5回続けて突き立てた。

 その後「気分転換」(公判記録による)に、殺害された祖母と母親のすぐ脇で女子生徒を強姦した。さらに帰宅した父親(当時41)の背後から包丁で襲い、現金と通帳を強奪。さらに会社にある通帳のありかを聞き出すととどめを刺した。

 女子生徒を連れて会社に向かい、通帳を持って来させた後、マンションに戻ったところ幼い妹(同4)が泣き始めたため、背後から胸まで貫通するほどの力で包丁を突き立てた。奪った現金は約34万円、通帳の額面は約424万円。連続殺人の間、女子生徒は繰り返し強姦された。

 死者(関元死刑囚)に鞭打つような記述は気が引けるが、この時「人間はこれほど残虐になれるのか」と放心した記憶がある。これこそ「鬼」ではないか、と…。

 筆者は学生時代まで、「死刑反対論」を支持していた。

 しかし、記者になってさまざまな「鬼」が犯した事件を取材し、公判を傍聴してきた。遺族の慟哭(どうこく)にも触れてきた。徐々に「死刑制度容認」に傾いていった。そして、この事件を契機に「遺族の願いは叶えるべきだ」と思うようになった。

現実の「鬼」たちの多くは反省しない

 鬼滅では、退治された鬼は最期、人間だった時代を懐古し、涙しながら昇華する。もちろん主人公は鬼の存在を容認しないが、その時だけは同情し、優しく見送る。

 そこに、物語としての美しさがある。

 一方、現実社会に存在する「鬼」は鬼滅のような異形ではなく、人間の姿をしている。「裁きの場」に引きずり出されても反省するそぶりは微塵も見せず、改悛(かいしゅん)の情も見せず、遺族の心情を逆なでするケースも少なくない。

 かろうじて命までは奪わなかったとしても、強姦や日常生活が困難になるまで痛めつける殺人未遂や傷害事件、身ぐるみを剥(は)がすオレオレ詐欺などは、どこかで毎日のように起きている。そして、鬼滅に登場する主要人物の女性が鬼に求めるような「正しく罰を受ける」ことなく、どこかに身を潜めて次の獲物を狙っているのだ。

 鬼は漫画の世界にだけ存在するのではない。

 現実の社会に、日常生活のすぐ近くに存在している。そして、そこで犠牲になるのは、直前まで幸せな生活を送っていた普通の人々だということもまぎれもない事実だ。

 大ヒット作品だけにインターネットへの投稿が溢れ、残酷な描写があるため「子どもに見せるべきかどうか」について議論が起こり、意見も分かれているようだ。

 しかし、子どもの目を覆おうと耳をふさごうと、01年6月に児童8人が殺害され、13人が負傷した大阪・池田小児童殺傷のような事件は現実に起きるし、宅間守元死刑囚(執行当時40)も実在した人物だ。

 昼夜を問わぬ分、漫画より現実の方が実は質が悪く、始末に負えないのかもしれない。

 現実社会で人間に比べたら「鬼」の数は圧倒的少数だが、遭遇する可能性はゼロではない。漫画と同様、遭遇してしまったら逃れることは難しいが、せめて寄せ付けない予防策をとり、子どもたちにも「心構え」を伝える必要性は論を待たないだろう。

※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

カテゴリートップへ

最新記事
最新記事

アスキー・ビジネスセレクション

ASCII.jp ビジネスヘッドライン

ピックアップ